第八話 王の素質を持つ者
「……これだけだと、理由が分からんな。」
全員頭を抱える。男爵家を誘拐しても、何も意味がない。貴族の誘拐は死刑であるし、身代金を要求しても下手したらそこらの商会より金を持っていない。なら、商会の子供を誘拐した方が得策である。
(……レンバートルの別の策略か?いや、それも無いだろうし……第二王子派だったとしても、それなら私を誘拐するだろうし……)
思考が混乱してきたところでふと、誘拐犯もファリシスとリシスを間違えたのではという気がしてきた。それと同時に、ルーヘントへ交換留学に行っていた際に聞いたある話を思い出した。
「あの……ちょっといい?」
「何でしょうか?」
「ルーヘントに交換留学に行っていた時に聞いた話なんだけれど、あの国は自国の外から王の素質を持つ者を連れてくると、より巨大な力を得ることが出来るっていう言い伝えがあるそうなのよ。」
「それは私も聞いたことがあります。」
ライラス以外がウンウンと頷く。疎外感半端無いが、自分の勉強不足を嘆いてくれ。
「で、その王の素質を持つ者は自分の兄や姉とそっくりな姿形で産まれる。いつか、自分の影武者として使う為っていうのが今のところ有力な説ね。」
ここまで聞いていれば段々と分かってきたのでは無いだろうか。
「最後に、その王の素質を持つ者っていうのは普段は目立たないようにする為に何の能力とか才能も持たないけれど、危機的状況に陥った際に今まで無かった能力が開花するらしいの。」
スクルビア家は姉妹揃って美人なのが有名。妹のリシスは普段目立たず、何の魔法も使えない。土属性の魔法を使えないルイラインがリシスに取り憑くことで使えるようになった。
「……いつ、リシスに取り憑いた?」
「……ウェルリンテさんがナイフを弾いて、カスが人質に取られた時にです。」
どうでもいいが、カイルスのカス呼びは一家公認であったようである。兎にも角にも全ての辻褄が合う。
「つまり……リシス嬢はその王の素質を持つ者であり、誘拐犯、ルーヘントの者共がそれをどこからか情報を仕入れ自国に連れて行こうとした。しかし、カイルス様がファリシス様とリシス様を間違えた為に誘拐犯も間違えてファリシス様を連れて行った、と。」
ライラスが口にした結論の通り。これならば、元々魔法を使えなかったリシスが暗殺されかけるという危機的な状況により、才能が開花。その中には土属性の魔法もあった。そして、その状態でルイラインが取り憑いた。だから、あの時レンガを作ることが出来たと全てに理由がつく。
何というか、色々と出来事が今日という日に重なりすぎた。何故か分からないが、体の中で沸き上がるものがある。
「あまり関係無い話だと思って、後で落ち着いた時に話そうと思っていたのだが、ルーヘントで戦争の準備が始まっているらしい。そしてあくまでこれは予想だが、平和主義のレンバートルがわざわざ戦争を起こそうとしたのは、近々戦争が始まるのを察知してのことだと思う。」
そう自論を述べたルイラインのお父様。ただの婚約破棄から、二大国家間の戦争の話まで発展した。色々と考えるのが面倒くさくなる。
「今までの戦力差なら戦争が起こってもこちらルイトが勝つのが確実です……しかし、その言い伝え通りならば戦力は未知数。」
全員沈黙する。いきなり戦争の話になって、上手く状況が飲み込めない。
「……ハル、お前はリシスの保護を厳重に。近衛隊の指揮権を一時譲与する。ルイライン、お前はファリシスの行方を追え。私は国王にこのことを直ぐに話してくる。」
「りょーかい」
「了解しました」
テキパキと指示を出すのは凄いのだが、私はこの自分の中で沸き上がるこの感情を持て余していた。スケールの大きさに圧倒されて、今更思うことなど何もないはず……
(……怒りやな)
そう自覚すると同時に、体の中で怒りという感情が嵐のように吹き荒れる。
ルーヘント、ルイト、レンバートルの三国も関わっているスケールの大きなものに巻き込まれたから失敗しても仕方が無い?
んなこたぁ知らん。こちとら長い間準備してきてんから、何が来ようと知ったこっちゃない。わざわざ戦争を起こそうとしたルーヘントにも、暗殺しようとしたレンバートルにも、私の婚約破棄に乗じて計画を遂行しようとしたガイルナ家と国王にも。そして、真実の愛の相手を間違えたあいつにも。全てに怒りが湧いてくる。
「……私も行く」
「これ以上は、危ないので。帰って貰った方が……」
「……ん゛?」
「お父様、ウェルリンテさんの剣術は折り紙付きです。同行してもらいましょう。」
「え、ああ、まあ、そうだな。」
良かった良かった。連れて行って貰えて何よりである。最初何を言っているのか聞き取りづらかったが大丈夫であった。
「では参りましょう」
特別速い馬を貸してもらい、スクルビア領へ急ぐ。ちなみにライラスは留守番である。
「とりあえず、スクルビア領に向っても、その後はどうすればいいのやら……」
私が考えあぐねていると、ルイラインはおもむろに口を開いた。
「……これはあくまで仮説ですが、ルーヘントの外から連れてきた人物がルーヘントに協力するとは到底思えないのです。自国に攻め込まれる可能性もある訳ですから。とすると、その得られる力というのはその連れてこられた者と引き換えに得られる力なのではないでしょうか?」
「……生贄ってこと?」
「はい、その可能性が高いかと。」
確かに、生贄を捧げて力を得る、例えば悪魔召喚なんかは定番中の定番である。
「そして、私も交換留学へ行っていた際隠密行動をしていたのですが、その際にまるで隠されているかのように認識阻害の魔法が数多にかけられている施設が見つかりました。私だけでは理解不能な魔法についての研究施設だったようなのでとりあえず模写だけして帰りました。それをこちらの専門職の方に見せのですが、その方でも分からなかったので、ルーヘントの王家の魔術が関わっている可能性が高いのです。」
ルイトもルーヘント貴族や王族はそれぞれ固有の魔法を持っている。私の家なら身体強化であるし、ガイルナ家なら精神支配など。ただ、王家は存在こそ確認されてはいるが国家機密として普通は明かされない。
だから、ルーヘントの王家の魔法が召喚系であるかは分からないが、その可能性は高い。
「ですから、ひとまず向かうのはその隠されてあった研究施設です。」
何か妙に胸のざわめきを覚えながら、目的地へ向かった。