08話
ヨウが帰ってきたことであまり良くない感じの時間は終わった。
ある程度余裕ができたのでどうやって窓を開けたのかをリンに聞いたら、俺が開けていたと言うだけだった。
さすがに二階だとはいえ色々なリスクがあるし、意味なく解錠なんかはしないんだがなと違和感の残る形に。
「うぇっ!? じょ、冗談だったのっ?」
「ええ、断っ――きゃっ」
「良かったっ、違う人のところに行っちゃっわないでっ」
……俺らは互いに依存しすぎてしまっているのかもしれない。
ここにも付き合わなくてホッとしている人間がいたとは……さすが兄妹と言うべきか。
涙を流すヨウを抱きしめて頭を撫でているリン。
やはりヨウと一緒にいるのが一番しっくりくるというのが正直なところだ。
「仮に誰かの恋人になっても私はここに帰ってくるわよ」
「だったら私の恋人かお兄ちゃんの恋人になって!」
またなんとも凄え発言をしたぞ。
ヨウと付き合ってくれたら対応が楽でいい、どちらにせよ現状維持みたいなものだし。
双子の妹となんて相性がピッタリだ、ヨウ以上の人間とか簡単に見つからないと思うが。
「それならあなたを選ぶわ」
「きゃー!」
「冗談だけれど」
「ぎゃー!」
腹が減ったので結局飯作りを開始。
ヨウに聞いてみたらちゃっかり千歳に奢ってもらったらしい。
なるほど、だから口の横に食べかすをつけていたのかと納得、甘やかすなと言っておこう。
「ほら食え」
「ええ」
テレビを点けたらつまらないのしかやっていなかったからすぐに消した。
ヨウのやつはお風呂に入ってくると突撃しに行ったので、いまは俺とリンの二人きりだ。
「そろそろすき焼きとか食いたいよな」
「急ね」
「鍋物はいつ食べても美味いからな」
食欲を満たしておけば不安定にもならなくなる。
恐らく無理やりにでも大量に突っ込んでおけば満たされることにもなるわけで。
「そろそろ私たちの誕生日でしょう? だったらその時にすればいいじゃない」
「お前らの誕生日に俺の望みを叶えるわけにはいかないだろ」
言ってしまえばいつだってできるのだから焦る必要はない。
「なんでも言ってくれよ、できる範囲でならしてやるから」
ケーキとかは出来合いの物を買って……問題はプレゼントだ。
「リン、なにが欲しい?」
「そうねえ……車かしら、移動が楽になるから」
「無理だ、免許がないだろ」
「なら新しい洗濯機に変えたいわ」
「それは両親に言ってくれ……」
規模が大きすぎる。
高校生の財布事情をしっかり把握しておいてほしい。
その後も冷蔵庫だとかオーブンレンジだとかIH仕様にとか。
有りえない物ばかり要求してくるため、風呂から出てきたヨウに聞いてみた。
「お兄ちゃんがくれた物ならなんでもいいよ」
うぐっ……リンの後だからか天使に見える。
これぐらいあの無表情娘が可愛ければな、グッとぐるんだけどなあ。
「でもね、私ね、あのね、えっとね」
「落ち着け」
「ほらあの最近流行りのさ、スウィッチとあち森ってのが欲しいんだけど!」
ネットで調べてみたら結構高かったが無理でもないレベル。
シュークリームなどで結構消費していたものの貯めておいた分がある。
しかしこれをプレゼントしてしまうとリンにあげられなくなってしまうという……。
「なら二人合わせてそれでいいじゃない、複数のユーザーデータを保存できるのでしょう? そうしたら私たちだけではなく大牙も利用できていいと思うけれど」
「なるほどな、じゃあそれにすっか。どうせなら今日買いに行こう」
「きょぅぅぅうう!? え、今日できるの!?」
「ああ」
間違えても困るからとどちらか付いてくるよう頼んだらヨウは意外にも待機を選んだ。
理由は店から帰っている途中にソワソワして落ち着かなくなるからということらしい。
「甘いわね、普通妹のために約三万七千円も出す?」
「いや、お前もできるんだろ? ならいいだろ」
「お前はやめて」
「いいから教えてくれ、間違えていたら凹むどころじゃないからな」
あの笑顔がもっと輝くのが見たい。
どうせやるなら喜んでくれた方がいい。
物で釣るようなことをしてしまって申し訳ないが、これもまた俺のためだ。
「ありがとうございました」
無事に会計を済ませて店を出ることができた。
ゲーム機を買ったのなんて滅茶苦茶久しぶりでワクワクした。
「これはヨウ専用ね」
「お前はいいのか?」
「はぁ……とりあえずはあの子に集中してやらせておくわ」
偉い、ヨウに関する感情はとにかく真っ直ぐだからな。
妹思いのいい姉だ、本当にこういう姉がいてくれれば楽だったのに。
「そのかわりに」
「手なんか握ってどうした」
「あなたを貰うわ」
「おぉ、俺にそんな価値があるなんて思わなかったぞ」
一緒にいてやるだけで満足できるのなら安上がりでいい、今日の出費からは目を逸らしつつ。
「ヨウ、帰った――」
もうね山賊みたいな状態になっていた。
一人でふーふー言ってて怖いので、放置して椅子に座っておくことに。
その間もリンは俺の横に座って体を預けてきていたが……なんだろうな。
「おぉ、最近のゲームは綺麗なんだなあ」
「そうね、CMを見ているだけで進化しているのがわかるわ」
特に絵面が派手というわけではないのに見ているだけでやりたくなってくるから不思議だ。
が、これ以上見ていると邪魔をすることになってしまうため部屋に戻ることにする。
「良かったわね」
「ま、喜んでいるようでなによりだな」
今度はベッドに寝転んでくる妹様。
いいよな、こいつは自由気ままで。
「大牙、さっきのは冗談じゃないわよ?」
「まじ?」
「ええ」
「俺とお前が?」
「ええ、お前はやめてほしいけれど」
手を握られたってすぐに判断はできない。
なにより誕生日までには時間がある、そして冷静に考え直させなければならない。
大切な妹が求めてくれたから~なんて呑気に喜ぶことはできない。
「悪い、すぐには答えられない」
「あなたらしいわね」
「誕生日になってもまだ同じ気持ちだったら――」
「千歳くんの真似をしてるんじゃないわよ」
「期間が短いだろ」
まったく……こいつらは色々な意味で振り回すから困ってしまう。
困ってしまうのは嫌ではないことでもある、兄として大変良くない。
結局俺も一人の男で、こいつらに嫌われないようにしたのは女として見ていたからか? 家族としてだけではなく友達としてと言っていたのはその証拠な気がした。
「ま、どうせ時間が経てばまた冗談だってなるよな」
「ならないわ」
「はいはい」
後は寝るだけだから部屋から追い出して寝て忘れてしまうことに。
「私も一緒に寝るわ」
「お前……」
「いいじゃない」
「ならベッドで寝ろ」
はぁ……床は痛えよ、今度こういう時のために布団を買ってくるか。
意外と千歳を泊めたりするから、恐らく無駄にはならないと思う。
「大牙」
「なんだー」
「良かったわね、私みたいないい子がいて」
「昔のお前の方が好きだったぞ。笑顔が柔らかかったし、よく好きだって言ってくれたからな」
なにがどうなってこうなったのかはわからないが、無表情女になってしまった。
明るいヨウが近くにいるからまだ柔らかく見えるものの、一人でいると実の兄でも近づきにくいと感じる時があるぐらいだ。
「いまそんなこと言うと襲うわよ?」
「なんだ照れてんのか?」
とたと下りた音が聞こえてきたと思ったら上に座って見下ろしてくるリン。
消してから割とすぐなのに目が暗闇に慣れているせいでよく見える。
「昔みたいに戻ったらあなたはいますぐ好きになってくれるの?」
「でもできないだろ? ヨウの真似をしていた時は滅茶苦茶不自然だったからな」
「お兄ちゃん、私だけを見てっ」
……前のとは全然違う。
余計な努力ではあるが、迫真の演技だ。
「好き、好きなの……」
「やめろ、普通の方がいい」
「どっちなのよ」
「普段のお前の方が落ち着けるからいいわ」
よく考えたら美人系でヨウみたいになったらギャップが凄くなってしまう。
だったら淡々としてくれているいまの方が対応が楽だという話。
「……ヨウはいいのかよ?」
「ならいま言いましょう」
「まあ……お前がいいならいいが」
部屋の電気は消したまま待っていたら鼻息が荒いヨウをリンが連れてきた。
そのままいますぐ戻りたいといった感じの妹に説明をして少し黙る。
「ん? え、ええええ!? り、リンちゃんは本当にそういう意味でお兄ちゃんが好きなの!?」
「ええ」
ヨウの反応は想像通りのものだった。
というか誰だって実の兄をそういう意味で好きだと聞いたら驚くと思う。
普通は止めるべき兄は妹を女として見てしまってもう負けてしまっているからなおさらだ。
「ど、どうしよどうしよ! これはどうしたらいいの!?」
「どうしたらって、仮にあなたが反対したとしても大牙は私のものにするわよ?」
「だ、大胆だ……さすがお姉ちゃんだ」
それでもヨウはゲームをやりたい欲を優先して下りていった。
もう一人の妹は俺の横に寝転んで腕を抱いてくる。
これでなんの心配もいらないということを伝えたいのだろうか。
「後悔しないか?」
「ええ」
「……リンがいいなら」
「ありがとう」
俺がもし誕生日にリンまたはヨウが欲しいなんて言ったら犯罪者が出来上がるというのに。
「もう希望を叶えたからお前らの誕生日はすき焼きな」
「いいわよ、美味しい食べ物は大歓迎だわ」
「ケーキはどうすんだ? 生クリームとかチョコとかさ」
「私は普通のショートケーキが好きね、ヨウはチョコレートケーキが好きだと言っていたけれど」
「双子なのに合わねえのかよ……」
これ以上使うとなると貯めていたものが全部吹き飛ぶと。
まあ色々なものをリセットして今日から改めていけばいいかもしれない。
どんな形になっても俺たちが家族であることには変わらないから協力していけばいい。
「いいじゃない、小さいのを二つ買えば」
「あ、ホールケーキとか言わないんだな」
「さすがにそこまで畜生ではないわ」
ほぅ、なんだか優しく見えてくるからやはり駄目だな。
受け入れたからといっても対応は変えてはならない。
駄目なことはちゃんと言うし、いいことをしたらちゃんと褒める。
そしてこういう時に千歳の強さがわかってしまって少し嫌な気分になった。
俺らの関係こそ来年まで好きだったら~的な条件を課すべきだったのにこれだから。
誕生日まで結局待たせなかった甘々兄貴とは違う、子どもの俺とは違って大人な男だ、男だが。
「なあ、照れたりはしないのか?」
「照れさせてみせなさい」
方法がわからないからとにかく頭を撫でてみた。
こんなことをしたって意味はない、これじゃあ普段からやっていたスキンシップと変わらない。
なんかこう揺れさせるようなことはできないのか?
「お前ってヨウと一緒で可愛いところがあるよな」
「…………」
「普段無表情な分、笑った時が魅力的って言うかさ」
「…………」
届かない俺の言葉、聞こえてくるのは彼女の静かな呼吸音だけ。
動かないから頬に触れてみたら「なによ」ともっともな指摘が。
「なんでヨウまで褒めたの」
「いや、それでも姉妹平等に扱わないと、ぐぇ!?」
「お返しよ」
爪が伸びているから俺がした時よりも遥かに高ダメージだと思うんだが……。
「珍しく嫉妬か、いつもならヨウが褒められて喜ぶのにな」
「さっきまでと状況が違うのよ、彼女は私なのよ?」
妹を彼女にして喜んでいる俺、だいぶやばい。
いや、それよりも意外なことの連続で疲れていたのか眠くなってきた。
メンタルにだって謎のダメージを負って珍しく堪えたのか。
でもちゃんと聞いておかないとリンに怒られる。
「リン……手を繋いでいてくれないか?」
「いいけれど、お願いしますって言いなさい」
「お願いします」
「……なんで言うのよ、わかったわ」
……違った、逆にホッとして眠気がより強くなっただけだ。
そりゃ大切な存在が側にいて、その存在の手なんか握っていたらそりゃこうなる。
「……兄としては失格なんだがな……実はドキッとする時があったんだよなあ」
「へえ、それはどういう時?」
「お前が笑った時とかさ……姉を演じてくれた時とか」
実の兄に向けていい笑顔ではなかった。
あれは相手を容易に落としてしまう魔力が伴っている。
「だからあんまりホイホイと笑顔を向けてくれるなよ……他の奴に」
「あら、もう独占欲?」
「そりゃそうだろ……もうさっきまでと違うんだから」
もう駄目そうだ、まあ焦らなくたって続きはまた明日話せばいい。
何度も言ったが俺らは家族、ここに帰ってくればいつでも会えるのだから。
「大牙」
「悪い……もう寝るわ」
早く起きてまた話そう。
ふと時計を見たら〇時を過ぎてしまっていた。
今日も学校はあるため機械の電源を消して立ち上がったらリンちゃんがリビングにやって来た。
てっきりもう寝ていたものだと思っていたから少し驚いたのは内緒だ。
「え、なんでそんなにお顔が真っ赤なの?」
目も潤んでいる、まさかお兄ちゃんが!? と突撃しようとしたら首を振られて停止。
「ヨウ……ごめんなさい」
「え?」
「あなただって本当は……」
ああ、と内で呟く。
確かにお兄ちゃんは優しいし好きだった。
なるべく怒られないようにと行動していたのもあるけど怒鳴られたことなんてなかった。
それは単純にお兄ちゃんに我慢させてしまっただけなのかもしれないけど、ありがたかった。
私たちがずっと仲良くやってこられたのもお兄ちゃんがいてくれたおかげだ。
「それはいいよ、それでなんでお顔が真っ赤だったの?」
「…………」
い、意味深な沈黙だ……普段無表情だから余計に目立つ。
聞くのはやめて抱きしめておくことにした、だって忘れないでほしいし。
「お兄ちゃんの相手ばかりじゃなくてさ……」
「わかっているわ……」
抱きしめながら考える。
もっと積極的にアピールしておけば変わっただろうか、ということを。
相手がリンちゃんなら勝ち目はほとんどないかもしれないけど、〇ではなかったはずだ。
なんだかんだ言っても私にも優しくしてくれていたから謎の自信が芽生えていたのかも。
負けたのは当然だった、一切振り向かせようとする努力をしてこなかったから。
甘えるばかりで結局なにも返せていないからね……。
離すように言ってきたから離してソファに座る。
「リンちゃん、仲良くしてね」
「ええ」
「なにか作ってあげようか?」
お菓子作りは幸い得意だ。
お兄ちゃんにも作ってあげれば少しは恩を返せるはず。
「そろそろ寝ましょうか」
「どこで寝るの?」
「あなたの部屋で寝るわ」
それはなんとも嬉しい発言だった。
部屋へ誘うと私より先に転んでしまうリンちゃん。
電気を点けると眩しいから真っ暗な中探り足で進んでなんとかベッドに辿り着く。
寝転んだらまた抱きしめられ、幸せな感触に包まれながら寝ることができるはずだったのに。
「うぅっ……」
なんだか無性に悲しくなってリンちゃんの服を濡らしてしまった。
お兄ちゃんが取られたということよりも、私だけが仲間外れみたいで嫌なんだ。
「……大丈夫、私たちはいるわよ」
「うん……」
……とにかく迷惑がられない範囲でいつも通りに接していければいいなと私は思った。