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ヴェロニカが見られては困る書物は特にない公爵家としてもない。
母の怨嗟が籠った日記や当時の記録は父の自室に幾重にも守護を施して強引に暴こうとするなら父の部屋が全焼する仕掛けになっている。
見られて困るものを図書館に保管しない。家の管理を任されているけれど……来客の接遇もほどほどでいいだろう。
聖王国のヴェリタス宰相は王族の女性を嫁にしたくて一代で宰相になった商人上がりらしい。肩書きと血統主義大好きな我が国の貴族にはあまり受け入れられないだろう。
それに王位争いで如何に聖王国と繋がりを持って逃げ道を作っておくような人間も普通にいる。
この国を支えているのは王族の魔力による繁栄だ。王族が魔力を礎に魔力を注いで気候を安定させているらしい。
公爵家の礎は基本的に制約、契約特化しているが、アベリア王国の礎は国の安定のためにあるらしい。
そのため魔力が多いとされる金髪、金眼が生まれるらしい。色素が薄いほど魔力が強い、属性も豊富と言われている。
血統が影響しているだろうけれど、色は関係ないというのが領地にいる領官たちの統計結果だ。
パーシヴァルは王城の中で仕事をしていた。
国王や王族の警備なども担っている。
国王とは友人ではないが娘の件を知っている人間で、誰が娘のことを不義の子供だと子供達に吹聴したのか。
どこから漏れたのか。
そこを問いただしていない。したところで無駄でもある。
「姫は息災か?」
「……えぇ、娘は元気ですよ。王子達の所為で当初の予定を狂わされたとしても気にせずすべきことをしておりますので。随分奔放な教育をなさっていますね。」
「……必要な教育をしているが本人のやる気次第だ。私がすることでもないし。私がすべきことか?それに何かあっても優秀な“妹”もいる。」
部屋の気温が一気に下がる。冷気が部屋を覆う。
「貴方に妹なんていませんよ。増えたのは弟でそれを屠ったのもあなたでしょう」
「……」
「ヴェロニカはシュヴァリエの家督を継ぐために努力をしているのにこちらは…。“私”の愛娘、シュヴァリエの後継者に手を出せば職を返上し娘と共に領地に帰ります。」
「私は何もしない。王として必要な時に必要な時事をするだけだ。」
「言い方を改めましょう。アベリアが娘に余計なことをしたら。です。次何かしたら全員無事に済むと思わないでもらいたいですね。」
珍しく父が早々に帰ってきた。不機嫌?そう思いながら様子見の為に部屋に入ろうとしたら人造人間が扉の前で入るのを塞いでいた。
「姫様は通すなと。」
「そう。忠告は分かったからどいて。」
「…承知致しました。」
どいてもらって中に入ると服の襟を緩めてこんな時間からお酒を飲んでいた。
「入れるな、と、厳命したはずなんだが…」
「聞きました。私が分かったからと入ってきただけです。」
仮面を外して息を吐き出す。隣に座りもたれ掛かる。話を聞いていいことか分からないし聞く必要があれば自分から話す人だ。
「アベリアに何かされたら言いなさい。」
「???王族をアベリアと呼ぶなんてどうされました?」
「騎士団長の職なんてさっさと辞めて領地に向かう。家財道具も何もかも捨てて構わない。」
王族となにか揉めたのか……仲は良くないけど程よい距離感を保っているように見えていたが……
「お父様、昔みたいに私が引っ付くのは不愉快ですか?」
「子供じゃないんだから。今日はこのまま昼寝をしてくれないか?」
見上げると頭を撫でられた。ドレスだけど屋内用だし構わないか。膝に乗るとパーシヴァルは少し驚いた顔をした。
酒のグラスをテーブルに置いて娘が落ちないよう片腕で支える。
成長期ではあるが娘は彼女の生き写しのように美しい。
アルテアは線が細く深窓の令嬢であったがヴェロニカは同じことが起きないように心身共に鍛え上げた。
母親よりは骨格がしっかりしている。
彼女の髪に触れて指を通すと光の加減で金に見える。瞳も明るい翠色。それだけで何が影響かなんてすぐに分かる。
そういう話をしたことはないが……昔から大人しく察しの良い子供だったから気づいているのかもしれない。
「ヴェロニカに大事な話がある。」
「???はい。お酒が入った時にする大事なお話ですか?」
「……大事じゃないな。酒が入っている時点で。」
「こういうのも久しぶりなので楽しませて頂きます。」
昔のことを切り出されたら覚えているし、自分の髪の色や目の色のことの話であればメイドたちがそんな話を遥か昔にしていたから知っているし、その時のゴタゴタも知っている。
父は覚えていないだろうからとそういう話をしようかと思ったのであれば聞かなくても知っている。
知っていると言えば気味が悪いと思われるだろう。
昔のように魔女だとか色々言われてまた人と敵対して殺されるようなことはごめんだ。
私……何で人間を嫌悪することになった……??ディアナリリスと呼ばれるきっかけなんだった???あのアベリアの所為だってことはわかるのに。この国が消えればいいというのでもなくアベリアが憎かった。記憶が不鮮明だ。それを思い出せたら少しでも何か変わるのか、シュヴァリエのために何かできるかもしれない。