第四話 一騎討ち
近衛隊から前へ進み出た男、トレイスチナ=ユーラスは遅すぎるでもなく速すぎるでもない調子で語りだした。
「誠に恐縮の限りで言葉も出ません。私共にとって王家をお守りするのは最優先事項。その最も大切なことすら成すことが出来ないことは、今回のここの守りを任された副団長である私の失敗です。死刑にされることも重々承知しています。ですが、最後に一つ宜しいでしょうか?」
(「言葉も出ません」とか言っといてめっちゃ喋るやん。)
そんな野暮なツッコミはさて置き、何だろうか?部下の減刑か一族の連座回避か。
リシスは無表情のままじっと固まってしまい、何も喋らない。無言の肯定なのか、はたまたダメに決まってるだろの顔なのかは分からない。しかし、このままでは埒が明かないと思ったのかトレイスチナは口を開いた。
「……この賊を入れた貴族というのは、そのウェルリンテ様だと思っております。」
「ほう……」
(あ゛?)
「お恥ずかしながら、あの投げナイフは今の近衛隊では反応することは出来ません。しかし、それをか弱い令嬢ができましょうか?いいえ、断言します。無理です(反語)。ですから自作自演だったのだと思います。カイルス様の気を引きたかったという動機もありますし。」
この場にいる全員がこちらを向く。睨みつけるような目、侮蔑するような目、好奇の目。カイルスは今にも殺さんばかりの目、リシスは静かにけれど下手な動きをしたら殺すみたいな目。ただ、私は全く気にしなかった。そんなことどうでも良かった。
(責任転嫁ですか?……ええ、ええ、どうぞどうぞ。したら殺すけどな。)
痛くもない腹を探られる……というか機関銃をぶっ放されたされ、久々にキレた。
『地球』では納豆蕎麦を食べさせてくれると聞いて、親父の手伝いをしたのに「納豆と落花生は同じだろ?」とか言いやがってざる蕎麦に落花生をかけた時。絶対に食べんなって言っておいた茶碗蒸しを弟が食べた時。こちらでは、出来立てが食べたくてわざわざ自分で並んでまで買ったクッキーを勝手にお父様が食べた時。それ以外怒ったことは無い。因みに、お父様への報復としてお母様へ浮気の告げ口をしたのでこれに関しては根に持っていない。
ともかくだ、基本的に怒らない私だったが頭に来た。
「……どうなんだ?」
リシスが尋ねてくる。
「……何処の馬鹿でしたら、ここで「はい、そうです」と答えられるでしょうかね。では、こうしましょう。私とゴミがここで一騎打ちをします。勿論殺すつもりで。私が勝てば、近衛隊より強いということになるので投げナイフを弾いたのも説明がつきます。私が負ければ、国家叛逆罪としてそのまま切り捨てればよろしいでしょう?」
思わずルビが逆になってしまった。それはそうとして、群衆がざわめきだす。「やれ」だったり、「悪女を斬れ」だとか「殺せ」だとか「タッパー忘れた」だとか。止める声も偶に聞こえたが、殆ど一騎討ちを望む声だった。面倒ごとに巻き込まれたくない貴族からしたら止めるのが普通だった。しかし今は婚約破棄、王子暗殺未遂、リシスの豹変と天変地異が立て続けに3回もあった。何やら面白そうな見せ物が始まったと思ったら、一国の王子が暗殺されかけ、さらに魔王の君臨である。変なテンションになってもおかしくない。
「ウェルリンテ様。私はいくらか弱い令嬢とは言え国家叛逆罪の者なら容赦しませんよ?」
「あらあら、か弱いと言ってくださり大変恐縮ですわ!そんな「か弱い」私ですら防げたナイフを防げなかった副団長様はさぞかしお強いんでしょうね?」
「……んのアマが」
今度のルビは正常だったようだ。はっきり言って私の煽りスキルはそんなに高くない。だが、プライドが高い貴族にはこの程度の言葉でもすぐにキレる。
『地球』にいた頃浮気探知機として芸能界とも関わりがあったから、割と色々な人を見てきた。その中でもあるアイドルのマネージャーさん……確か岡本さんは完璧に仕事をこなす人で、アンチが増えてきたので対処しますと言ったかと思えば、煽り、正論、虚言と色々混ぜながら論理武装をして木端微塵に粉砕していた。会話は言葉のキャッチボールというが、あの時はアンチにミサイル当ててるようなものだった。
「……大丈夫なんですか?ウェルリンテ様。」
ライラスが小声で心配そうに尋ねてくる。どっちを心配しているのかは分からないが。
「あんな相手なら、死んでも勝てるわ。」
「それは負けてるのでは?」
「それもそうね」と返しつつ、周りを見る。会場の真ん中だけ半径5メートル程の円を人だかりが避けているから、あそこで戦えということだろう。近づきながら本来の目的の為にやることを頭の中で組み立てる。え、トレイスチナをボコすんじゃ無かったのかって?そんなものいつでも出来る。私の勘ではこいつも浮気している。だから、それを元にお金を巻き上げられるだけ巻き上げて告げ口をすればさぞかし爽快だろう。
おおっと、よだれが……とは言っても、負けるわけでははない。勝った上であることをするつもりだ。
ようやく真ん中に着くと異様な静けさが辺りを支配する。審判は近衛隊の人がやるようだ。何も言わず、持っていた短剣を鞘から抜き構えだけとっておく。
「……始め!」
特に私には騎士道精神というのは無いので、「始め」の「は」ぐらいから走り出す。こんなことをしなくても勝てる、というか動かないでも勝てるが理由があった。
「……っう」
一気に加速し速さと重量で相手の剣をそのまま押し込む。成人男性であっても後ろによろける。ここで大事なのは運動エネルギーは速度の二乗に比例し、質量に比例するので速度が一番の原因である。決して私の体重が大きいわけでは無い。
流石に倒れ込みはせず踏ん張っていたが、その状態のまま短剣を手放し後ろに回り込む。前によろめいていた所を手で首をトン。ゆっくり前に倒れる。
「……っう」
同じ台詞だ。コピペだと気づくまい。そのまま加速して目的の人物、つまりリシスの所まで加速しスカート裏に隠していた魔剣に魔力を込めて背中の後ろを切る。
「……っう」
多分気づかれてない、大丈夫。リシスもこんな声を出したかと思えば、糸が切れた人形のように急に脱力してそのまま倒れ込んだ。後には唖然とする観客のみ。
(今更だけど、なんでざまぁしに来たのに一騎討ちやってんの?)
混沌の夜はまだ終わらない