04話
「お兄ちゃんっ」
どばんっ、まじで扉が壊れそうなぐらいの勢いで開かれた。
これから学校へ行かなければならないのだから制服姿は当たり前だが……なんだ?
「ここここっ、あなたのフェチ心をくすぐるこれ!」
「ああ、リンの真似か、本当にリンのこと好きだな」
昨日は泣いていたが今日も変わらず平常運転だ。
結婚できたらまじでしていそう、それぐらいのがちさがこいつらにはある。
「じゃなくて! お兄ちゃんはこれが好きなんでしょっ」
「ああ、まあ好きだが」
「目の保養になった?」
「そうだな」
なぜだか滅茶苦茶喜んでいる妹様。
たまにこういう突拍子もないことをしてくるから対応に困る。
友達とは上手くいかなくなったからリンをまじでそういうつもりで見ていくかと思ったわ。
とりあえず朝から元気な妹を連れて行くと姉の方はソファに座って目を閉じていた。
「おいリン、寝不足か?」
「……大牙」
「なんだ?」
彼女は立ち上がってこちらを見上げてくる。
が、なぜだか異様に彼女の方がでかく感じて少し後ずさった。
もちろん後ろにはヨウがいたから全然下がれなかったが。
「妹にそういうことをさせるのはどうかと思うの」
「誤解してくれるな、これはヨウが――」
「え、でもお兄ちゃんは絶対領域が好きだって言ってたからさ、したら喜ぶかなって思って」
「……だな、俺がさせたようなものだな」
謝って朝飯作りを開始。
とはいえ、パンと卵を焼いたらお終いだ。
それを二人に食べさせて、俺はその間に洗濯を干したりする。
下着とかにももう慣れた、だからいまは躊躇なく触れることができた。
「えっち」
「しょうがないだろ」
「ちなみに私とヨウの、どっちがいいの?」
「知らん、上下とかないだろ」
また告白されたって言っていたし、そいつからすれば限りなくレアな光景なんだろうがな。
さすがに妹の下着に欲情するようにはできていない、これが部屋に置かれていても普通に妹たちの部屋へ戻せる自信があった。
脱ぎたてとかだったら……それは無理だけれども。
「というかお前、なんで断ったんだ?」
「私には好きな人がいるのよ」
「へえ」
「それはあなたよ」
「そりゃありがとさん」
こちらも数が多くないからすぐに終えて、冗談ばかりを言う妹の額を突いて戻ることに。
俺からしてみればもったいないことのように感じるが、これが人気者特有のムーブということだろうか? 決してそういう意味では近づけさせない、踏み込まれることを嫌がっているみたいな。
「あんまりからかうなよ、本気にしたらどうする」
「すればいいじゃない」
「そんなことしたら父さんにぶっ飛ばされるから無理だな」
それにヨウとリンで扱いを変えたくはない。
相手によって態度を変えることになるぐらいなら距離を置く。
ってまあ、千歳と紅庭じゃ全然同じように対応できないから矛盾しているかもしれないが。
「あなたはヨウには甘いものね、私より好きなのでしょう?」
「そんなことはない、俺はどっちのことも好きだぞ」
「優柔不断は嫌われるわよ? せめて要所ではしっかり決められるようにしておくことね」
一緒に行けばいいのにリンはヨウを連れて先に行ってしまった。
こちらはしっかりチェックしてから最後に鍵を閉めて家をあとにする。
「とりあえずは普通に生きるだけなら」
それでも真剣に求めてきたのであれば。
まあその時はその時の自分が決めてくれるだろうと放置して学校へ向かった。
「大牙、一緒にやろ」
「おー……いや、俺は壁当てでもしてるわ」
現在は体育の時間。
選ばれた種目はバドミントン。
誘ってきた千歳の後ろには大量の人間。
喋ってないが俺にはわかる、自分とやってほしいと心が叫んでいる。
さすがにこの圧の前では断らずにはいられない。
面白いのは男からも人気があることだ、だから光景的には飽きはしなかった。
教師も一人でやっている俺が視界に入ろうが活動しているため言ってこない。
もちろん、だらけてお喋りばかりしている連中には注意していた、さすが教師だ。
「大牙!」
「ん――おい、いく、ぞっと!」
いいよな、ラケットで打ち返せば向こうまで飛ぶのだから。
手で返そうとするとこうはいかない、必ず変な場所で落ちてどちらかが動くことになって困る。
「大牙ー!」
下手くそかよこいつら……まあ結構楽しいから怒ることはしないが。
それから何度も打ち返す羽目になった。
なんかおかしいと思ってしっかり見ていたら千歳がわざとミスっているだけだった。
普段ならしっかり相手の取りやすい位置に落とすのにこいつときたら……。
「千歳!」
「あ、ごめんごめん!」
千歳は改めてくれたものの、怒鳴ったせいで余計に怖がられる羽目に。
くそ、逆にこれが目的なんじゃないかと思えてくるぐらいだぜ……なんか教師にもかしこまられているような気がするしよ。
体育が終わって教室に戻っても継続中だったため、あそこに行くことにした。
「ふふ、またいるのね」
「おう」
俺が訪れてからすぐにここに来るものだから好きなのかと勘違いしてしまいそうだ。
今日はどうやら最愛のヨウは連れてきていないらしい、なかなか珍しい光景だった。
「横、座るわよ」
「おう」
特別面白い話もないから先程の話をしておく。
妹様は千歳らしいと笑っていたが、巻き込まれるこちらの気持ちも考えてほしい。
「ねえ大牙、私にしてほしいことってある?」
「リンに? そうだな、ヨウと仲良くしてほしいかな」
「あなたのためになることよ」
「だからそれが俺のためになるんだよ、喧嘩している二人を見るのは嫌だからな。自分がしているわけじゃないのに多分引っかかるから」
乙女風に言わせてもらえば本当に胸が痛くなると思う。
和解のためになにかしてやれることはないかと考えて、自分の無力さを痛感して、みたいな。
だからそういう取り返しがつかなくなる前に対策をしておかなければならないのだ。
「たまにはこっちにも要求しなさいよ」
「飯作ってくれとか言うだろ?」
「だからそういうことではなくてっ」
「落ち着けって、今日はどうしたんだよ?」
「……してもらうことしかできないのは結構辛いことなのよ?」
とは言ってもなあ、姉妹が元気そうに暮らしてくれればいいと思って行動しているわけだし、見返りは常にそれで貰っているわけだ、紳士じゃあるまいし見返りなしで動くとか無理だからな。
そのため、改めて求められたりすると二重に要求することになってしまう、最低限のことしかできないのに求めるばかりでは嫌われてしまうだろうに。
これは俺の為なんだ、もちろんだからって対応を適当にしているわけではないが。
「リン……ちゃん?」
「あら、来たのね」
こうしてつい来てしまう辺りを見れば仲がいいと気づけるから最高だ。
冗談でもなんでもなくいてくれるだけで俺の役に立ってくれているのがこの二人だ。
「大きな声を出してどうしたの?」
「我らのお兄ちゃんがセクハラばかりしてくるのよ」
「してねえわ……気にするな、いつも通りの俺らだよ」
でもそうか、謙虚すぎても気になるってことなんだな?
「じゃあリン、これから頭を撫でさせてくれ」
「それってあなたのためになるの?」
「ああなる、ヨウも頼むぞ?」
「お兄ちゃんはそれで嬉しいの?」
「ああ」
少しの優越感に浸れるのもいいところだろう。
この学校にはこうしたくてもできない人間がいることだしな。
たまにはいいことがあっても悪くない気がする、それなりに頑張っているつもりだから。
「ニナの頭も撫でていそうよね」
「実は癖でしたことがある」
「そもそもお兄ちゃんはこれまでもしてたよね」
「別に子ども扱いしていたわけじゃないぞ?」
昔、頭を撫でたら落ち着くって言ってもらえたからまだ採用しているだけで。
しかもそれを言ってくれたのが意外にもリンだぞ、忘れることなんてできるわけがない。
それがいまではこんな無表情女子に育ってしまってな、無邪気な笑顔とか可愛かったのになあ。
「なら身内以外にするのはやめなさい」
「ま、気軽にできるような仲でもないしな」
「ヨウもそれならいいでしょう?」
「うん、元々撫でられるのは好きだしね」
改めて考えるとなんか気恥ずかしくなったので寝転ぶ。
静かな場所と静かな光景、ここが少し暗い場所で助かったぐらいだ。
「そういえばお友達と話し合ったんだけどさ」
「あ、そういえばそんな話もあったよな」
「結局、私=リンちゃんといたいというイメージが抜けきらなかったから抜けてきた」
「抜けきらなかったのに抜けたのか」
「うん、だってリンちゃんといることを悪く言われても嫌だから」
俺の場合だと千歳といるのをやめると同じぐらいか。
もしそうしたらかなりあの教室でいるのが辛くなるな。
あいつがいるから完全に恐れられていないというのはあるし。
とにかく、そういうことならなおさら見ておかなければならない。
先はわからないが、いまはただただ二人を平等に見ておかないと。
母からは真剣に、父からは嫌そうに、渋々に頼まれているからな。
「そういうことなら私も捨てましょうか? そうすればあなたに集中できるもの」
「そこまではいいよ、お兄ちゃんもいてくれるって言ってくれたし」
「そう? あなたが言うならまだ残しておくわ」
怖え、あたかも自分にそういう権限があるみたいに振る舞うところが。
つかこいつって本当に友達がいるのか? 紅庭といるところぐらいしか見たことないぞ。
「はぁ……やっと見つけた」
「あ、千歳さんだ」「千歳くん」「千歳か」
名前を連呼していなくても女子の名前に聞こえるな本当に。
「大牙、クラスメイトの子が大牙に用があるって」
「それは男子か?」
「ううん、女の子」
またそれはなんとも意外な展開だ。
視線が気になってリンの方を見たら真顔でこちらを見つめてきた。
「どうした?」
「その人と関わりがあるの?」
「いや、千歳以外名前すら知らないぞ」
仮に名前を知っていても顔が一致しない。
それに冗談抜きで無意味に怖がられるものだから勇気があると言うかなんと言うか。
が、用があるということなら仕方がないため教室へ戻る。
なぜかリンとヨウも付いてきてクラスメイトは盛り上がりを見せた。
「で、どの女子だ?」
「私」
「うわっ!?」
急に後ろから現れるのはやめてほしい。
リンは無言だが驚いていることが表情からよくわかる。
「端的に言うと、私と付き合ってほしい」
「それって買い物とかにか?」
「違う」
それからなぜ俺でなければならないのかという理由を説明してくれた。
聞いてみてわかったのは、要はでかくて多少厳つければ誰でもいいみたいだ。
とにかく兄から馬鹿にされたから見返したいということらしかった。
そのために利用されてほしいとも説明されて、俺としては別に構わなかったのだが。
「駄目よ、そんなこと許せるわけないじゃない」
意外にもリンの方から待ったが出る。
ヨウもそれに引き続いてゴニョゴニョ言っていた。
「僕もそういうことだって知っていたら大牙に言わなかったけどな……」
「別に永続的じゃないんだろ?」
「うん、兄をギャフンと言わせられたら満足」
「別にいいぞ、それぐらいならな」
ちなみにと身長を聞いてみたら俺より低いみたいだし問題ないだろう。
ちょっと威圧しておけばビビるかもしれない、それかもしくは妹を守る的な超展開になる可能性もある。
そうすれば妹を馬鹿にしようとなんてしないだろうし、そのためなら喜んで協力してやるつもりだった。
「大牙」
「そんな怖い顔をするなよ」
「その要求を受け入れるのなら頭を撫でさせるという約束はなしよ」
あ、おい……そんなことを教室で言ったらまた――妹に手を出す云々と言われるんだからさ。
「私、嫌だよそんなの」
「ヨウもか……お前はどうなんだ? 断っても平気なのか?」
「断ったら最上階の踊り場でイチャイチャしていることばらす」
イチャイチャて……でもまあ、別にばらされた場合の問題というのが見つからない。
元々自分の印象は良くない、二人が被害に遭わないならそれでもいいか。
「安心して、僕がそんなことはさせないから」
「無茶するなよ」
「たまには大牙のためになにかしないとね」
みんなそう言ってくれるが全部自分のために行動しているのだ。
その度に報酬を得ている、これ以上貰ったら返さなければならなくなってしまう。
後から返すなんて恥ずかしいだろ? だからいいんだ、特になにもしてくれなくて。
「……なら君より大きい人を探してきて」
「わかった、千歳やこの二人に迷惑をかけるなよ?」
「うん、ちゃんと守る」
上級生を探せば一発だろう。
だから特に面倒くささは感じていなかった。