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44話 「虚ろなターカス」





(わたくし)が部屋に入ろうとした時、まず扉の隙間から、お嬢様のお顔がちらと見えた。そしてその顔がとても悲しげで、どこか怒っているようにも見えて、動揺し掛けた時、お嬢様はこう叫んだのだった。


「あなたはターカスじゃない!別人よ!」


私は、突然の事に何がなんだか分からず、でもその場を収めなければいけないので、まずはお嬢様に駆け寄った。


「お嬢様、一体どうしたのでございますか」


私が近寄っても、お嬢様はこちらを向いてくれない。お嬢様はターカスを睨みつけていた。でも、お返事はして下さった。


「知らないわ!でもこの人はターカスなんかじゃないわ!そんなはずない!」


お嬢様はもう全く冷静で居られず、虫が収まらないでお怒りになっている。そんなご様子は初めて見た。とにかく私はお嬢様の肩を抱えて、さすろうとする。でも、そうすると、お嬢様は私の両手を強く払いのけたのだ。そしてお嬢様は、私を見て怒鳴る。


「マリセル!この人をどこかへやってしまってちょうだい!」


「ええっ!?」


“一体どうしたんだ!?”


私は、ますます何がなんだか分からなかった。だから、やっとターカスへ意識を向け、彼がどんな様子なのか確かめようとした。


ターカスを見てみると、彼はじっと私達を見ていて、どうやらお嬢様のお怒りに驚いているようではあったけど、慌てていたり、悲しんでいたりする訳でもないようだった。それもおかしいと思った。


「ターカス?一体何があったのですか?お嬢様に何かしたのですか?」


ターカスの返事を待つ間もなく、お嬢様がこう叫ぶ。


「いいえ!いいえ!何もしていないわ!何もよ!わたくしになんにもしないターカスなんて、ターカスじゃないわ!」


“なんにも?ターカスはお嬢様のお世話をしていたのでは?”


私はお嬢様の方を向き、立ち上がったお嬢様の肩を押して、落ち着かせるため、歩行器に座らせた。


「お嬢様、そんな事はございません。ターカスはずっと貴方のお世話をさせて頂いておりました。“なんにもしていない”とおっしゃるのは、一体どういった意味なのでございますか?」


私がそう聞くと、お嬢様は急に下を向いて、黙り込んでしまった。


「お嬢様…」


お嬢様は俯いて両目を悲しそうに見開き、唇をわななかせている。


私は、ヘラお嬢様が悲しんでいると分かり、お嬢様の肩を今度こそさすった。そうすると、お嬢様は私の片腕に寄りかかり、髪を斜めに垂れさせて俯いて、苦しそうに瞼を閉じる。そこから、大粒の涙がぽろぽろっと落ちた。


私がポケットからハンケチを取り出してお嬢様の目頭に当てると、お嬢様はそれを受け取って、わんわん泣く。


「こんな…こんな事があるはずないのよ!…うう…!ターカスは…ターカスは、わたくしの事を忘れてしまったんだわ!きっとそうなんだわ!…だって、わたくしと全然、お話もしてくれないなんて…!うう…!」


泣き声を半ば押し殺しながら、お嬢様はそう言った。私はしっかり事態を飲み込み、お嬢様の頭を撫でて、震える体を抱き締めてから、もう一度ターカスに向き直った。


「ターカス。お嬢様はこう言っています。お話の通りなのですか?」


その時私は、今まで見た事がなかったターカスを見た。


「ええ。その通りです。家のお仕事が終わってからお話を、と思ったまででしたが」


ターカスがそう言った時、お嬢様はゆっくりとターカスを首で振り向いた。


お嬢様は、信じ難い悲しみを見るような顔をしていた。


そしてそのまま、ふらふらとベッドまで自分の足でお歩きになり、「みんな、出て行ってちょうだい」とだけお言いになったのだった。





その通信が繋がったのは、私が連絡を取ろうと苦心し始めた、翌朝の事だった。


軍内部に居る人間と通信をするのは、一般市民は禁じられている。それは機密を漏らさないためだ。だから、初めはどんなに事情を説明しても、聞き入れてもらえなかった。


でも私は、軍に所属している間にターカスに何かがあったのだと思い、なんとかメキシコ自治区軍と連絡を取ろうとした。


通信は何度も勝手に切られ、その内に保留音が流れるだけになったら窓口を変えて連絡をした。



「でも、こちらのロボットは元々戦術兵器なのですよ!それが前と様子が変わったようだと知ったら、貴方方もご興味がおありなのではないですか!?」


私が思わず語気を強めてそう言った時、窓口応対AIはやっと、「承知しました。それでは、ロボットの型番をお教え下さい。こちらでお調べして、後からご連絡致します」と言った。私がそれに応じると、すぐに通信は切れた。





お嬢様は、お部屋で泣き続けている。ターカスは、お嬢様の朝食を作っているだろう。お嬢様は、お食べになるだろうか?



思った通り、お嬢様はAM10時になっても部屋から出てこず、私がベッドの傍へ寄って行ったら枕を投げつけられた。


「出て行って!」泣き腫らした目を布団で隠して、お嬢様はそう叫んだ。



仕方なく私は食事室に行き、お嬢様のテーブルに食事を並べていたターカスに、事情を説明した。それなのに、ターカスは大して心配する風でもなく、「それでは、これらは廃棄としますか?」などと聞いてきたのだ。私は混乱さえした。


「ターカス。一体どうしたのです?お嬢様が臥せっていらっしゃるのですよ?」


そう言うと、ターカスは食器と皿をワゴンに片付けながら、私を振り向かずこう言う。


「ええ。ご心配な事です」


“どうしたんだ…?本当に、別人のようだ…”


私はそのままそこに立ち尽くしてしまい、皿を片付け終わってワゴンを押し、部屋を出て行くターカスを見送った。





ほどなくして、一人の来客があった。


その日、久しぶりに玄関のセンサーが働き、私達は急な来客に大わらわになった。


「はい、どちら様でしょうか?」


そう聞くと、センサー前に立った背の高い男性がカメラの方を向く。強い目の光がこちらを見据えていた。


“問い合わせに答えに来た。ターカスの話をしよう”


私はその言葉に、一も二もなく、玄関のパスコードをキーボードに入力した。




その人は思った通り、軍の人間だった。「ロペス中将だ」と名乗り、彼はソファに掛けている。ターカスがその前にお茶を出した時、中将はちらっとターカスを見たけど、彼は不満そうに溜息を吐いた。


私は、空気の切れ目から、躊躇いながらも話を始める。


「中将は、何をご存知なのでしょうか…?お聴きしてよろしいお話なのでしょうか…?」


そう言うと、中将はゆったりとソファに背を預け、葉巻に火を点けた。私は、お嬢様のために葉巻はご遠慮願いたかったけど、その場は黙っていた。すると、中将はこう言ったのだ。


「いいや。実は、なーんにも知らねえ」


「えっ…」


私が置いてきぼりを食って唖然としていると、中将は大笑いして見せる。


「アハハハ…すまん」


“結局、無駄骨だったか…”


私はもう意気消沈して下を向いていたけど、目の前のテーブルに、中将が身を乗り出したらしい影が見えたので、顔を上げた。


中将は、ごく真剣な顔をして、こちらを見ていた。それはこちらが気圧される程だった。


「俺の見た限りでの話なら出来る。それでいいか?」


そう聞かれたので、私は少し元気を出して、「ええ」と頷いた。





つづく

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