03話
「お兄ちゃん!」
「んあ……? おう、朝からどうした?」
休日でも変わらず元気なやつだ。
リンは意外と昼頃まで部屋の外に出てこないタイプなのでありがたくはあるが。
「今日は朝からお出かけしましょう!」
「メンバーは?」
「私とお兄ちゃんのみです」
「目的地は?」
「映画館! チケットを貰ったんだ!」
ああ、たまにはそういうのも悪くはないかもしれないな。
でも、それは兄と行くべきことなのか? 普通は友達とかを誘うべきではないだろうか。
それになにより大好きな姉を叩き起こせばもっと楽しい時間が過ごせることだろう。
故に、寝ているところを悪いが遠慮なく部屋に突撃して起こさせてもらうことにした。
「……有りえないから、女の子の部屋にズカズカ入ってくるとか」
「気にするな、リン、ヨウと映画を見てこい」
「本人は明らかにあなたでいいという顔をしているけれど?」
後ろを見たら確かに複雑そうな表情を浮かべているヨウが。
……しゃあない、せっかく誘ってくれたのだから付き合うとするか。
それから二時間後、俺らは一番近い映画館まで来ていた。
で、なんかそこからやけにスムーズだったから聞いてみたら、どうやらヨウが買ったらしい。
内容はどうやら動物映画らしい、お涙頂戴ものではなく笑える系の。
シーン毎に見ているお客たちは笑っていたが、俺としては可愛いなぐらいにしか思わなかった。
問題だったのは退場する際によく見てみたらヨウが涙を流していたこと。
感動モノじゃないのにそういう意味で涙を流していたから大変驚いたのは言うまでもなく。
「これで拭け」
「ぅん……」
「どうしたんだよ、ずっと楽しそうに見ていただろ?」
「だってさ……笑いの中にも急にいい話が出てくるから……そういう変化に弱くて」
「はは、作った人も喜んでいるだろうよ」
どれだけ感受性豊かなんだよ。
こういうところを見たら男子は驚きつつもグッときたりするのではないだろうか。
なんか苛めたみたいになってしまったのでファミレスで飯を奢ってやることに。
うんまあ、もう涙なんかなかったよね、そのうえでこちらの飯まで狙ってきたからね。
「今日は付き合ってくれてありがとっ」
「ああ。でも、リンじゃ駄目だったのか?」
「リンちゃん休日の日はあんまり付き合いが良くないからね……その点、お兄ちゃんなら利用しやす――優しく付き合ってくれるからさ」
ああうん、まあそれでも兄妹仲を保てるならそれでいい。
喧嘩なんかした暁には周りを使って悪口を言ってきそうだもの。
可愛いや美人ってのは色んな意味で質が悪いのだ、敵に回すべきではない。
「さて、ここからどうする?」
「お兄ちゃんの話を聞かせてほしいです」
「俺の話? ニーソックスとスカートの間が好きだ」
実はリンがよくそれを見せてくれる。
もちろん俺のためにしてくれているわけではないが、目の保養になるのは確かだ。
「そういうフェチのじゃなくて、最近の学校生活で気になることとかさ」
「ああ、それなら紅庭のことかな、あいつ千歳のことを気になっていたようでさ」
その去り際のアドバイスをミスったことを気にしている。
恋をすることだけが楽しいわけではないのだから先輩としてまともなアドバイスがしたかった。
「そういえば紅庭さんは最近リンちゃんと仲がいいんだよね」
「嫌なのか?」
「ううん、リンちゃんが私以外の人と仲良くしているところを見られて嬉しいよ」
「寂しくないのか?」
「家ではゆっくり二人で過ごせるからね」
驚いた、リン大好き少女がこんなことを言うなんて。
もしヨウに特別親しそうな人間が現れたら絶対にリンは許さないと思う。
ガチ度の違いということか、ヨウに関しては姉妹レベルなのかもしれない。
「紅庭さんはいい人だってわかっているからいいんだ」
「そうか」
実はまだ苦手意識が残っていたりする。
友達ではないうえに一年、しかも女子という要素が加わってはっきり言いづらい対象だから。
「でも、やっぱりちょっと寂しいかな」
「変な遠慮をしないでいたいやつといればいい」
気にせずいられるのであれば周りの意見なんてなんの効力もないわけだ。
どんな形であれ好きな相手と一緒にいたいと考えてなにが悪いという話。
「好きな人ができたら教えてね」
「知ってどうするんだ?」
「その人をチェックして悪くないか判断する」
ヨウは俺にとってなんなんだ、母親か?
寧ろそういう場合にチェックしたいのはこちらの方。
さすがに全く知らない人間なんかにヨウを任せられないからな。
「なら頼むわ」
「うん! よし、帰ろっかっ」
「そうだな」
まあでも、映画も悪くはなかったしいい時間を過ごせたと思う。
こういうことも妹に特別ができたらできなくなるからな、寧ろこちらが付き合ってもらったようなものだ。
兄を蔑ろにしないところはいい、馬鹿にしないのもポイントが高い。
「シュークリーム食べたいっ」
「シュークリーム好きすぎだろ……リンにも買っていくか」
「うん!」
なんか貢いでいているようで嫌だがリンも好きだから喜んでくれることを願った。
「――なあ、緒方」
お友達と話すのをやめて声の方を見てみたら男の子が立っていた。
名字で呼ばれるということが滅多にないため、そのことにも驚いてしまった。
「ちょっと廊下で……いいか?」
「うん……いいけど」
なんだか嫌な予感がする。
こういう時に限ってリンちゃんやお兄ちゃんはいてくれないと。
さすがに暴力とかは後のことを考えればできないだろうけど……。
「お、緒方」
「な、なに?」
「リン……さんのことが好きなんだ」
「えっ?」
リンちゃんのことが好き。
私経由で伝えようとしてくる人はこれまでにもいた。
でも、好きなら直接伝えなければ駄目だと思う。
それぐらいの勇気がなければリンちゃんを揺れさせることはできない。
「直接言ったら?」
「……呼んでくれないか?」
「わかった」
隣のクラスだし、不必要に教室からは出ないから対応が楽だ。
本を呼んで休み時間を過ごしていたリンちゃんの腕を掴んで連れて行く。
「どうしたのよ?」
「それはあの人から聞いて」
ふぅ、良かった、私への告白じゃなくて。
だって断る時も大変そうだもん、逆ギレとかされる可能性もあるかもだし。
「悪いけれどそれは無理ね」
リンちゃんは私と違って強いからあっさり断った。
すごいなあ、やっぱり姉って格好いいなあ。
「ど、どうしてだ?」
「聞きたいの?」
「いや……いい、聞いてくれてありがとう」
「ええ」
そのまま突っ立って眺めていたらおでこを突かれて困惑。
「せめて説明してからにしなさい」
「ごめん……」
「まあいいわ、ヨウに告白じゃなくて良かったもの」
「なんで?」
「だってあなた、断れなさそうじゃない」
うぐっ……た、確かにそうだ。
受け入れることもしないだろうけど、ずっと固まっているであろう自分が容易に想像できる。
というか正直、あまり恋に興味がなかった。
なぜならいまでも十分満たされているからだ、リンちゃんとお兄ちゃんとお母さんとお父さん、最低でも家族がいてくれればいいから。
「ヨウちゃん?」
「あ、いま行くよ! それじゃあね、リンちゃん」
「ええ、また家でね」
「うん!」
私たちは毎日一緒に帰っているわけじゃない。
お互いのお友達を優先して過ごすことが多くなっているため、帰らない日の方が多かった。
でも、それでも仲が悪くなるわけじゃない。
それどころか家で喋れた時に愛情度が上がっていくだけだ。
「今日カラオケに行こうよ」
「いいねー」
「私もいいよ?」
「「「え、でもさ……」」」
ん? なんだろう、みんなの顔がなんか微妙な感じ。
「ヨウちゃんは本当はお姉さんといたいんじゃないの?」
「そうそう、無理に付き合わせるのは悪いしさ」
「うん、私たちだけで行くからさ」
え……ならなんで私をここに誘ったんだろうか。
確かに家族さえいてくれればいいと思ってしまったけど……。
なんだか仲間外れにされた気分になった。
――まあいいか、リンちゃんやお兄ちゃんと帰ればいいと片付ける。
だけどなんとも言えない複雑さを抱えながら授業を受けることになった。
それでもやはりあの二人の存在が近くにいてくれるというだけで頑張れた。
放課後になったら特に約束もないので校門で二人を待つことにする。
「あら、約束はなかったの?」
「うん……帰ろ」
「待って、大牙を待つわ」
もちろんそのつもりだったから異論はない。
意味もなくスマホをチェックして過ごしていると千歳さんと一緒にお兄ちゃんがやって来た。
そのまま自然に帰ることになり、みんなを追っていく。
「どうした、ヨウらしくない暗さだな」
「えっ? あ、別になんでも……」
「なにかがあったなら言え」
……みんなが悪いわけではないことも含めて説明。
聞いてほしかったことではあるため、気づいてくれて嬉しかった。
「なるほどな、実際にそのような雰囲気は出していたのか?」
「直前にリンちゃんと話しただけで……特には」
「これまでやってきたことが影響しているんだろうな」
これでも学校でリンちゃんとべったりだったことはない。
向こうにもお友達がいるし、それ以外でも用がある場合なんかは一緒にいられなかったから。
でも家族でありお友達みたいな存在なんだ、話すことが悪いことだとは思わない。
「……お姉ちゃんと話したら駄目なの?」
「いや、駄目じゃない。そうだな……ヨウにできるかわからないが友達をやめたらどうだ?」
ま、また、それはなんとも極論すぎる気がする。
だけどそうか、リンちゃんといることを許容してくれないのであれば無理か。
私は決して約束を破ったことはない、リンちゃんを理由にしたこともない。
それなのに私=で考えられてしまっているのならもうしょうがないのでは?
「私はね、家族がいてくれたらそれでいいって考えちゃったんだ」
「だな、俺もヨウとリンと両親がいてくれれば最悪いいと考えているぞ」
なら……いいのかな、ずっとリンちゃんやお兄ちゃんといられれば。
苛められているというわけではないから仮にクラスで一人でも構わないって生きてれば。
だって気に入られるように生活をしても合わない人は必ずいるから。
「ねえ、ずっと私の味方でいてくれる?」
「ああ、ヨウが求める限りな」
家族相手でも所詮口約束だ、効力は全然ない。
それでも即答してくれたことがありがたくて、嬉しくて、先程の複雑さも相まって涙が出そうになった。
涙はできるだけ見せたくないんだけど……同情を引きたくてやってはいないし。
「ただ、ヨウにとってはリンがいてくれた方がいいだろ?」
「……差とか感じてないよ、お兄ちゃんがいてくれると嬉しいもん」
「俺はそれが聞けて嬉しいがな、よしよし」
「ありがとう……」
なんで今日の私はホッとしてしまったんだろうか。
リンちゃんが何度も告白されるということはそれだけ一緒にいられる時間が減ることに繋がってしまうわけだ、なのに自分が当事者にならなくて済んだからって安心した自分は愚かだ。
お友達がああいう理由で離れていくのならなおさらのこと引き止めておかなければならない。
リンちゃんがいて、お兄ちゃんが側にいつもいてくれないと嫌なのだ。
「大牙、ヨウのこと泣かせたわね?」
「ああ」
「罰として今日の夜ご飯作りはあなたよ」
「基本的に俺だろうが、まあ任せておけよ」
なにかお礼がしたくなった。
基本的にしてもらう側、なにかを買ってもらう側だから。
なにをすればお兄ちゃんは喜んでくれるのか。
「ねえ、リンちゃん」
千歳さんの横にお兄ちゃんが移動したことで話しやすくなった。
どうすればいいかを優秀な姉に聞く、こうでもしないと前に進めないから。
「だったら肩でも揉んであげればいいじゃない」
「え、そんなのでいいのかな?」
「いいのよ、簡単なことで。起こしてあげるとか、話してあげるとか、軽いスキンシップを取るのもいいわね」
うーん、それじゃあこちらが安心感を得られるだけな気がする。
「も、もうちょっとぐらい喜んでくれることないかな?」
「大牙はそういうことを望まないわよ、だってなにか要求してきたことある?」
「ない……かも」
「要求してくれた方が楽なことってあるわよね」
いつも笑顔で優しくしてくれてまるでお父さんみたいで好きだ。
リンちゃんに思っているのと同じぐらい離れてほしくない。
だったらまたストレートに言うしかないか、できることをなるべくしてあげながら。
「なら、あなたがこれだって思った物をプレゼントしてあげたら?」
「あ、それだ!」
そういえばニーソックスとスカートの間が好きだと言っていたから見せれば喜んでくれるかもしれない。
フェチ心ってのをくすぐれて、寧ろ向こうから側にいてくれと言ってくれるかも。
ふふふ、そうと決まればリンちゃんのそれを借りて実行することにしよう。