07話
言い方が悪かったのかリンが俺を避けるようになった。
ヨウといることは常のことだが……この距離感はなんか気になる。
でも、簡単に関係を切ろうとするのは違うだろう。
「大牙、最近リンちゃん来ないね」
「ああまあ、忙しいんじゃないのか?」
吐き捨てて部屋に戻ったわけじゃないから喧嘩ですらないんだがな。
そうでなくてもヨウの友達の件でイライラしていたから気になったということか?
「あ、そういえばヨウちゃんが友達といるところ見たよ」
「仲良さそうだったか?」
「うん、一人としかいないようだけど楽しそうにしてた」
仲間から悪く言われるかもしれないという不安と戦いながらもヨウに近づく勇気はすごい。
いきなりほぼ強制力があったとはいえ関係を断ち切ってきた人間を誘う時点であれだが。
ああ、俺が側にいるところで言えた時点で強さがわかるか。
「大牙」
「またゲーセンか? いいぞ」
「ありがとう、ニナちゃんに付き合わせるのも悪いからさ」
「俺ならいいのかよ?」
「関わってる時間が違うから、大牙になら言いやすいこともニナちゃんには言いにくいからね」
へえ、そこはこちらと変わらないようだ。
それでも友達なのだから変な遠慮はする必要ないと思う。
適当にその後も過ごして放課後になったらゲーセンへ。
「よろしくね」
「ああ」
こうして野郎の背中を眺めるのも何度目だろうか。
何気に終わった後なんかに飲み物を奢ってくれたりするから嫌ではない。
周りも飽きてきたのか、たくさんの人間が集まるということもなく、千歳はただただ一人ゲーセンの音ゲーを楽しんでプレイしている。
ぼうっとしていたら普段はうるさい店内の音がしんと静かになった気がした。
見えるのは目の前の野郎とその先のディスプレイだけ。
「やった!」
彼奴の大声に反応するかのように音が戻ってきて思わずうっと呻く。
よくこんな騒音に包まれながら平気でいられるなと苦笑した。
「大牙っ、新記録出たよ!」
「おめでとう」
それがなんであったとしても、熱中できるものを知っている千歳が羨ましくなった。
なんだろうな、この劣等感は……たかだかゲーセンで楽しんでいただけだというのに。
いままでここまで強く感じたことはない、基本的に他人は他人、自分は自分って生きていたから。
「大牙……?」
「ファミレスに行かねえか?」
「いいけど。あ、じゃあ奢ってあげるよ」
「サンキュ」
ファミレス店内も空いていて良かった。
窓際を陣取ってジュースを飲みながら窓の向こうをぼけっと眺める。
秋とか冬ってわけじゃないんだからさ、なんだよこの雑魚メンタルは……。
まじでさっきは涙が出そうなぐらい惨めな気持ちになっていたからな。
「一生追うなんて簡単に口にしたけどさ」
「ああ、教師の話か」
「もうやめるよ」
慌てて横を見たら力ない笑みを浮かべている千歳が。
「なんかあったのか?」
「ううん、逆だよ、なにもなさすぎるんだ、それにその度に自分が情けなくなっていくから……」
俺はやめておけ的なことを言った人間だから、そうかとしか言えなかった。
相手が誰であれ相手がそう決めたのなら他人はそれを尊重してやることしかできない。
応援するなど言ったところでただの自己満足だ、だからこれが正しいと思う。
そうか、なるほどな、わかった、どれも最強の言葉だ。
仮にそれで相手からちゃんと聞いてくれてるの!? と言われても変わらない。
その人間だって時間が経てば必ず気づく、それかもしくは自分が似たような決断をした際にだからあの時はああ言ってくれたんだって考え直すことだろう。
「意固地になっていたんだよ、大牙が指摘してくれたのにさ」
「まあ、気になる人ができたらな」
「うん、本当に特別って感じがしたんだ。あの人は歳が二倍ぐらい離れていることを気にしていたけどさ、お互いが好きなら関係ないと思った。でもそれってさ、自分のことしか考えてなかったんだよね。僕は卒業後も一緒にいられて嬉しかったけど、あの人の負担にしかなってなかったんだ」
その人が無理でも候補となる人間はたくさんいる。
でも、この人だって決めてしまった人間は早々と変えることはできない。
だからそういう点では嫌なんだ、恋をするということは。
他のことや自分のことさえ疎かにしてしまう可能性があるし、どれだけ頑張っても結婚までいくことは滅多にないから。
で、その後になにをやっているんだろうって虚無感を感じてしまったら最悪な方法さえ選びかねない、その人のために使った時間が長ければ長いほど反動は大きい。
そう考える自分もいるのに男女で仲良さそうなのを見たりすると簡単に影響を受けてしまうことが人間の駄目なところだ。
「それにさ、実は告白されたんだよね」
「ヨウとかリンに?」
「違う、……ニナちゃんに」
ならなおさらどうして俺を誘ったのかわからないな。
本人でも駄目ではないという気持ちがあったのなら直接ぶつかってみれば良かったものを。
「おいおい、さすがにすぐ変えるのは……」
「わかってるよ、だから一年経ってもまだ好きでいてくれたらって約束しているんだ」
「なるほどな」
というか俺は誰かの心配をしている場合じゃないか。
言い方が不快に感じたのだということなら謝らないと。
決して自分のためにならないように――でも、兄妹仲を戻すメリットは?
俺には依然としてあるが、リンにはないような気がする。
時間経過に頼るのも悪くはない……かもしれない。
「ああ……駄目だな」
「なにが?」
「考え方が全部マイナス寄りなんだよないまは」
「え、大牙が?」
「ああ、俺でも驚いている」
残りを飲んで立ち上がる。
こういう時はとにかく飲むだけだ、やけ酒ならぬ、やけジュース。
「お兄ちゃん!」
「店内だぞ」
GPSでも仕込まれているんじゃないかってぐらいヨウは唐突にやって来る。
千歳がわざわざ連絡したとは考えづらいし、ずっと自力で探していたのだろうか?
「あ……それよりリンちゃんが」
「リンがどうした?」
「また男の子に告白されてた」
「ははは、別に初めてじゃないだろ」
大声を出して驚くことではない。
俺と違ってリンはモテる、ただそれだけのことだ。
「す、凄く格好いい人だったから」
「なら受け入れるかもしれないな」
「いいの?」
「いいのって俺らは兄妹だぞ?」
席に戻って話をすることに。
さすがに機械の前で騒いでいるわけにもいかないからな。
「だって恋人さんができたら家にいる時間も少なくなるし……」
「それより友達とはどうなんだ?」
「あ、あの子とは仲良くできてるよ、幸いグループの子もなにも言ってこないし」
「だけどちゃんと見ておいてやれよ? 裏ではなにか言われているかもしれないしさ」
「大丈夫、この子になにかしたら兄が許さないからって言ってあるから!」
……なにしてくれてんだ、あくまで家族のためならだぞそれは。
なんで一度でも妹を拒絶した人間を守ろうとしなければならないんだ。
「ヨウちゃんはリンちゃんにどこかに行ってほしくないんだね」
「当たり前だよ……」
「受け入れると思う?」
「どうだろ……でも、優しそうな人だったからね」
優しい人がいいと言っていたから可能性はあるかもしれない。
上にも知られていたリンのことだ、ライバルのことを考えればさっさと動くのが正しい。
優しそうで格好良くて積極的な人物、聞いた話だけなら最高の相手ではないだろうか。
「あ、リンちゃんだ……もしもし?」
ヨウが店の外へ出たことでお預け状態になった。
「大丈夫?」
「なにが?」
「顔色、良くないけど」
いやいや、妹の前にそういう人間が現れて顔色を悪くするわけがないだろうが。
これはあれだ、今日は本調子じゃないんだ、だからこそメンタルも弱い状態なわけで。
結果がどうであれ、いまは聞くべきことではない気がした。
「悪い、もう帰るわ。あ、ヨウの分も置いておくからさ」
「え、僕が払うからいいよ」
「いや、それじゃあな」
それすらもいまは嫌なんだ。
なんか同情されている気がして、お前は僕より下なんだって……とにかくいまはやめていただきたい。
「あれ、帰るの?」
「ああ、千歳に付き合ってやってくれ」
「あ、リンちゃんのこと――」
「いやいい、言いたかったら本人が言うだろうからな……気をつけて帰ってこいよ」
今日は駄目だ、さっさと家に帰って寝よう。
少しだけ気持ちを切り替えて家へと向かって歩いて、もう家だってところでリンが立っているのが見えた。
「これで良かったのでしょう?」
と、意味深に呟いてこちらを見つめてくる。
「あ、いい人でも探せばいいと言ったからか?」
「あなた、本当は離れたかったんじゃないの?」
「俺がお前らと? そんなわけないだろ」
なんでそうなる。
そっちも大切にしたうえで来てくれるなら嬉しいということが言いたかっただけだ。
「だって私たちがいなければ家事だって自分の分だけで済むものね」
「そりゃあな。でも面倒だと感じたことはないぞ、なぜならそれをすることでお前らがいてくれるならって考えて動いていたからな」
純粋な気持ちなんかじゃなく、全ては自分のため。
そりゃあ大変だ、飯を作ったり、洗濯物を干したり、風呂掃除をしたり、買い物に行ったり、俺は主婦かって言いたいぐらいの毎日だった、一人だけだったならきっと適当だったと思う。
でも俺は長男として任されたんだ、それに単純に妹たちには楽しい時間を送ってほしいと考えていた。
やらなければならないという義務感と、そういうことを全て押し付けていいから一緒にいてくれという心、後者の方が断然大きい。
「入ろうぜ」
妹の頭に触れようとして直前でやめた。
だって話し方的に付き合い出したってことなんだろ?
それなら例え相手が兄であったとしても自分の彼女に触れてほしくないと考えるだろうから。
ま、それは俺が彼女を作った際の願望ではあるんだがな。
「ま、家にちゃんと帰ってきてくれれば俺は構わないぞ」
メンタルがクソ雑魚ではなくなったら祝いのケーキでも買ってやろう。
付き合ったぐらいで大袈裟だろうか? だけど母ならしそうだしな。
いまの俺は父であり母であり兄でありと忙しいのだ、色々な立場で考えなければならない。
「はぁ……冗談よ」
「は?」
「断ったわ、知らない人をすぐに好きになれるような人間ではないもの」
「おいおい……じゃあケーキでも買ってやろうとした俺の気持ちは?」
「知らないわよ……馬鹿」
えぇ、なぜに? なぜに俺は罵倒されているんだ……。
兄としては限りなく正しい話をしていたと思うんだがなあ……。
「ごめんなさい……」
「いきなり謝るなよ、調子が狂うだろ」
つかなんで俺らはまだ外で会話をしているんだ。
このまま継続されても困るから中に連れ込むことにする。
今日は揶揄してくるようなことはなく大人しくされるがままになっていた。
「飲み物は?」
「紅茶」
「あいよ」
湯を沸かしている最中暇なので冷蔵庫に背を預けて目を閉じる。
悪いのか、それとも良かったのか、どういう反応を見せるべきかわからない。
「大牙」
「ん? ――って、やめろって言っただろ?」
いまはどちらも情緒不安定状態で良くないのは明白だ。
色々あったのなら一人で過ごして片付けてからでなければならない。
そうしないと他人に迷惑をかけてしまうから。
「離れようとしないで……」
「していないだろ」
「この前したじゃない、千歳くんを巻き込んで」
「もうしないから離れろ」
はぁ……なんでこんなに一気に弱々モードなんだ。
とっとと温かいものでも飲ませて落ち着かせることにする。
「ほら」
「ありがとう」
飯を作る気力もなかったため風呂に入って寝ることにした。
そこからは尋常じゃないぐらい早く行動して、部屋に引きこもる。
仮に誰かが来ようとしても入れない、鍵だってかけられるから心配もない。
「殴りてぇ……」
で、実際自分を殴ったらモロに入って悶絶。
いやだってよ、嘘だとわかってホッとした兄とか気持ちが悪いだろ? いや、気持ちが悪い。
平等に扱うとか言っておきながらできていないことはヨウと話したことでわかった。
だってそこでいいの? って聞かれるのはおかしい。
「自分を殴ったって痛いだけよ」
「ど――って……ベランダ繋がってたよな……」
正面のルートを潰せただけで満足してしまっていた。
「ご飯は?」
「ファミレスで食べてきたんだ」
「嘘つき、ジュースだけでしょう?」
「まあ、そうとも言えるな」
体を起こして端に座る。
リンは窓の前で突っ立ってこちらを見ているだけ。
「ニナが千歳くんに告白したそうね」
「ああ」
「あなたは告白されたりしない?」
「ないな」
仮にあっても家族を大切にすることだけは変わらない。
というかいまさらな話だが、部屋の窓の鍵はどうやって開けたんだ?