66話 「消えたもの、残ったもの」
わたくしは、ターカスに、そしてヘラお嬢様になんと言い訳すればいいのだろうか。結局わたくしは亡きご当主が一番恐れていた事態になるのを、みすみす見逃してしまったのだ。
お嬢様には記憶の消去が行われ、お嬢様はターカスをただのメイドロボットとしてしか覚えていない。私の記憶は消去はできないが、7秒間思い出すと即座にまた上書きされることになっている。
ターカスは亡きものとされ、そして彼に関する記録のすべてが、主の記憶と共にこの世から消されてしまった。ああ、もう…
「マリセル!叔母様は到着しているかもしれないわ!早く行きましょうよ!久しぶりのお客人だもの、たっぷりおもてなしするのよ!」
「ええお嬢様。ローズ叔母様のお好きなメニューはご用意しましたので、ご安心ください」
「まあ素敵!あなたって本当に頼りになるわ!叔母様はどれだけ喜んでくれるかしら!」
私はそこで何かを思い出しかけたが、もう忘れてしまった。おかしいな、ロボットが忘れることなどないはずだが。きっと何かのエラーなのだろう。
「まあまあヘラ!心配したのよ!どう?なんともないの?わたくし星間ツアーに行くのなんか本当にやめればよかったと思ってしまったの!」
「叔母様、お久しぶりでございます。わたくしはなんともございません。この通り、もう少しでスキップだってできますのよ!」
「まああなた!なんて危ないことをおっしゃるの!でもよかったわ!本当に元気そうだもの!シップの外が暑いったらないのよ」
「それはいけないわ。冷たいお茶をお召し上がりになります?」
「ええ、ええ。ありがとう。姪にもてなされるなんて、格別ね!」
叔母様はいつもの通りに溌剌とした調子で、長いこと家に閉じこもっていたわたくしを慰めずに慰めてくださった。そういう叔母様がわたくしは大好きなの。だって、そんなことができるのは叔母様だけだわ!
私は廊下を歩行器で進みながら、マリセルと叔母様と一緒に、ゲストルームのユーリとオスカルの元へ向かった。
お茶から顔を上げて叔母様は少し真面目な顔をする。わたくしが同じ顔をしてみると、叔母様はこわごわとこう言った。
「ねえヘラ。あなたにいい話があるのよ」
「何かしら叔母様」
「将来的にの話なのよ。参考までに聞いてね」
「ええ、そうさせて頂きます。どうぞ、おっしゃって」
叔母様は悲しそうな顔をして、少しうつむいたけど、わたくしには訳が分かっていたから、そんなに意外だとも思わなかった。だって、これから社交界に入るんですもの。初めに決まってないのがおかしいくらいよ。
「あなたを招いた男爵様がね、あなたを娶りたいとおっしゃっているの。もちろん、きちんと親交を深めることができたらの話よ」
「ええ」
「でもね、その男爵様というのが…」
叔母様は急に言い淀んで困ってしまったらしい。どうしたのかしら。深刻な事情のある貴族なんて珍しくもないのに。
「ロボットを使わない方らしいのよ」
「ええっ!?」
私は思わず叫び声を上げた。今の時代にロボットを使わないなんて、ほとんどありえないからだ。とても安価なリースロボットだってあるし、そもそもロボットが存在しなければ成り立たない生活のはず。
「どうしてなのかは、存じ上げないのですか?叔母様は…」
「ええ、あまり知らないわ。今度の舞踏会だって、ほとんど初めてのことなのよ。あなたはあまり社交界の噂を知らされない立場という決まりだから、知らなかったのは無理もないでしょうけど…」
「まあ、そうなの…だとすると、今度の舞踏会はロボットの介助は受けられないのかしら?」
「いいえ、介助用には使うみたいなのよ。ただ、そのほかのことはすべて手仕事で、という信条らしくて…今時そんなの、あのうちだけだわ。だから、そんな不自由な家にあなたをやるわけにいかないと思って、わたくしは心配なの。もちろん、男爵様と話し合ってみなければわからないけど…」
「そう…ね…」
私は、はっきり言ってしまうとワクワクしていた。
だってこの世界はロボットとAIにほぼ覆いつくされている。それがまったくない、いいえ、ほとんどない家に行くなんて、なんだかとても楽しそうだわ!
だからわたくしはこう言った。
「ねえ叔母様、心配ないわよ。いつだってお断りできるし、心配したことが全部起きるなら、もうわたくしは死んでいますもの」
「ま、まあ…そうよね…」
叔母様は少し驚いたみたいだったけど、それで安心してくれた。そうよ、縁談なんて大体は、相手が本気になって言うなりになるまで待たせるんだから。まあ、そのあとどうなるかなんてのは保証ができないんだけどね。
「シルバ。データの提出は済んだのか」
私の真向かいに居たシルバは、サイコロ型の端末を胸へと収納したところだった。彼はターカスのファイルをデータベースAIへと提出し、それを完全にロックする任務をしていたところだ。
「ええ。あとはあなただけです。アームストロングさん」
「君は覚えているんだったな」
「ええ」
「でも決してもう喋らない」
「人々に不利益と思われる情報についての」
「ロックだ」
私が目に照射されたプログラムをしばし読み込んでいると、ふと目の前が晴れたような気がした。
「ああ、シルバ。終わったのか」
「ええ。心配ありません。ケースはこれにて終了です。個人情報の消去が完了しました」
私は立ち上がって体を伸ばすと、シルバを見下ろし彼に礼を言った。
「それにしても、こんなに長く君に協力してもらうことになるとはな。いやはや、ありがとう」
「僕はただ命令に従っただけです」
「君は私よりも愛想がなくて困る」
「すみません」
笑い話をして、「ヘラ・フォン・フォーミュリア誘拐事件」のメンバーは散り散りとなった。
わたくしたちはとにかくロペス中将の扱いに苦労した。彼は記憶の消去が必要ない旨を、きちんとした理論でこちらにぶつけてきたのだ。それでわたくしたちは新たに法律を作ることになってしまった。
ロペス中将曰く、旧時代の兵器ロボットについての知識を軍において役職の高い人間が忘れてしまえば、下部組織をいざとなった時に動かせなくなり、それは国家にとっての致命傷にもなる、そしてそういうロボットだったのだと申告した。その申し出はAIが飲み込んでしまったので、私たちは新たにこのような法を作った。
首相及び軍人、特に少将以上の立場の者のみ記憶消去をまぬかれるが、任を解かれる際には必ず消去を行う。情報は機密事項として管理し、怠った者は禁固刑とす。例外及び釈放、一時釈放はなし。
それは、意思のあるロボットへの処遇の法よりも前にできた、「ロボット所持に関しての法」の最後に追加された。
「あーあ。奴さん、軍の研究施設へ送られちまったよ」
俺はよっぽどそう独り言を言いたかった。しかし、どこに盗聴器が仕掛けてあるとも限らない。
マリオの話では、オールドマンは行方知れずだ。そのことはポリスに伝わっているが、権限をどこに置くかでモメてからというもの、「手柄を横取りした」軍はよく思われていない。
ほざきやがるぜ。なーにがロボットだ。権限なんてものでしみったれた争いが起きるくせに、よくも人の記憶なんていじくろうとしたもんだ。
あいつぁもう帰ってこれないだろう。しかしそれではオールドマンをとっつかまえられねぇ。明日の会議で探査役と決行部隊が決まるが…
つづく




