06話
「まだ終わってないよ」
一週間ぐらいが経過したのにまだ付きまとわれていた。
こいつの目的はあの兄をギャフンと言わせることだが、いくら新しい人間を見つけてきても状況は変わらないと思う。
自分の妹に急に彼氏ができたら兄としては気になるところでチェックだってするはず、そうしたらばれて終わりだ。
そんな無駄なことをまだ続けようと言うのか?
「で、それでもやるのか?」
面倒くさいから全てぶつけた。
脅そうとしてこなければもっと協力してやったのになあ、自らそれをぶち壊してくれたのだ。
なにより千歳が警戒モードに入っているのが駄目だ、いまだって俺の横に無言で立っているし。
おまけにヨウはともかくリンが頻繁に来るようになった、こうなれば続行は難しいだろう。
「つか、なんでそんな話にしたんだ?」
「……この歳で彼氏が一人もできたことがないの馬鹿にされたから」
「ははは、俺だって彼女が一人だってできたことないぞ」
「僕も」
「私もないわ」
恋することが全てじゃないんだ、学校生活を楽しんでいるからいいって自慢しておけばいい。
そりゃもちろん恋人がいなければできないことだってある。
が、恋人がいない人間は自分のしたいことを自由にやることができるのだから変わらない。
そこまで差はない、恥ずかしがることもない――なんて言ったらリア充たちは笑うだろうか?
所詮負け犬の必死な強がりだって、そういうのを気にしてしまう人間だと難しいか?
「大体、お前の兄貴だって彼女がいねえじゃねえか」
「はっ……そ、そういえばそうだった」
「そんな奴に馬鹿にされたってなんともねえだろ」
「……いやまあ、単純にそういうのに興味があるなって」
「なら頑張るしかないだろ、騙そうとするのではなく努力してそういう人間を見つけないとな」
千歳のことを紹介したら怒られた。
腕を思い切りつねられて冗談でもなんでもなく涙が出た。
女子にとってこいつは理想っぽいからって言っただけなのによ……。
「いてぇ……」
「それはあなたが悪いわよ」
「リンだってこいつがいいって思っているだろ?」
「でも、千歳くんを追いかけるということは叶わない夢を追いかけるのと一緒じゃない」
けど気になったらそれでも追いかけようとするのが人間だろ?
正に千歳がそうだ、自分の気持ちを捨てられないでいる。
そのことに触れるつもりはないが、似たような考えのやつだってたくさんいるはずなんだ。
「私、そういう最初から無理そうな相手を狙わないわ」
「ならどういう人間ならいいんだ?」
「そうね、優しい人かしら」
「ならたくさんいるな」
最低限の常識さえあれば候補として挙がってくると。
リンの心を揺らすことのできる人間はどこにいるんだろうな。
「緒方先輩」
「おう、紅庭か」
よく堂々と先輩の教室に入れるなというのが感想だった。
そりゃリンみたいなやつなら気にしないだろうが、相手が同級生で同性であったとしても敬語を使っているような人間だ、なおさらそのことが意外に思う。
「今日の放課後ってなにか予定とかありますか?」
「特にないな、帰りにスーパーに寄って帰るぐらいか」
「それなら少し付き合ってくれませんか? 商業施設に行きたいんですけど」
「千歳じゃ駄目なのか?」
「いえ、特に駄目というわけではないです」
一応リンの方を見てみたらこくりと頷いてくれた。
ただ、
「私も行くに決まっているじゃない」
放課後になったら当然のようにメンバーになっていたが。
紅庭も別に構わないのか施設へと向かって歩き出す。
「はぁ……」
「ため息なんて珍しいな」
「私の弟は女の子からモテるわよねって」
「誰が弟だ、それにこれはそういうのじゃないだろ」
どれだけ行きたかったのか、滅茶苦茶速歩きで先へ行こうとする紅庭だぞ。
余計なことを言われると面倒くさいことになるから黙って急く娘を追っていく。
着いてもなお継続するその様子には寧ろスッキリしているぐらいだ。
「あの、男の子ってどういう物が好きなんですか?」
「そんなの人によりけりだろ?」
「緒方先輩はどういう物が好きなんですか?」
どういう物と言われても……と見回してみたらリンが視界に入った。
「男は多分、こういう女子のソックスとかに興味があるんじゃないのか?」
「え、女の子のソックスを貰って喜ぶんですか?」
「いや、それを女子が履いているところにグッと――そういう感じだ」
危ねえ……相手はリンやヨウじゃないんだぞ、本気でドン引きされかねない。
だから紅庭は苦手なんだよな、千歳たちと同じようには対応できないから。
俺のことをよく知っている人間ならツッコミをいれて終わるところを引き伸ばすからな。
「なるほど、つまり私の弟も喜んでくれると?」
「それはこの兄がおかしいだけよ、誰だってそこに着目して喜ぶわけではないわ」
「おかしいってお前なあ……」
「だって妹にさせようとするじゃない」
あれは勝手にヨウがしただけだって何度も言っているんだが……。
まあそれで喜ぶ的な発言をしたのも俺だからあまり強くは言えない。
でもいいだろ? 黒色の先に見える肌白い領域が。
ソックスが黒とは限らないがシンプルなのがベストだと思う。
「リンが見せてやればどうだ?」
「これは誰かに見せるためにしているわけではないわ」
「へえ、でもちょっとはあるだろ?」
「そうね、変態な弟を喜ばせるためでもあるわね」
「兄なのか弟なのかどっちだよ」
そう言ったらなぜかこちらの頭を撫でてから言った。
「私の前では弟、ヨウや他の人の前では兄よ」
と。
それを言うなら私の前だけでは、では?
この場で弟扱いをすることはおかしくなってしまう、紅庭だっているんだし。
「一般的ではないということですか?」
「ええ、大牙の意見を参考にすると恥ずかしい思いをするわよ」
「き、気をつけます」
ああ……紅庭の中でも俺のイメージが悪くなっているじゃないか。
どうしようもなくなったのでソファに座って休憩しておくことにする。
弟の誕生日プレゼントを選びに来るとかいい姉だ、俺も二人が誕生日の時は頑張らなければならない。
まあ、俺の誕生日の時には一緒にいてくれればそれでいいが。
「お兄ちゃん、これはどういうこと?」
なんでいるのかはわからないが紅庭に誘われたことを説明しておく。
どうやら誘ってもらえなかったことが嫌だったらしい、この前から自分だけが仲間外れにされているようで嫌だとさ。
「あと、リンちゃんと最近仲良くしすぎじゃない?」
「平等に対応しているつもりだが」
「二人きりでいること増えたし」
「教室に来ることが増えたんだ」
誘ったわけではなく勝手に来るだけだ。
あれでも心細く感じる時だってあるのではないだろうか。
その点、俺らのところに来れば千歳だっているのだから多少でも安心感を得られるわけで。
「教室ではどうなんだ? 友達切ったって言ったけど」
「横に行けばリンちゃんに合えるし、上に行けばお兄ちゃんに会えるから一人でも大丈夫」
「悪口とか言われないか?」
「うん、だって私たちに悪口を言ったら緒方大牙が潰しに来るって噂があるもん」
実際にこちらがなにかをしたわけではないのだから事実無根な噂ではあるが、抑止力になっているのならいいかと割り切る。
それでもなんらかの苦労はかけそうなので謝罪をしておいた。
「あら、ヨウもいたの?」
「もうリンちゃん! 私も誘ってよっ」
「ごめんなさい、大牙が勝手に行こうとしたから付いていくしかなかったのよ」
勝手にって後輩の頼みを聞こうとしてやっただけなんだが?
しかもわざわざ付いてくる意味がない、心配しなくたってなにも起こらない。
信用されていないということなら、……それはなんとも寂しいな。
「今日はありがとうございました」
「いや、なにも力になってやれなかったからな」
解散の時間がやってきた。
もちろん家の方まで歩いてからの別れの挨拶ではある。
紅庭が安心したような笑みを浮かべてくれたことを喜んでおこう。
姉妹が並んで歩いているところを眺めつつ帰路に就くことになるかと思えばそうではなく、両側に姉妹が陣取ってきてサンドイッチみたいになった。
「これからはちゃんと言ってよ?」
「ええ、善処するわ」
「断言してよ!」
俺を挟んでの会話はやめていただきたい。
段々と下がってみたらいつもみたいに二人で自然に歩いていった。
今日はヨウもポニーテールにしていてゆらゆらと房を揺らしている。
あれから気に入ったのかニーソックス状態なのは継続中のようだ。
「視姦されているわ」
「うそっ!? だ、誰にっ?」
「あそこの男によ」
「って、お兄ちゃんはそんなことしないよー」
うっ……優しい、ヨウはやっぱりいい子でいい。
なのにリンときたら……昔と違って可愛気がない。
ヨウより活発で誰よりも他人思いでいい子だったんだがなあ。
つか、やはり見られているのはわかりやすいようだ。
女子であるならばなおさらのことということだろうか。
妹を視姦する趣味はないため、さっさと帰って飯でも作ることにする。
で、そこまでは良かったのだが……。
「え、水しか出ねえな」
なんかアニメとかにありそうな展開になった。
とりあえずは明日業者の人に連絡することにして俺らは近くの銭湯に。
そこからはなんてことはない、ただ金を払って風呂に入っただけ。
風呂上がりの牛乳を忘れずに飲んで来た道を戻る。
「あ、ヨウ……ちゃん」
「え? あ……」
知り合いかと聞いたら切った友達の内の一人みたいだった。
他は子はいないから云々、私は友達でいたい云々、良ければこれから泊まりに来ないか。
こちらを見て困った表情を浮かべているヨウには行きたければと言っておく。
「あ、じゃあ……行かせてもらおうかな」
「うん、ありがとう」
という感じでヨウが離脱。
黙ったままだったのを意外に感じて聞いてみたら、スタスタと先に歩いていってしまった。
帰宅してからも同じ態度で困ってしまう、実は嫉妬しているとか? それはないか。
「大牙」
「ああ、話しかけてくるんだな」
「私の部屋に来なさい」
ここでも意味もなく別行動をする彼女に疑問を抱きつつも従う。
「入るぞ」
「ええ」
招いた割にはベッドにうつ伏せ状態でやる気が感じられなかった。
ヨウが行ってからこういう態度ということは間違いなく気にしているようだな、ヨウだけに。
「いまさら自分は違ったっておかしいと思わない?」
「まあ仲間内にしたって同調圧力みたいなのがあるかもしれないからな」
それが少人数であればあるほど自分の意見で染めやすくなる。
そして仲間外れにされたいだなんて考える人間はいないから相手に従うしかないわけだ。
誰だって強くいられるわけじゃない、偏見だが先程のような女子であるならばなおさらのこと。
実際に俺だってみんなが言っているからという理由で切り捨てることがある、だからあまり言える立場ではないわけで。
「それに最終的に切ったのはヨウだろ?」
「そうせざるを得ない状態にしたのはあの子たちじゃない」
「よく我慢したな」
「本当は言いたかったわよ、けれどあの子がそれでも近づこうとしたからやめたの」
大人だ。
なんだかんだ言っても選ぶのは全てヨウだ。
だからヨウに任せた、というかそれしかできないだろ?
そこで出しゃばったりなんかしたら印象を悪くするだけでメリットがない。
強がってみせても悪く言われるのは堪えるわけだから、そういうのを無自覚に避けようとしているのかもしれなかった。
けど、面倒くさいとかそういう適当さだけがそこにあったわけではないから誤解しないでほしい。
「私はあなたやヨウよりももっと純粋にあなたたちがいてくれればいいと考えているわ」
「でもそれはヨウや俺の幸せには繋がらないだろ」
俺たちを優先しようとしてくれるのはありがたい。
だが、少ない時間をこちらのために使ってくれるからこそ嬉しく感じるのだ。
自ら切り捨てて一緒にいることを選んでくれたところで純粋には喜べない。
友達でも恋人でもなんでもいいから作ってくれればいい。
チェックする云々を言うことはしたが、リンがそれを望むのならと応援することができる。
それが友達みたいな存在として、兄としてできることだ。
それにこの先はなにがあるのかはわからないのだから。
ヨウに特別ができて頻度が極端に下がるかもしれないし? 俺の前にもそういう人間が現れるかもしれない。
疑似一人状態になった時に後悔しないよう兄兼友達として止めなければならなかった。
「駄目だ、自ら切り捨てるのはやめろ」
「……そこにあなたの幸せが関係あるの?」
「あるね、常に見返りがある前提で動いているんだからな」
特別を作ってしまえばそんなことも言えなくなるんだ。
「誰かいい人でも探せばいい、じゃあおやすみ」
彼女たちは俺とは違うのだから。
わざわざ自分から悪い環境にしようとしているところが気に入らなかった。