05話
なにかがあっても面倒くさいから大きい奴探しはすぐに行った。
別に怖いというわけでもなし、三年生の階を見て歩いていく。
「なあ」
先程からつけられていたのはわかっていたが急に話しかけられて正直驚いた。
「お前、緒方姉妹の兄だろ? なんでこんなところにいるんだ?」
振り返ってみると俺より十センチぐらい大きい男が。
こちらのと言うより、リンとヨウのことを知っているらしい。
そこまで有名な姉妹の兄だということに少しだけ優越感を感じていた。
「なあ、俺に女の子を紹介してくれよ!」
「いいですよ?」
「え」
固まってしまったから昨日の女子の元へと先輩を連れて行く。
これならあいつも満足してくれるに違いない、そうすればまたなにもない生活に戻れる。
まあ、千歳の様子を見るに、なにもできなさそうだったけどな。
「連れてきたぞ」
「うぇ……」
「ん? どした?」
「ちょ、ちょっと廊下に来て!」
なんだかすごい慌てているようだ。
タイプだったとか? 確かに見た目はそんなに悪くないと思う。
おまけに身長だってでかいからグッとくる人間だっているだろう。
問題があるとすれば女子をいつでも探しているというところだろうか。
こいつだけを見るということをできるのかどうか、こちらには関係ないからどうでもいいが。
「な、なんで兄を連れてくるの!」
「え、あの人が兄なのか? 話しかけられたから連れてきたんだが。それに女子を求めていたらしいからさ、この際兄で満足したらどうだ?」
「ふざけないでっ」
「どうどう、落ち着け落ち着け」
「あ……ごめん」
とりあえず兄に彼女を任せて教室に戻る。
「またなにかあったの?」
「いや、連れてきた人があいつの兄だったみたいだ」
「ははは、それはまたなんとも運がいいのか悪いのか」
ただ、学校で仲良くしているだけでイチャイチャ認定されるのは困るぞ。
そもそも一緒にいるだけでリンやヨウにだっていい影響を与えないだろうから考えないといけない。
「千歳、これからリンやヨウといてやってくれないか?」
「リンちゃんやヨウちゃんと? 僕は別にいいけど」
「サンキュ」
その話を次の休み時間に訪れた二人に説明すると、
「はぁ……別に周りからの意見なんてどうでもいいじゃない」
「そうだよ、自分の兄といて悪いなんてことある?」
姉妹は納得してくれなかった。
いや、俺だって妹であり友達みたいなものだから一緒にいたいが~ということを説明しても意見が変わることはなかった。
「それよりお兄ちゃん、ゲームセンターに行こうよ! 私だけ一緒に行けてないから疎外感を感じて嫌なんだよね……あ、ぬいぐるみは嬉しかったけどさ」
「そうだな、ゲーセンにでも行くか」
本人たちがこう言ってくれているのを必死に拒絶したって仕方がないから従っておく。
なんてことはない時間を過ごして放課後になったら約束通りゲーセンへ向かった。
まだ遊んでいるわけではないのにやたらと楽しそうなヨウと千歳、リンは俺の横を真顔で歩いている。
でもわかる、こいつはこれでも結構ワクワクしていたりするもんだと。
「リン、地味に嬉しかったぜ」
「は? もし私たちが止めていなかったらそのまま継続していたのでしょう?」
「まあ……」
兄として相応しくないとよく言われるし。
あと、距離感が近すぎてなにかしているんじゃないかという噂が出ている。
俺らがしていることと言えば頭を撫でたりとか? 兄なら普通に妹にするだろこれは。
本当によく興味を抱けるものだと思う、兄妹で仲良くしていてなにが悪いんだって話だ。
――って、答えが出ているじゃねえか、不安になってしまった自分を叩きたい。
「あなたは余計なことまで考えすぎよ」
「これからも頼むわ」
「ええ、私たちは兄妹なんだから」
とにかくいまはゲーセンだな。
千歳とヨウの二人は恒例の音ゲータイムだったので、こちらはリンと見て回ることに。
「なにか欲しいのないのか?」
「ちょっといい?」
「ああ、なんでも言え」
「静かなところに行きましょう」
確かこのゲーセンの後ろは狭くて人があまり来ない場所だったはず。
そこに移動するとリンは壁に背を預けて言った。
「大牙、なんで受け入れようとしたの?」
「ああ、昨日のことか、特に実害を受けそうな感じはしなかったからな」
「利用されようとしていたのよ?」
「ま、誰かのために行動するのは慣れているからな」
なんならよくリンやヨウが俺を使ってくれる。
だが、それを嫌だと考えたことは一切なかった。
できることはなんでもするから近くにいてほしいという下心があったからだ。
そのため、頼まれる方が嬉しかった。
二人は見返りなしで行動している的なことを考えているようだが、さすがにそこまでいい人間ではない。
「はぁ、あなたは私が見ていないと駄目ね」
「妹に見られなければならない兄とは」
「実際、私たちの存在は結構あなたのためになっていると思うけれど?」
「それはそうだ、リンが正しい」
もうこいつらが姉で俺が弟なら良かったんだがな。
そうすれば甘えたってなにもおかしくない、それに何気に姉みたいな存在が欲しかったのだ。
俺は高校だろうが大学だろうが成人だろうが家族と仲良くしてなにが悪いというスタンスでこれからも生きていくつもりのため、姉がいたら滅茶苦茶仲良くして甘えていると思う。
「もっと頼りなさい」
「ああ、そうさせてもらうわ」
ゲーセン店内に戻ってまた適当に見て回ることに。
今日は○○がやりたいなどのことは一度も言ってこなかった。
金はあるが正直コスパが悪いので助かった形になる。
どうせ使うなら残る物に使いたい、シュークリームを頻繁に買っている時点であれだが。
「あ、大牙」
「ん? ヨウはどうした?」
「ヨウちゃんならコインゲームやってるよ、ニナちゃんが来たんだよ」
「へえ、紅庭も好きなんだなここが」
特になにがあるというわけではないだろうが一人で来るべきところでもない気がする。
行くなら友達を誘うとか千歳みたいに男を連れて行くとかそういう対策を取った方がいい。
「大牙、ニナのところに行ってくるわ」
「おう、あ、これやるよ」
「別にいいわよ、私だってお小遣い貰っているわけだし」
「いいから受け取っておけ」
無理やり渡して俺は千歳がやっているところを眺めておくことにした。
眺めているだけで済むということは金を浪費しなくて済むということだから最高だ。
で、やはりこいつは何度もやっているからか普通に上手かった。
今日は人が集まってくるということもなかったので、のんびり見られたことも大きい。
「ふぅ……」
「お疲れさん」
「なんか大牙ってさ、マネージャーみたいだよね」
「俺はただの級友だ」
男の背をじっと眺めていたそこそこでかい男。
それってかなり怖くないか? 勘違いされかねない。
最近は紅庭とだってここに来ているだろうからお供として付いていく必要はないのでは?
そのことを言ったら今朝のリンたちみたいに断られた。
「俺のこと好きすぎだろ」
「先生がいなかったら良かったかもね」
「やめろ……まだやるのか?」
「ううん、もう結構やっちゃったからニナちゃんたちのところに行こう」
もう紅庭でいいじゃねえか、とは言えなかったため、黙って付いていく。
紅庭のやつはどうするつもりなのだろうか、千歳のようにまだ狙っているのか?
「きたっ」
箱いっぱいにコインを貯めているヨウ。
それを腕を組んで見ているリン、意外にも負けまいと頑張っている紅庭。
金を渡してもこいつ使わねえ……と嘆いていたら千歳がはははと笑っていた。
「あぁ……終わっちゃいました」
「ふふんっ、これで私の勝ちだね!」
「ヨウさんはすごいですね、毎回コインを凄く稼げて」
「ただがむしゃらにやればいいわけではない! なんだってそうなんだよねー」
ちょい調子に乗っているヨウの額を突いて、人箱紅庭にそのままやる。
「ああ!?」
「いいだろ? あんまり長時間はできないんだから」
「まあ……いいけどさ」
最後に適当に消費するぐらいなら他の人間に使わせた方がいい。
「紅庭も気にせず使え」
「あ、ありがとうございます」
俺はそろそろ耳がイカれそうなので店外へ移動。
店の前に設置されてあるベンチに座って、疲れた足を軽く伸ばした。
「ふぅ……」
「お兄ちゃん」
「コインは?」
「リンちゃんと千歳さんにあげてきた、横いい?」
「おう」
なかなか一人ずつと過ごすということがないから新鮮な感じがする。
「リンちゃんと比べたら頼りないかもしれないけどさ、私にも頼ってよ」
「俺は俺のためにしているんだがな、ヨウやリンがいてくれればって願いながらやっている。だから十分頼っているぞ、寧ろ頼り過ぎなぐらいだ」
千歳に対するそれとはやはり違う。
俺らは家族だ、その家族のために、そして自分のために行動しているわけで。
何度も言うが姉妹が喜べば俺も嬉しい、だからただされていてくれればいい。
「気にするな、こうしていれば俺は満たされるからな」
「わっ、ちょ、雑っ」
俺らは傍から見たらどういう風に捉えられるのか気になる。
あまりにも似ていないから良くて奴隷とか? カップルとしてカウントはされないだろうが。
「お、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「リンちゃんとさっきどこ行ってたの?」
「ああ、裏で話していたんだよ、もっと頼れって言われてな」
そういうところは姉妹そっくりだと思う。
仮にヨウが俺の姉だったら……なんか常に振り回されることになりそうだ。
でも、引っ張ることよりも引っ張られる方が楽でいいので、それも悪くはないかもしれない。
「ヨウ、ちょっと姉になってくれないか?」
「えっ?」
「そうだな……大牙君って呼んでくれないか?」
「え、あー……た、大牙……くん?」
姉って感じしねえ……妹が外では恥ずかしくて無理やり君付けで呼んでいるみたいに見える。
なら敢えてリンみたいにツンツンしている感じもいいかもしれない、リンバージョンを所望。
「えっと……あなたはもっと私を頼りなさい」
「いいな、似ているぞ」
「あ、ありがと……ふんっ、一緒にいるのだから当然よ!」
駄目だな、ヨウは普段のままが一番だ。
リンも同じ、変に変わったりしていると調子が狂ってしまう。
で、店内から出てきた本物のリンに脛を軽く蹴られた。
靴をわざわざ脱いでからだから優しさは詰まっている。
「ヨウに変なことさせないで」
「悪い」
遠ざけるべくヨウが千歳と一緒に歩くことをリンが希望した。
こちらにはナチュラルにツンツンしているリンが残っている。
「ふふ」
かと思えば急に笑い出す怖い妹。
「いえ、だってそれぐらい私のことが気に入っているということでしょう?」
「頼れって言うからさ、ちょっと頼んでみたんだよ。姉がいてほしくてな」
どう頑張ったって姉や兄がいる人生はもう歩めないわけだが、だからこそ姉がいる人間を羨ましいと思ってしまう。
そいつらは実姉とかクソだぞと言うがな……贅沢者ばかりだ。
「ならこういうことをすればいいの?」
「抱きしめるのはちょっと行き過ぎじゃないか?」
「あら、姉ならこういうことをするわよ、大牙くん?」
ああ、でもリンは自然で上手いな、マジでこいつらが姉なら良かったのにって考えている。
「この場合はなんて呼んだらいいんだ?」
「お姉ちゃんよ」
「俺がお姉ちゃんって呼んでたら気持ちが悪いだろ、姉貴だな」
呼び方はどれでもいいと言って抱きしめるのをやめるリン。
「私で良ければいつでも姉になってあげるわよ?」
「そしたらやばい兄になるだろ、いいから行こうぜ」
リンの頭を撫でて先頭の二人を追う。
……いま真剣にグッときてしまったのは内緒にしておくつもりだ。
大人びた人間がやるとここまで違うのかって驚いていた。
いやまあ、ヨウのそれは不自然ではあったが十分魅力的だったことには変わらない。
ただ、やらされている感を感じさせないリンのそれがあれだっただけ。
「リン、抱きしめるのはやめてくれ」
「なんで?」
「俺も男だからだ、情けない話だがな」
「そ、襲われても困るからやめておくわ」
聞き分けがいいのも助かるところ。
だからこういう形で普段支えられているから改めてしてくれる必要はない。
何度も考えたって仕方がないから、それを直接言うのが俺の仕事だ。
途中で千歳と別れて姉妹と歩いていく。
当然のように手を繋ぐ二人を眺めながら帰るのは悪くない時間だった。
「手伝うわ」
「は?」
「は?」
「いや……お前――リンが手伝うなんて珍しいなって」
基本的に自分一人で作るかヨウのを手伝うかって感じなのに。
これまでは一切俺の手伝いをしようとしなかったのになあ、なにかがあったのか?
「いいじゃない、あなたは具材の切り方が雑だから気になっていたのよ」
「まあ、じゃあよろしく頼むわ」
でもまあ、これからもこうして協力していければいいかとそう片付けて、夜飯作りをそこそこ頑張った。