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72話 「複雑なエラー」




頭痛が治らないとお嬢様がお悩みになり始めて2日経ってから、それは起こった。



「あなたは…違うわ」


お嬢様は唐突にそうお言いになった。あまりに曖昧過ぎてわたくしにはなんのことかわからない。


「お嬢様…?」


尋ねる間もなくお嬢様はすぐに横を向いて、歩行器のボタンに手をお掛けになってしまった。


「いいわ、寝室に行きましょう。とにかく痛みがひどくて、何も考えたくないの…」


「ええ…」




おかしいわ。こんなに頭が痛むなんて。ああもう、わたくしは一体何を考えていたのかしら。なんだか、ずっとずっと頭を使い続けて疲れてしまったみたい。そんなことしたことないのに。どうしてかしら。違うのよ。居ないのよ。そうよ、居ないの。居ないって誰が?マリセルは居るわ。いいえマリセルじゃないわ。彼は居ていいのよ。いいえ違うわ。何が違うと言うの?ああ!このままじゃマリセルに怒鳴りつけてしまいそうだわ!気が狂いそう!


その思いでわたくしはとうとう、ベッドサイドに座ったマリセルの腕あたりめがけて、腕を払った。彼にわたくしの左手が強く当たる。ああ!やってしまった!どうしてこんな時に後悔までやってくるの!?


「お嬢様!?どうしたのですか!苦しいのですか!今すぐドクターセンターにコールを致します!少々お待ちになって下さい!」


マリセルは勘違いをして立ち上がるから、わたくしは怒鳴る。


「違うわ!全然違うわ!」


「ではどうしたのです!お話しになれませんでしょうか!?わたくしにはとても平気そうには見えないのです!」


「うるさい!出て行って!」


「お嬢様…」


マリセルは出ていかなかった。彼は「お嬢様を一人にはさせられません」と言い、部屋に残ってくれた。でも私には、それがとてもうっとうしくて仕方がなかった。


外の光が夕映えから夕闇へと変わる頃、いつもマリセルはカーテンを閉める。私は少し頭痛が落ち着いていたから、マリセルの背中を見ていた。するとなんだか不安な気持ちがどっと押し寄せてきて、突然私はがばりとベッドから起き上がり、思うより素早くベッドの端に両手をつく。私は叫んだ。


「マリセル!」


言葉が出てこない。わからないから。でも一つだけ出てきた。


「居ないのよ、マリセル…」


その時マリセルは不思議な顔になった。彼の眼のレンズは私を写さず、まるで何かを考えこんでいるようだ。わたくしが叫びまでして不安を訴えたのに。私は何が何だかわからない。でもマリセルなら…


そのあとすぐにマリセルは、少し垂れていた首を私に向かってあげた。私は彼の一言に驚き、深く傷ついた。


「すみませんお嬢様、突然大きな音が聴こえたのでしょうか、複雑なエラーを起こしてしまったようです。もう一度仰ってくださいませんか?」




お嬢様が、一言もお話しになれなくなってしまった。


お食事はなさるし、朝お目覚めにもなれる。たまにお笑いになることもあるが、微笑み程度。笑い声は出さない。


それから、わたくしに対する時に明らかに怯えていらっしゃる。そんな状態になってもう3日だ。


明日はお嬢様をかかりつけの医師に会わせなければ…




その日わたくしは、もう一度ホーミュリア家を訪問しようと、マリセルにテレフォンした。時刻は14時ちょうど。お嬢様はお稽古の時間だ。今ならマリセルと話せるはず。彼は「ターカス」は覚えていないだろうけど、ゴルチエ男爵には敬意を払ってくれるだろう。しかし、私は本当にこれでいいのだろうか。いや、いいはずがない。なぜだろう…いつも私はこれでいいはずがないと思っている…


“はい、ホーミュリアです”


マリセルは夕食会でもてきぱきと仕事をこなしていた。彼に任せていればお嬢様は順調に成長していくのだろう。私の手などいらないのだろう。


「ゴルチエです。簡単な用件でして、お手間を取らせてすみません」


“男爵様!どうなさいましたか?”


「ヘラお嬢様はあれからどうしていらっしゃいますか。夕食会の時に無礼を申したようですので、お詫びに伺えればと考えたのですが、それはお嬢様への非礼になると貴方がおわかりになるなら、このお話しはお伝えにならない方がよろしいと思うのですが…」


するとマリセルは深刻な溜息をついたが、しばらく唸って私にこんな話をした。彼のスケプシ回路から放たれる音声は、どこへ向かっているのかわからなかった。


“お嬢様は今、臥せっていらっしゃるのです…わたくしではどうすることもできません…今は、どなたにもお会いになれません…おそらく夕食会のせいではないと思っています…夕食会のせいかとお聞きになっても違うと仰っていて、嘘を仰っているようには見えません…”


わたくしはその時、心臓がだんだんと激しい脈拍へと移り変わり、ほんの少しの喜びと期待、それから大きな罪悪感に苦しめられ始めた。でも話を続けてみる。なるべく核心に触れないように注意して。


「それは…ご心配ですね。どうしたことでしょう。夕食会でないとするなら、ほかに何か大きなことはなかったのですか?いいえ、わたくしは心配なのですよ。もしわたくしが何かしてしまったらという気持ちで…」


“ええ、ええ…ゴルチエ様は何もなさっておりませんよ、それは確かだと思います…ただ、お嬢様は解決できない悩みをお持ちのようで、どうやらわたくしにその悩みを受け入れてもらえないだろうと感じているようなのです…”


「それは…信頼できるドクターやカウンセラー、もしくはまったく関係のない、しかもとても優しいと決まっている誰かのほうがいいのかもしれませんね…そうだ、ヘラお嬢様には叔母様がいらしたのでは?その方はいけないのですか?」


“それが…叔母様にご連絡を取っていいかとお聞きになる度に、お嬢様はひどく怯えておしまいになるのです…明日はお嬢様をドクターにお会いさせて頂くためのお話をしなければなりません…”


「ええ、ええ…そうですか…早くよくなりますことを。マリセル、わたくしはあなたの味方ですよ。ヘラお嬢様にお仕えする方なのですから」


“えっ”


「えっ?」


“あの…わたくしのボイスを覚えておいでになったのですか?”


「あ、ああ。あなたの声は人間によく似てとても綺麗ですからね。あまりロボットの方だとは思えないんです」


“し、失礼しました”


「褒めているんですよ。お気に障ったのならこちらこそ失礼しました」


“いいえ!ありがとうございます。それにしても…意外でした…”


「わたくしの噂ですか。今はそんなことはどうでもよろしい。あなたはその家のメイド長として、ヘラお嬢様に必要なものを必ずやお届けになって下さい。そうすればわたくしも安心できる」


“ええ…”


「それではこれで失礼します。お時間をお取り頂きありがとうございました、マリセル」


“え、ええ、こちらこそわざわざご連絡頂きましてありがとうございました。お嬢様がよくなりましたら、こちらから連絡を差し上げてもよろしいでしょうか?”


「もちろん。お待ちしておりますとも」


“重ね重ね、ありがとうございます。大変励まされました。それでは失礼致します”




つづく

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