第十一話 異世界という『外』
この話では、バトルシーンが多いです。バトルシーンに関しては読み飛ばして貰っても構いません。
《ルイラインside》
(取り敢えず、二階の制御室から)
建物内での戦闘で厄介なのは増援を呼ばれること。逆にそれさえクリアしてしまえば、後はどうとでもなる。
戻らない同僚(さっき私達が拷も……質問して捕まえた研究員)をそろそろ訝しむ頃合いだろう。早めに行動しておくことが得策である。
まず、用心棒のように扉の両側に立っている二人の周りの空気を魔法で薄くする。こういう施設の用心棒は予め魔法を抵抗する魔導具を持つ可能性が高いので、直接かけずに周りの環境を変えて戦いを有利にするために魔法を使う。
あちらが空気が薄くなっているのに気づいたところで、気配を消す魔法を使うのを止めて姿を現す。
「なっ……」
驚いている一瞬の隙に片方の首を狙って無力化。もう片方がこちらに振り下ろす剣を避けつつ、その避ける回転の動きのまま剣を蹴り上げ、右手に予め用意してあった圧縮した空気魔法を胸に相手の胸にあてそのまま壁にぶつける。
「ガハっ……」
胸の中の空気が全て押し出され、そのまま息ができず気絶する。
空気を薄くしていた理由は、相手の呼吸を乱すためではない。勿論その狙いもあるが、一定以上の力量を持つ者にとって空気が無くとも普通に活動できる。そして、この用心棒達もその力量は優に超えている。
では、何故薄くしたのか?それは音を聞こえにくきするためである。狭い廊下のような場所で戦闘音が響くと増援を呼ばれる可能性が高くなる。だから、空気を少なくして音が極力聞こえないようにした。
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《ウェルリンテside》
ルイラインが乾いた喉を潤すために水を取り出す。
「順調じゃない。その二人を倒したなら、後は研究員しかいないでしょ?研究員なんて非戦闘員の雑魚ばっかだから大丈夫に見えるけど?」
ルイラインの話を聞く限り、もうこれ以上の困難は無いはずである。それがどうしたら建物が綺麗に切られるような惨事が起こるのか。
「ええ、制御室の制圧は問題なく進んだのですが……」
そう言って、続きを話し始める。
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《ルイラインside》
「おい、本当にこんな所に問題なんかあるのか?」
「うーん、確かにおかしいな。何も問題なんてないように見えるし……制御室からの伝令だから間違えという訳ではなさそ……」
「おいおい、しっかりしてくれよ。俺達は血肉滾る戦闘をしたいってのに、こんな平和な場所でよ。確かに給料は格別にいいが、リアリティがここ最近失われていく感じがして……久しぶりに何かあるのかと期待して何も無かったら嫌だぜ?」
ここまで言ってしばらく黙っていたが、訝しく思う。普段ならここであの生真面目な相方が「いや、平和なのが1番だ。そんなこと言うもんじゃない」と返してくれるのだが、今はそれがない。そういえば先程曲った辺りから姿が見えない。
ゆっくりと、自分の使い慣れた双剣を持つ。最近戦闘が無いとはいえ訓練は怠っていない。この持つ手もしっくりとしている。
「……来るなら……来な」
今はこの戦闘に集中する。あの相方の安否も気にはなるが、この傭兵という仕事柄死とは隣り合わせである。任務の遂行が最重要事項
「……ハッ」
前の気配に双剣の右手側を前に繰り出し、そのままバックステップ。後ろに見えた影には左手を付き出す。
両方とも実体は無く、囮
「……知ってた」
ニヤリと笑う。こんな所に侵入するやつは手練であることは間違いない。であれば、俺が双剣を使っているのを見た時点でこの武器を封じ込めようとする。その為には2回囮を使い、最後に本命が来る。つまり、次の攻撃が本命。
刺すふりをしていた右手を戻し、不自然に気配が読み取れない場所へ刺そうとする。
「……ダルス!」
刺す寸前にそこにいるのが自分の相方のダルスだと気づき、刺す勢いを弱める。どうしてここにいるのか?大丈夫だったのか、など色々な思考が頭で飛び交う。
「……甘いですね。血肉滾る戦いがしたいのなら、どんな状況でも斬る覚悟を持っておかないと。」
ダルスとは似ても似つかない、女性の声がしたかと思うとダルスの後ろからさっと小柄な影が出てくる。咄嗟に反応しようとしたときには、地面しか見えていなかった。
「では、ご機嫌よう」
それを聞き終わるか聞き終わらないかのうちに、視界はブラックアウトした。
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《ウェルリンテside》
「うわー、鬼畜」
うん、もう鬼畜以外の言葉が出ない。敵の絆を逆利用するなんて。
「ガイ……ベジュンスナにとっては褒め言葉ですよ?ともかく、そのような感じで制御室で戦力を分散させて各個撃破しました。それで、後は研究員だけという状況になったのです。」
ふんふん、その調子ならこのような状況になる可能性が見えない。
「そして、私がメインの研究を行っている場所の鎮圧を行っていたところで……次の瞬間こうなったのです。」
「……え?」
「もう少し詳しく言いますと、ある一人の研究員がこの銀色のカバン?のようなものを魔法陣に載せて、魔力を流したかと思うとこうなったのです。」
そう言ってアタッシュケースを指差す。そうだ、よく考えてみれば(こっちはまあまあ考える)私がこれをアタッシュケースと知っているのは、前世の知識があるから。この世界にアタッシュケースという物は無い。
「私は本能的に身の危険を感じたので、証拠品となるようであろうこのカバンをもって退避しました。」
「アタッシュケースがねぇ……うーん、分からん。」
「おや、これは『アタッシュケース』というのですか?存じ上げませんでした。どこで知ったのですか?」
まさか異世界とは言えない。この世界で1番情報を持っているであろうガイルナ家がアタッシュケースを知らないとなると、やはりこの世界には無い可能性が非常に高い。
(……異世界かぁ)
またよく分からないものが出てくる。一体何が起こっているのか?
(異世界……召喚系の魔法……王の素質を持つ者は自国の『外』から連れてくる……)
何かが繋がったような気がした。それと同時に、風の影響で研究施設から出てしまい、宙を舞っていた紙の一つが自分の近くに落ちる。
「ッ……」
その紙は地面と落ちると同時に消えてしまった。消えたというより、存在そのものが消失してしまったような感覚。よく見るとその紙が落ちた周辺だけ異様に抉られていた。
(本当に、訳が分からん……)
先程の何か繋がったような感覚と今のこの紙が消える現象。1つの仮定に辿り着き、それを裏付けるかのようにして自分があの『地球』で死んだ日の午前。あの少年を虎から助けたときのあの状況が記憶にありありと浮かんでくる。
ルイラインとファリシスが和気あいあいとアタッシュケースを観察するのを遮って話をした。
「ちょっといい?……多分……ちょっとだけ、分かった気がする……まだまだ分からないことの方が多いけど、ひとまずこの推測は合っている可能性が高い。全員集めて頂戴。国王とかその他諸々を。」
「え、本当ですか?……分かりました」
(本当に……誰を恨めばいいのやら)
たとえ、どっかの暗部の人だったとしても、どっかの国王であったとしても、ここまで来たからには、顔面に一発蹴りを入れるまでは引き下がらないと決心しつつ、急いで待機してある馬の所へ戻った。