第七話 リシス
短いです
指を突っ込まれた直後、男は意味が分からないといった様な表情を一瞬したかと思えば、口をモゴモゴ動かす。私達は一体何のプレイを見せられているのだろうか。
「あ、指を噛み切ろうとしても無駄ですよ。これにはオリハルコンが織り込まれていますから……奥歯タイプでしたか、古風ですが私は好きですよ」
聞いている人に全く理解させる気の無い会話をしたかと思うと、口の中でその手袋を裏返してそのまま蹴りを入れた。気を失ってはいないが、痛みで悶々としている様子に何か既視感を覚えるなと思ったら二日酔いのお父様に似ていた。
「自殺防止の為に必要なのです。仕込んでいた薬は処理しましたし、ついでに舌を切っての自殺も防止できるんです。」
そこまで言ってから周りをぐるっと見回し、深呼吸をして胸いっぱいに空気を吸い込んだかと思うと朗々と言った。
「皆様、大変ご迷惑をおかけしました。このことに関しては我々、ベジュンスナが責任を持って後処理をいたします。この卒業式に関しても別日に設けさせていただきます。心身共にお疲れでしょうから今日のところはどうぞお帰り下さい。」
「ベジュンスナ」という言葉に貴族達の間にざわめきが生じる。それもそのはず、「ベジュンスナ」は無く子も黙るこの国の暗部。これに狙われたら死んでも殺されると言う逸話が残るくらいには最恐と名高い組織。その上どんなに厳重にしても易々と突破されてしまい、これによって取り潰しとなった貴族も多い。組員の存在は分かっていないが、世界各地の高位の冒険者じゃないのかと言われている。
これまた世間一般の認識
「……なるほど、あのベジュンスはナガイルナ家が隠れ蓑として使っていたって言うことですか?」
「そうよ。ルイラインが今こんな感じで貴族らしかぬ振る舞いを見せたのも、全てガイルナ家の存在がバレない様にするため。『まさかあんな品位に欠ける貴族の御令嬢がいる筈無い、つまりあれは平民だ』と思わせる為の演技よ。」
小声でライラスが話しかけてきた。そう、「ベジュンスナ」はガイルナ家が自分達の隠密行動をしやすくする為につくった架空の組織。主に他国の諜報機関に調べられた際に少しでも調査の対象から外れる為の。
貴族というのは多少なりとも後ろめたいことはしている訳で、できれば面倒ごととは関わり合いたくないという意志の表れか、20分後には私、ライラス、ルイライン、カイルス、リシス、王子暗殺未遂の2人、それとルイラインの仲間の人達しか残っていなかった。本来ならざまぁを手伝ってくれる筈だった私の仲間達も帰ってもらった。
「ご苦労。今回は助かったよ。」
ルイラインの仲間だと思っていた1人が声を上げる。見覚えがあるなと思っているたら、ルイラインのお父様つまりガイルナ家現当主であった。
「最初は良い作戦だと思ったんだがね、王子の殺人未遂のせいで何もかも台無しになってしまった。挙句の果てにファリシス嬢を連れてきていると思ったらリシス嬢を連れてきていたとは。」
やれやれと言った感じで辺りを見回す。会話について行けてないライラスは1人おどおどしていた。
「ええと、その……結局、レンバートル国の人だったというのはどういうことなのですか?」
「それについては私から。ルーヘントにはこちらと戦争する理由がそもそも無いのです。それが第一の理由ですが、もし仮に戦争をするにしたってあのように大々的に煽る必要など無いので、戦争が起こった時に1番得をするのがどこの国か考えた時にレンバートルという結論に至ったのです。前々から自衛の強化を進めているという情報は仕入れていましたからね。」
だいぶ端折った内容ではあったけど、大体わかる。レンバートルがルーヘントに偽装して、戦争を起こさせようとしたのだ。
「では、カイルス様がリシス様でなく、ファリシス様を連れてきたとしても結局何も変わらななかったということですか?」
「そうだな、我々としてはリシス嬢の口止めという目的以外、特に問題は無いな。」
何となく解散という流れという感じになってきたところで、勢い良く扉を開ける音が響いた。その人物は急いでこちらへ向かってくると息を切らしながら話し始めた。この人もどこかで見たことあるなと思ったら、ルイラインのお兄様だった。
「今、調べに行ったところなんだけど……ぜぇ、ぜぇ。ファリシスは何処にもいなかった。そして、多分周りの魔力の状況を見るに……ふぅ、誘拐された可能性が高い。」
全てが丸く収まりかけていたところで、全てを覆すような爆弾が投下された。何なら今日1番の驚きである。男爵家を攫ってメリットなど何一つないのだから
「……理由は特定できたのか?」
流石はプロ。私とライラスは情報に唖然として現実逃避仕掛けている中ですぐに次の行動に移ろうとしている。
「ああ……俺も最初は全く検討がつかなかったからな。何が何なのか分からなかったが、ルイラインがリシス嬢の体を乗っ取った時に土魔法を使っただろ?」
「え、はい。あの襲撃者を倒す為にですね。あの術は乗っ取った体の持ち主が使える魔法を使えるようになるんで、私は普段使えませんがリシスさんが使えたのでしょう。」
「俺もそれを聞いた時には確かにそう思った。けどな、ファリシス嬢とかスクルビア家のことを調べた時にどうも土系統の魔法を使えた奴がいなかった気がして、リシスの情報を探った。そしたら……」
全員が固唾を飲む中、お兄様(ハル=ガイルナ)は言葉を続けた。
「魔法が使えないんだよ。」