02話
「それじゃあ行きましょう!」
俺は千歳に謝っておいた。
ゲームセンターに行くことを説明して別れようとしたら付いて行くと言ってきたのだ。
ちなみにこれはヨウじゃない。
滅茶苦茶不自然な笑みを浮かべて先導しようとするリンがそこにいた。
兎にも角にも俺らの目的地はゲーセン、さっさと移動して店内へと入る。
今日は平日の午後ではあるが、店内にはそこそこの利用者が存在していて賑やかそうだ。
「大牙、僕はニナちゃんと行動するから」
「は? じゃあなんのために俺は呼ばれたんだよ?」
「いや、僕がやっているところを見たいって言うからさ……はは」
まあいいか、こちらは不自然な妹をちゃんと見ておかないと。
ヨウはある物を買うためにお金を貯めているからということで来なかった。
それであっさりとリンと別れたのは正直意外だったが、姉妹だからっていつでも二人きりでいるわけではないと片付けたのだ。
ただ、こうして姉の方がこちらに来てしまい、しかもこのハイテンションさときた。
絶対になにか裏がある、それだけは触れる前からわかってしまう。
「おいリン」
「なんですかー?」
「はぁ……」
「……ため息はやめなさい」
彼女は笑顔を引っ込め、いつものカチカチフェイスに戻した。
「どうしたんだよ? そんなに偽って」
「私、紅庭さんは苦手なのよ、だって睨んでくるんだもの」
睨む? あの紅庭がそんなことをできるとは思わないが。
まあでも自分も苦手と感じているのだからなにかを言ったところで説得力がない。
どうせゲーセンに来たならと両替をして小銭を渡しておくことにした。
いまのムーブは最高に親っぽい、俺が世話してやっているみたいなものだしな。
「大牙、あのぬいぐるみが欲しいわ」
「珍しいな、そういう可愛いのとか興味があるのか?」
「ヨウが欲しがるからよ、二つあれば私も貰うけれど」
しゃあない、妹たちのために一肌脱ぐとしよう。
で、実際にやってみたらそう消費せずに二つ獲得することができた。
無表情娘に二つとも渡して、適当に見て回ることにする。
金は渡してあるのに当たり前のようにリンも付いてきた。
一人でやっていていいんだぞと言ってみても、気にしなくていいと返されるだけ。
それならばと音ゲー大好きマンのところに行ってみたら今日もたくさんの人が。
「千歳くんはああして人を集めるわよね」
「お前もだろ?」
「お前はやめて」
「悪い、でもリンも変わらないだろ」
どうして俺みたいな奴の後に優秀姉妹が産まれるのか。
……片方は優秀とは言えないが、見た目や性格の良さなら最強だった。
可愛気のあるヨウと、少し冷たさがあるものの普通に優しいリン。
俺はどちらのことも好きだった、なんだかんだ言って来てくれるからな。
それが例え利用するためだったとしてもどうでもいい、部外者に使われるよりマシだ。
「お兄ちゃんは?」
「やめろって、俺の周りには集まらないぞ」
だって前を見ていただけでひっ!? とか恐れられるんだからな。
だが、そういうのがあるおかげで苛めの対象に選ばれることはないから楽な気がする。
そもそも万人に受け入れられる人間なんていない、数少ない人間が自分のことを理解してくれていればそれでいい。
「あなたの名前、一年生の口から聞くことがあるわよ?」
「へえ、モテモテだな」
「怖いとかなんで私たちの兄なのかってね」
「へえ、予想通りだな」
もう嫌になったりはしないな、そのおかげでちょっかいを出そうとする奴が減ったからだ。
なんつうか暴力を振るうような人間だと捉えられているらしい。
だから俺と関わっている千歳のことを悪く言う人間とも出くわしたことがある。
もちろんその場で訂正させた、俺はともかく千歳はなにも悪くないから。
「でも、悪い話ばかりでもないわよ」
「そうか? なら良かったかな」
小銭を使ってこいと言ったら貯めるとか言い出しやがった。
……あげたものだからどう使おうとリンの自由か、どうせヨウのために使うんだろうけど。
ある程度したところで千歳はプレイを止めてこちらにやってくる。
「あれ、紅庭は?」
「え? あれ……どこ行っちゃったんだろう」
おいおい、迷子になれるほど莫大な大きさというわけじゃないぞここは。
勝手に帰るわけにもいかないから、仕方がないので紅庭を探すことにする。
が、割とすぐにコインゲームをやっている紅庭を見つけた。
「こら、千歳のプレイを見ていたんじゃないのか?」
「最初はそうだったんですか……人が増えてきて予想外で」
「まあいい、今度からはちゃんと言ってからにしろよ?」
ああ、なんかヨウを相手にしているみたいだ。
もし三人目の妹がいたらこんな感じだろうかと新鮮な感じがした。
もっとも、妹は二人だけで十分ではあるが。
「はい……すみませんでした」
「謝らなくていい、行こうぜ」
いつもの癖で頭に触れてしまってから謝罪し、移動。
この癖は気をつけておかないと誰にでも発揮しそうだ。
もちろん同性にはしないけどな、そんなことをしていたらホモだと思われるし。
集まったらこれ以上いてもしょうがないからということで帰ることに。
珍しくリンと紅庭が並んで歩いて、そんな二人の後ろに千歳の奴が陣取っている。
なにかがあった際にフォローできるようにということだろうか。
こいつも兄みたいな存在だなと思った、実際は一人っ子だけどな。
「大牙」
「なんだ?」
「いつもありがとう」
「急になんだよ……それに付き合ったのは紅庭やリンもそうだろ?」
わざわざ下がってきてまで言うことじゃない、つかよく言えんなこんなこと。
「つかさ、俺に頼むってことはお前も俺が怖いと思っているということか?」
「違うよ、大牙といれば勘違いされることもないかなって」
「おい待て、それじゃあ俺と千歳がそういう関係みたいじゃねえか」
いま本気でゾワァと嫌な感じがした。
いくらモテないとは言っても同性愛に走るような人間ではない。
前にも言ったが俺は静かなタイプの女子が好きだ。
「僕は男っぽいって思ってるけど他の子にとっては違うわけじゃん? つまりそれって普通の男女のカップルみたいに見えるかなって」
「やめてくれ……お前は男だ」
千歳はわかってるよと言って笑う。
ま、人によってはグッとくるタイプではあるかもしれない。
女装をしているなら勘違いしてしまうかもしれないものの、普通の状態で女子と扱うことは絶対ないからな? ……怖いことを言いやがる。
「というか、本当はそれなんてどうでもいいんだよ。僕が友達である大牙と遊びに出かけたいだけ、そこに変な気持ちはないよ」
あったら困るわ……実際はなにもないから構わないけどさ。
「なに? 千歳くんは大牙のことが好きなの?」
「違うよリンちゃん、僕が好きなのは小学生の頃の先生だから」
「そうなの? 報われるといいわね」
「ありがとう」
そうだよな、頑張って結局無駄に終わったら悲しくなるからな。
ただ相手が教師というのは難しいかもしれない、歳だってそのまま重ねていっているわけだし。
確かあの担任は既に三十歳を越えていたし、なのにって引け目だってあるだろうから。
最近は二十歳差の恋愛とかも見ないこともないが、やはりいい噂というのは聞かない。
教師として、大人として、間違いなく向こうの方がやめると思う。
それでも好きになってしまったからって千歳は頑張っているわけだ。
なら応援してやることが友達としてできる最大限のことだろう。
「千歳、頑張れよ」
「ありがとう、二人に言われると力が出るよ」
……でも、応援してやることがいいことなのかわからなくなる。
滅茶苦茶矛盾しているが、指摘してやることも間違っていないんじゃないかって思うんだ。
とにかく二人と別れてリンと家に帰ることに。
こいつは先程のぬいぐるみを直で持っているからなんだか可愛らしかった。
同じ無表情なのに持ち物だけで印象が変わるのだから面白い。
「なんか可愛いな」
「やだ、妹を口説こうとしているわ」
「可愛いから可愛いと言っただけだ」
「へえ、あなたってそういうこと言えるのね、ならヨウには毎日言っているの?」
「正直、実の兄とか忘れて素で言う時もあるぞ」
しょうがない、だって他の誰よりも普通に話せるし、一緒にいて楽しいから。
モテない人間だということも影響している、しかも甘えてくるからなヨウは。
あと男を喜ばせる仕草や発言などを平気でするから質が悪い。
「私は?」
「リンは綺麗なタイプだからな」
「ドキドキしたりするの?」
「……ある程度は大丈夫だけどな」
質の悪さで言えばこいつの方が上だが言わない。
ヨウと違って意地が悪いところもあるから言えないと言うのが正しい。
「残念ね、あなたがヨウより魅力的なら受け入れてあげても良かったけれど」
「ははは、なら無理だな」
「今日のご飯はなににするの?」
話題の切替速度が尋常じゃないな。
こういうところの対応は見習うべきかもしれない。
いちいち引っかかることなく次へ次へといけるその様は実に効率的でいい。
「たまにはリンが作ったのを食べたいからよろしく」
「ならヨウと作るわ」
それなら安心だ、ヨウは間違っても滅茶苦茶辛くしたりしないからな。
少し悩んでいることがある。
それは無責任に千歳を応援してしまったことと、側に紅庭がいるのに応援してしまったことだ。
勝手に千歳のことを狙っているだろうからと捉えるのは失礼かもしれないが、少なくとも本人がいるところでは言うべきではなかったように思う。
そして、千歳の方は常識があれば教師、大人の方が絶対に断ると考えているわけで……そういうことに気づいておきながら純粋に応援はできそうにないなというのが正直なところ。
この考えこそ悪いのかもしれない、引っかかるぐらいならなにも言わない方がいいのでは?
でも、長く一緒にいてくれている貴重な友達だ、無駄な努力をさせるのは違うだろう。
だから嫌われる覚悟で正直にぶつけた、その結果、別に千歳は怒るようなことはしなかった。
心配してくれてありがとうということと、それでも好きだからという強い気持ちを聞けた。
逆に考えれば、だからなにも言うなってことかもしれない。
積極的にその話をするわけではないから対応するのはそんなに難しくないけどな。
「緒方先輩」
「おう、最近はよくこうして会うな」
「あれからリンさんがよく話してくれるようになりました」
「お、良かったな」
あいつは大人だからな、今日帰ったら本当のところを聞いてみよう。
なぜか付いてくるということだったのでいつもの場所に彼女を誘う。
「いい場所ですね、静かで」
「紅庭も静かなところが好きか?」
「賑やかなところも好きですよ? ただ、ついていけなくてノリが悪く見えるところが気になるんですよ、この前に行ったゲームセンターなんか特にそうです」
俺も千歳に誘われていなければ行ってないから言いたいことはわかった。
なかなか一人で行くには勇気がいる場所だ、女子である彼女ならなおさらのことだろう。
「それより千歳先輩は先生が好きなんですね」
「ああ……まあ、そういうことになるな」
あれだけ言っても変えないということは他という選択肢を選ぶことはない。
つまりこれから千歳を狙おうとする人間にとっては詰みみたいなものだ。
「緒方先輩は誰か気になっている人とかいるんですか?」
「いや、いないな」
「あ、側にリンさんとヨウさんがいるからですか?」
「いや、単純に好かれないんだ」
そもそも興味を持たれるとかそういう領域に存在していない。
興味なしか、怖がられるのが常だ、自分が単純に恋をするということに興味がないのもある。
「紅庭はどうするんだ? 千歳は無理だぞ?」
「どんなに頑張っても無理ですかね?」
「無理だろうな」
意外と頑固なところもある男なんだ、簡単に曲げることはしない。
しかも、それこそ小学生の頃からあの教師のことを好きでいるのならなおさらのことだ。
「そうですか……それは残念ですね」
「やっぱり好きだったのか?」
「気になっていました、だからなるべく近づかせていただいていたんですが……」
「紅庭のことは千歳も信用していたからな、名前で呼ぶのはその表れだ」
あと、誰にでも明るくニコニコと接するわけじゃない。
が、紅庭にはしっかりと千歳らしく対応していたのだからいいのではないだろうか。
少なくとも他の女子よりかは限りなく近い場所にいられたと思う。
「でも、無理なんですよね……」
「だな。ま、すぐに代わりは見つからないだろうが……頑張れよ」
なんとなく居づらくなってこの場から離脱。
いまはとにかく高校生活を楽しめばいいとアドバイスするべきだったとすぐに後悔した。