68話 「海戦」
「お嬢様、席順とお名前は覚えられましたか」
「ええ、もちろん」
「お嬢様はまだホーミュリアのご当主として振る舞うのはよしとされないでしょう。後見人として叔母様がいらっしゃいますから。ですが、ここに住んでいるのはお嬢様だけです。そのことを念頭に置き、何よりもおもてなしする方々への敬意をお忘れにならないで下さい。皆様は「ヘラお嬢様に会いたいから、もう一度行こう」と決めて下さった方々なのです」
マリセルがそう言ってくれた時、私はとても嬉しかった。男爵様とも上手くやっていけそうな予感まであった。きっと、あまりにマリセルが守ろうとしながらも力を付けてくれようとしているのが、わたくしにわかったからだわ。
「ええ、マリセル。ありがとう。やってみるわ」
ただ、少し不安もあった。
お父様は完璧になんでもこなす方だった。何をお話しになっているのか私が理解できない小さな頃から、私が客間に飛び込んでしまった時にも、お客人を落ち着かせて笑顔にさせることができたわ。お父様はロボット工学者だったけど、同時に私の父であり、ホーミュリア家の当主だったわ。私は今は当主としての役割だけでいいけど、ゆくゆくはもしかしたら子供の母となり、この屋敷の主となるのかもしれないわ。そんなのとてもじゃないけど私に務まるとは思えない。
「ねえマリセル…」
不安になるとすぐに口に出してしまう。その時私はちょっと頭が痛くなって、一瞬だけふっと目の前にぱちっと光が舞ったような気がした。
「なんでしょうかお嬢様」
「いえ、なんでもないの。少し頭が痛かったのよ。でもすぐによくなったわ」
「そうですか。それではお薬はご不要でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ」
オールドマンが見つかった。海底探査機に見せかけて軍事潜水艦を作ったらしい。海底をパトロールし続けているメキシコ軍の潜水艦がレーダーで捕捉した。報せは2分前だ。あちらは動いたらしい。
こちらの方はすぐに引き返し、正面衝突を避けた。しかしあちらの潜水艦は近寄ろうとしていたという情報だ。
しかしその潜水艦にオールドマンが確実に載っているとは言えない。海底では細かな熱規模を測定できないし、届け出のない船だというだけなのだ。しかしこの世に届け出なしで海底を探査しようなんて馬鹿は居ない。
「イズミ、行くぞ」
傍らに居たイズミに声を掛けると、彼は不安そうにした。
「わたくしは、戦闘はできませんが…」
俺は彼に体ごと振り返ってこう言う。
「相手はアタマを持ってる。こちらにもそれが必要だ」
するとイズミは瞼を寝かせてほんの少しだけ唇を上げた。笑っているのではない。
「わかりました」
軍には戦艦と潜水艦があるが、他国からの攻め込みに隙を作らないよう、精鋭を少数で現地に向かう。この間にアメリカやロシアクリミア、国力を増してきたアルゼンチンがメキシコを奪うとも限らない。各国は必ず情報は持っているだろう。つけ入る隙を与えなければいい。最も、今度の件でそれをするのは困難だが…
俺はマリオの載った潜水艦を後ろに従えて先方を行き、マリオの後方にはあと三隻が横並びになった。
オールドマンはメキシコを手に入れることから始めるのだろうが、奴の言っていた「アメリカの長年の夢」は、それでは済まされない。ここから全世界へと手を伸ばし覆いつくすのだろう。
奴は何も夢物語を描き続けるただの老人ではない。それでは穀物メジャーの幹部研究者になんかなれないはずだ。GR-80001を二度も跳ね返すことだってできない。しかし俺は軍人だ。奴はロボットのプロだが、戦争のプロではない。そこに隙はある。
「イズミ、バチスタとホーミュリアならロボットをどう扱うと思う。データを出せ」
「彼らのパターンですね。ホーミュリアはおそらくリカバリーを増やすでしょう。バチスタはその真逆です。エネルギーを重視します」
「ずいぶん簡略化できたじゃないか」
「あれから28時間経っていますから」
「そうか。お前ならどちらの手を取る?」
イズミは2秒ほど俺を見ないような目をしていたが、すぐにこう言った。
「持久戦になるかもしれませんし、呆気なく終わるかもしれません。ですが、持久戦になった時にリカバリーが足りていなければ、そこで呆気なく終わります。軍艦には充分過ぎるエネルギーがあり、乗組員のロボットや船の装備も完璧と言えるでしょうから、今のところ足りていないのはオールドマン側のパターンかと」
「そう言うと思ったよ、やれやれ」
「どうするのです、中将」
「ああ、そのことでポリスメキシコシティ支部に連絡をしたんだがな、待て、同期のほうが早い。通信可能にしてくれ」
「ええ」
俺が手元のタブレットを操作して“シルバ”から得た情報をイズミは確認する。もっと手前でやっておかなければならなかった作業だが、オールドマンがこんなに早く見つかるとは思わなかったのだ。
「ああ、これは…」
イズミは少し渋い顔をしている。受け取った情報をいち早く運用しようとしているのだろう。彼の両手が奇妙なパターンで互い違いに動いていた。やがて彼は目を閉じて頷く。
「そうですか。これは少々手こずりますね。ですが彼のロボットは捕縛され、彼は逃走をしたのです。中将、ここは海産物や資源の保護区域です。ターカスを捕縛した時と同じ手は使えません」
「ああ、ご丁寧にちょうどな。お見通しらしい」
「そうですか。戦場を移さなければなりません。必ず一撃目を当て、次を避けましょう」
「あーわーかったわ-かった。お前な、それは俺が考えるんだよ」
「失礼しました」
よしわかった。奴の潜水艦のサイズもエネルギー規模ももう知れている。俺は下に命令を出すため、通信機器として使われている端末をこめかみに押し当てた。
“全艦隊につぐ。これより先頭の52隊は南大西洋へ向かうが、発見次第オールドマンの潜水艦を破壊もしくは攻撃する。2列目の09隊は52隊へ追走、3列目を航行する91隊93隊21隊は一時的に左後方にゆっくりと下がり、52隊と09隊とでオールドマンを挟み撃ちしろ。大規模な攻撃はここより海底マップをC632以降の南東部へ到達してからだ”
そんな命令が全乗組員の端末に伝わったはずだ。続々と通知が届き、俺の前の仮想モニターには、「了解」カウントが529映された。全乗組員に伝わった。
「では行くぞ!」
つづく




