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055  作者: Nora_
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01話

「リンちゃんなんて嫌い!」

「私もヨウのことなんて嫌いよ」


 目の前で姉妹喧嘩が繰り広げられていた。

 お互いそっくりな青藤色のロングストレート。

 性格は似ているとは言えないが、ふたりが普通に仲がいいことは俺がよくわかっている。

 それがどうして急にこういう展開になったのだろうか。


「リン、なにがあったんだ?」


 こういう時に聞くのは基本的にリン、姉の方だ。

 ヨウが頼りないということではない、説明が上手いから効率を求めるとどうしたってこうなる。


「ああ、ヨウが一緒に出かけるという約束を破ったのよ」

「そんなことかよ」

「連絡もなしに来なかったのよ?」


 そのせいで夕方頃まで馬鹿みたいに待ってしまったのだと説明してくれた。

 それはなんとも……実に退屈な時間を過ごす羽目になったことだろう。

 俺だったら律儀に来るのを待ったりはしないと思う、リンは優しいな。


「ヨウはどうなんだ?」

「……連絡しなかったのはスマホの充電がなかったから」

「行けば良かっただろ?」

「……お友達に誘われてカラオケに――」

「だったら謝らないとな、それがどうして嫌いって逆ギレみたいになっているんだ?」


 ヨウは頬を膨らませながらこちらを睨んでくる。


「リンちゃんの味方ばかりして! お友達だって大切なんだから!」


 ああ、行ってしまった。

 本当に怒りたいのはリンの方だろうに。

 まあいいか、姉妹喧嘩が続行されないのであれば構わない。


「悪かったわね」

「いや、俺も対応が下手だったかもしれないからな」


 特に意味もないがリンの頭を撫でてヨウのところに行くことに。


「ヨウ」

「……知らない、リンちゃんの味方ばかりするもん」

「俺のことは嫌っていいから、少なくとも姉妹では仲良くしておけ」

「……リンちゃんだってお友達を優先して一緒にいてくれないことも多いもん」


 優秀な人間の側にはどうしたって人が集まるものだ。

 でも、なにかに秀でていなくても可愛気などがあれば同じように集めることができる。

 ヨウなんかは特にそうだ、つまりどちらも似ているから妥協するしかない。


「開けるぞ?」


 双子の姉妹とはいえ部屋は別々だ。

 生活リズムが全然違うということで甘々な母が別々の部屋を割り当てた。

 俺は六畳の部屋で、双子姉妹はお互いに十畳ずつ、両親は意外と金持ちなのかもしれない。


「私も悪かったって思っているもん……」

「だったら素直に謝って終わらせておけ」

「お兄ちゃんが手伝ってくれたらする」

「なら行くぞ、大丈夫だ、リンだってわかってくれる」


 一階に戻るとリンのやつは足を組んでソファに座っていた。

 ヨウの背中を軽く押して目の前に立たせる、側にいてやれば少しは落ち着けるはずだ。

 そして妹は今度こそしっかり頭を下げて謝罪をした、今後ああいうことはないようにするとも約束して姉の横に座る、その途端に寄りかかったりしているのだからやはり仲は悪くない。

 いや本当にそっくりな姉妹だなこいつら、そもそも髪の長さを同じにしている時点でそれは明白だ。


大牙たいが、この後出かけるって言っていなかった?」

「あ、そういえばそうだったな、行ってくるわ」

「き、気をつけてね」

「サンキュ、もう喧嘩するなよ?」


 外に出るとなんとも言えないモワッとした空気が俺を包む。

 留まっても仕方がないから歩いていると、約束の相手が向こうから近づいてきていることに気づく。


「遅いよ」

「悪い、待たせたな」


 約束していた相手は同性で石口千歳ちとせという名前。

 いや冗談でもなんでもなく可愛らしい名前をしている、そのためよく女子かって間違われている。


「あ、ヨウちゃんかリンちゃんは行きたいって言わなかった?」

「いまからでも呼べるぞ?」

「いや、別にいいよ、約束通りゲームセンターに行こう」


 こいつはゲーセンが大好きでよく俺を連れて行く理由は男避けになるかららしい。

 まじで中には血迷う人間もいて、見た目が多少良ければ男でもいいとか言う奴がいるからだそう。

 実際に見たことのない俺としては利用されているだけだから中途半端な気持ちになる、というところだ。


「じゃあよろしくね」

「おう」


 こいつが音ゲー大好き少年で、そこそこ上手いというのも大きい。

 どうしたって好プレーを続けていれば人の意識を集めてしまう。

 その対象がまたなんとも言えない中性的な人間であればなおさらのことだ。

 楽しそうだなあいつは、見ているだけで済むからヨウやリンの買い物に付き合うよりは楽と言える。

 問題なのはゴチャゴチャになってくることだ。

 大体、体を動かしてスコアを伸ばす音ゲーに対してフリースペースが少なすぎる。

 故に向こうへ行きたい奴とか、この機械を利用したい人間にとっては限りなく邪魔ということ。

 そうなると千歳の奴も気持ち良くできなくなるからか利用を止めてしまう。

 そもそも連コインはできないのだから当たり前ではあるが、もうちっとそっとしてやってほしい。


「ふぅ」

「お疲れさん」

「ありがと、いつもごめんね」

「気にすんな」


 ゲーセンを出たらファミレスで過ごすのが常のことだった。

 本当は戻りたいらしいが、すぐに人を集めてしまうから嫌らしい。

 自分が見られることよりも、自分のせいでお店を利用する人に迷惑をかけたくないそうな。


「ヨウちゃんやリンちゃんもあまり利用できなさそうだね」

「良くも悪くも視線を集めるからな」

「その兄は?」

「集めるぞ、怖いって噂だからな」


 ただ真顔で過ごしているだけだが、あの二人の兄だとそれはそれで問題が出る。

 似合わないだとか、悪影響を与えるとか、弱みを握っていそうとか、変なことをしていそうとか。

 似合わないのは完全に同意する、どうしてあの二人が後から産まれてきたのかわからない。

 しかも産み分けが上手い、兄から見ても可愛い妹と美人な姉の双子だからだ。


「大牙は怖くないのにね」

「さあ、どうだか知らないがな」


 怖がるのをやめろとは言わない、別に自由に言ってもらっても構わない。

 それでもあの姉妹に迷惑をかけるようなことだけはやめてやってほしかった。

 それが兄としての唯一の願いだ、あとはまあ……頼れる男子とか女子を見つけてほしいと思う。


「お、千歳先輩と緒方先輩じゃないですか」

「あ、ニナちゃん」


 正直に言って俺はこの後輩女子が苦手だ。

 揶揄してくるとかではないが、あくまで友達の友達だから。

 同じだからか、紅庭の方も特にこちらに絡んでくるということはあまりない。

 俺らの教室に現れる理由は全て千歳目当てだ、その点は他の女子と変わらないな。


「お隣、いいですか?」

「千歳の隣じゃなくていいのか?」

「……顔が見たくて」

「なら俺は千歳の横に移動するかな」


 乙女やってんねえ、全然恋愛に興味がないヨウとリンにも見習ってほしい。

 なんというか自己完結型というか、妹(姉)がいればいいというか、姉妹の作る壁は大きかった。

 たくさんの人間が彼女たちを狙っては玉砕していく、リンなんかは特に冷徹に対応できるからなあ。


「あ、つか俺は帰ろうか?」

「い、いえ、いてください」

「そうか? 帰ってほしければ遠慮なく言えよ?」


 ついでに窓側の方にさせてもらった。

 窓の外を見つめていればこの退屈な時間もすぐに終わる。

 にしても、モテる人間というのは大変だな。

 何人もの異性が側にいても名前なんて覚えられないだろ。

 しかもどいつもこいつも理想を抱いているわけだから? 対応をミスるとボロクソ言うし。

 俺だったら教室の端で静かに読書をしているようなタイプの異性を好むが。


「よく利用するんですか?」

「そうだね、ゲームセンターの後には必ず利用するよ」

「緒方先輩とは仲がいいんですね」

「昔から一緒にいるからね」


 女子の中にはそれで待ち伏せをする、なんて言い出すやつが一定数いる。

 そんなことをしても対象に警戒されるだけなのによくやるものだと思う。

 詳しく見ていないからわからないが、紅庭のやつはそういうことをしないから千歳も気に入っているのかもしれない、名前呼びをしていることからある程度は許していることが伺えた。

 ただどんなに努力をしても不可能だ、千年は小学生の時の担任のことを好きでいるのだから。

 連絡だって取り合っているらしい、さすが行動力が段違いだ。


「ニナちゃんもどう? 大牙といてみたら?」

「え……」

「変なこと言うなよ、紅庭が困るだろうが」

「ははは、ちょっと言ってみただけだよ」


 意図的にか、気づいていないのか、人気者ってこういうことを平然と言うから質が悪い。

 そいつがなんのために自分のところへ近づいているのかをきちんと把握した方がいい。

 自分に集中させないように意識を他に誘導する、そんなことをされたらこっちは困ってしまう。


「よし、そろそろ帰ろうか」

「……ですね」

「だな」


 なんだろうな、堅っ苦しい店を利用していたとかじゃないのに感じる場違い感は。

 俺がいるべきではないことは明白だ、こんな思いを味わうぐらいならヨウ&リンといた方がいい。


「家まで送るよ」

「ありがとうございます」

「大牙はどうするの?」

「紅庭は家を知られたくないだろうし俺はもう帰るわ」

「そっか、今日もありがとね」


 一対一ならなんてことはないからまた言えよと残してあとにする。

 帰りにシュークリームを買ってから家に帰った。


「リンちゃん……」

「はぁ……一応言っておくとさっきまで喧嘩していたのよ?」

「だって……リンちゃんのこと好きだもん」


 そんなイチャついてる姉妹を無視してリビングに突入。


「シュークリーム買ってきたぞー」

「シュークリーム!? 食べる食べる!」


 真顔のリンにお礼を言われてしまった。

 なんだか逆効果だった気がする、これは明らかになんで邪魔するのと言いたい感じだ。

 そうだ、なんだかんだ言ってリンもヨウのことが大好きすぎるからな。


「大牙、ヨウに好かれたくてやっているの?」

「まあ間違いではないがな、リンのためにも買ってきたぞ」

「ふんっ、邪魔するようなら兄でも容赦しないわよ」

「はははっ、いいから早く食え」

「まあ……それは貰うけれど」


 ヨウが立ち上がったのをいいことにソファへとどかっと座る。

 少しだけ生温い感じが生々しかったが気にしないでおく。


「ヨウ」

「ふぁ?」

「ちゃんとリン以外の友達とも仲良くしろよ?」

「ふぁいじょうぶ」


 こちらを足でペチペチ蹴ってくるリンがうるさいので立ったらすぐにヨウを招くリン。

 本当になんでこいつら嫌いなんて大嘘を言ったのかって話。


「ヨウ……リンが俺を苛めるんだが」

「そんなことないよ、リンちゃんもお兄ちゃんのこと大好きだよ」


 先程まで蹴られていたんですが?

 これでもし好きなのだとしたらとんたツンデレ娘だ。


「大丈夫よ、兄さんのことは普通に好きだから」


 絶対嘘だろ……まあ姉妹が仲良ければ本当にそれでいい。

 もう予定がないからと入浴を済ませて部屋に戻った。




 教室内はいつだって賑やかだ。

 グループがいくつかに別れていて、それぞれ思い思いに学校生活というものを謳歌している。

 グループ間の繋がりがないわけではなく、たまにくっついてさらに盛り上がりを見せる時もある。


「緒方、ちょっとそこの席を借りてもいいか?」

「おう、別にいいぞ」


 そんな中俺はと言うと、実になんとも言えないところだった。

 友達がいないわけじゃなく、かと言って毎時間友達と盛り上がるわけでもなく、面倒くさくならないようできることはしてやって、なるべく教室で過ごさないようにしている。

 ちなみに、千歳の周りには常にそれなりの数の男女がいるからこちらから近づくことはない。


「あ、緒方先輩」

「おう、千歳なら教室にいるぞ」

「どこに行くんですか?」


 どこで過ごそうかと悩んでいたらまだ会話が続行されることとなった。

 怖がられているわけではないということならまだいいかもしれない。


「少しだけ静かなところに行こうと思ってな」

「図書室とかどうですか?」

「んー、ああいう静けさはまたなんか違うんだよな」


 図書室は静かで落ち着く空間ではなく、静かにさせられているから息苦しいのだ。

 その点、この時間に反対側の校舎に移動したり、最上階まで上ったりすれば自然で落ち着く。

 まあ目的地なんて基本的に毎日変わらないわけで、悩むだけ無駄だということに気づいた。


「そうだ、緒方さんたちのことなんですけど」

「ああ、リンとヨウな」

「姉妹でしかほとんどいなくて……どうすれば普通に仲良くなれると思いますか?」


 友達といると言っていたのはなんだったのか。

 そりゃ高頻度で姉とばかりいたらカラオケとかにだって連れて行きたくなるわな。

 スマホの充電がなかったのは偶然だろうが、ほぼ強制だったからリンとの約束を果たせなかったのかもしれない。

 ヨウも優しいやつだから蔑ろにしたりはできないからな。


「片方と仲良くできればもう片方も大丈夫だぞ」

「そうなると……ヨウさん、ですかね?」

「どちらかと言えばリンの方が対応しやすいぞ?」


 どちらの意味でもはっきり言ってくれる人間だから対応が楽と言える。

 もちろん悪く言われたらそれなりにショックは受けるが、とことん冷たい人間というわけではない。

 あいつはあいつで周りのことをしっかり考えられるやつだ、表情はあまり柔らかくならないが。


「えっ、で、でも……リンさんはその、いつも無表情ですからね」

「関わってみればわかる、無表情の中にも色々な気持ちが含まれてるんだ。とにかく、紅庭さえ良かったら仲良くしてやってくれ、それじゃあまたな」

「教えてくれてありがとうございました」


 礼を言うなんて律儀なやつ。

 そのまま接していればリンだって心を許すだろう。

 で、結局最上階に移動し、さらに階段を上っていく。

 なんで屋上に出られないんだと嘆きつつ、踊り場に寝転んだ。

 なんて静かでいい場所なんだろうか。

 目を閉じてじっとしていると、校舎内には自分だけしかいないような感覚になる。

 実際はここからでも賑やかな感じが伝わってくるからそんなことは有りえないが、限りなく小さくなった喋り声がまたなんとも心地良くさせる。

 人間、無音よりも生活音が小音で聞こえている方がいいのかもしれない。


「いた」

「お兄ちゃんいた?」

「ええ」


 体を起こすと、ポニーテールにしている姉といつものロングのままの妹がいた。


「リン、紅庭が気にしていたぞ」

「紅庭さんが?」

「お前らが姉妹でしか仲良くしないからだってよ」

「そんなことないわよ、休み時間は普通に他の友達といるわよ? クラスだって違うし」


 なにが本当でなにが嘘なのかわからない。

 わからないからいつもなにかしら食べているヨウの頭を撫でておいた。


「ヨウはどうだ?」

「ん、ちゃんとお友達といるよ?」

「ちなみにその時、リンとはいないのか?」

「ううん、手を繋ぎながら他の子と話しているから」


 なんかガチっぽいんだよなこいつらは。

 姉妹の域を既に出てしまっている気がする。


「仲いいのは結構だが、自分の友達と喋る時ぐらい手を繋ぐのはやめろ」

「えぇ、だって離れ離れで寂しいんだもん」

「そうよ、そうでなくてもストレスが溜まっているのにこれ以上溜めろと言うの?」


 やめだやめだ、これ以上言うと俺が悪者にされて終わりだ。

 説得を諦めてまた寝転ぶ、横にヨウも普通に寝転んできた。


「なにか見える?」

「天井が見えるぞ、あそこ汚れてるなとか」

「えぇ……お兄ちゃんなんかお爺ちゃんみたい」

「はははっ、そうかもな、ぼうっとしているのが好きだからな」


 ゴチャゴチャ考えるのは嫌だから基本的に群れから外れている。

 外されているのではなく意図的に己から離れているというのが重要だ。

 誰かに強要されてするのとは違う、あくまで平穏なまま過ごすことができるから。


「ぐぇ、なんで俺の上に寝転ぶんだ」

「だって汚れるじゃない」


 嫌われているわけではないことがわかって結構だが、こういうことを他人に気軽にしてほしくない。

 もっとも、簡単にこんなことをしてしまえるような人間を見つけようとすることすらないだろうが。


「大牙はどうなの? ちゃんと友達はいるのかしら?」

「俺もあんまりお前らのこと言えないんだよな、昼休みにここにいる時点で説得力がねえ」


 多くいるとしても結局それは千歳とぐらいだ。

 まあこの姉妹と違う点は俺が求められているわけではないから弊害がないこと。

 別に一緒にいることを強要していないから問題も起きない。

 なんで千歳と友達なのかって言われる時がそこそこあるのは難点だが。


「いいんじゃない、千歳さんだっているんだし」

「そうね、友達がたくさんいればいいわけではないもの」

「千歳の周りにはたくさんの人間がいるからなあ。おいリン、下りとけ」


 大人しく上からどくリン、頼むからしないでくれよホイホイと。


「紅庭と仲良くしてやってくれ」

「あなた、紅庭さんのことが気になっているの?」

「なんでそうなるんだよ……紅庭が一緒にいたそうにしていたからだ。ぶっちゃけ俺は紅庭のことが苦手なぐらいだ、だから変な勘違いをしてくれるな」

「意外ね、苦手な人とかいるのね」

「友達の友達は総じて苦手だ」


 距離感を見誤ると相手を不快にさせてしまうから、対千歳のような慣れているような相手と違って言いたいことを言えないことも多いから、気を使わなければならないことも嫌だった。

 だってそんなの面倒くさいだろ?


「って、ヨウは寝るな」

「へぶっ――うぅ……おでこがぁ」

「ヨウ、そろそろ戻りましょうか」

「うん、そうだね! お兄ちゃん、また放課後に!」

「おう、またな」


 さてと、俺もそろそろ戻ろう。

 それで教室に戻ったら俺の席はフリーになっていた。

 だから遠慮なく席に座って頬杖をついて前を眺める。


「ひっ!? お、緒方くんに睨まれた!」


 おいおい、前を見ただけで睨まれた判定をされても困るぞ。

 だが、言い訳をしようとしたら余計に怖がられるだけだろうからやめておく。


「はははっ、今日も大牙は大変そうだね」

「ふっ、別にそうでもねえよ」


 教室で話したりすると途端にざわつくのも嫌だった。

 ただ、こうなるのが嫌だからと千歳を遠ざけるのもなんか違う。

 こいつといるのは普通に嫌じゃないからな、そのために一緒にいないのもおかしい話だ。


「そうだ、今日の放課後はみんなでファミレスに行こうよ」

「みんなって誰だよ?」

「ヨウちゃんとリンちゃんとニナちゃんと僕と大牙で」

「ゲーセンはいいのか?」

「うん、ヨウちゃんたちと行ったら最初から人を集めちゃうからね」


 了承して机に突っ伏す。

 四人で座らせて、俺は窓際にでも座ってジュースでもすすっておけばいい。

 空気を読める人間だ、千歳と仲良くすることはあの姉妹にとっても悪いことではないから。

 問題もありそうだが抑止力にもなる、余計なことをしているやつがいても気づいたら俺が潰すがな。


「教師とはどうなんだ?」

「うーん……全然上手くいかないかな、もう生徒じゃないのに見てもらえないっていうか」

「中性的すぎるからじゃねえか?」

「そうかな? 僕は普通に男っぽいって思ってるけど」


 なぜ彼の親も千歳なんて名前にしてしまったのか。

 名前と容姿にどれぐらいの関連性があるのかわからないが、名前通りって感じになってしまってる。


「多分だけどモテてるし」

「多分じゃねえよ」

「ははは、そこだけは大牙に勝ってるね」


 はぁ……寧ろ勝ってる部分って身長ぐらいしかないんだが。

 そんなので勝ったってなにも嬉しくない、努力して得たものではないからだ。


「いえーい、大牙に勝ったー」

「ははは、ガキかよ」

「だって嬉しいからさ」

「他人を落として悦に浸るのは最悪だぞ」


 とにかく放課後までそんな感じで過ごして五人でファミレスに向かう。

 その間もあくまでガチさを見せつけてくれるリン&ヨウ。

 紅庭は二人を羨ましそうに眺め――ているのかはわからないが、千歳と楽しそうにしていた。

 店内ではプラン通り俺だけ別れて窓際を陣取る。

 外を見つめているとどうしてこんなにも落ち着くのだろうか。


「ちょっと、あなたがそっちにいたら意味ないじゃない」

「ヨウは残してやったろ?」

「はぁ……あなたまた余計な遠慮をしたの?」

「ちげえよ、どうしたってぎゅうぎゅうになるからだ」

「まあいいわ、帰ったらご飯を作ってちょうだい」


 両親は忙しいからか夜遅くまで帰ってこない。

 家事は基本的に三人でローテンションしてやっているが、俺がやることが一番多かった。

 苦ではないから構わない、使われることには慣れているし。

 なんたって級友だって俺を使ってくるんだからな、それに比べれば遥かにマシだ。

 だけど意外だったな、リンの方がそう言ってくれるとは思わなかった。

 空気を読まず今回も千歳が言ってくるんだろうなあと考えていたから。

 とにかく俺はジュースを飲んではおかわりに行くというのを繰り返していた。

 三百円を払っているんだ、少しでも多く飲んでおきたい。

 なんて意地汚さを発揮させていると解散の時間がやってきて終了。

 たった十杯しか飲めなかった、……夜飯は間違いなく入らないなと苦笑する。

 帰宅したら二人のために飯を作ってこちらは風呂に。


「はぁ……」


 いつの季節でも風呂は最高だ。

 ぼうっとしていても怒られない、そんな理想の空間。

 なにより絶対に一人でいられる場所なのもいい。


「お兄ちゃん」

「んー」

「今日も美味しかったよ、ありがとう」

「おう」


 わざわざそれを言いに来てくれるなんて、なんて可愛気のある妹なんだろうか。

 リンの方は絶対にこんなことを言わないから涙が出そうだった、そりゃリンもヨウを好きになるわ。


「入るね」

「は?」


 なんとまあベタな、スク水を着ている妹。

 一応この歳で共に全裸で風呂に入るのは不味いという知識はあるらしい。


「髪洗うの大変じゃないか?」

「うん、結構大変かも。でも、リンちゃんとお揃いでいたいから」

「もう結婚したらどうだ?」

「あははっ、できたらそうしているけどね」


 しているのかい……まあお似合いだからいいんだが。

 ただ学校であまりにも身内とばかり仲良くすると面倒くさいことになりそうだ。

 教師なんかは余計なお節介をしてくるだろうからな、他の子とも関われとかそういうの。

 実際に俺も同じようなことをしているからあまり説得力がないのが微妙なところ。


「入るわよ」


 ああ……普段は優秀なのにこういうところはなぜ残念なのか。


「ちょっ、裸は……」

「いいじゃない、寧ろお風呂場で水着を着ている方がマニアックで絵面がやばいわよ」

「え、そ、そうなの? じゃあ脱ぐ!」

「待て待て、出るからそれからにしてくれ」


 冬というわけではないが風邪を引かないようしっかり拭いてから部屋に戻る。

 出されていた課題を思い出してしっかりやって、悪い意味で注目を集めないように対策。

 冗談でもなんでもなく緒方くんが~と盛り上がられてしまうからだ、もちろんいい意味ではない。


「……もしもし?」

「あ、まだ起きてた?」

「当たり前だろ、まだ二十時過ぎだぞ」


 さすがにそこまでお爺ちゃんではないぞ。

 朝だってできることなら午前九時ぐらいまでは寝ていたいタイプだ。


「で、どした?」

「実はゲームセンターに行きたくて」

「いまからとか言わないよな?」


 中毒者だな、熱中できるなにかがあるというのはいいことだが。

 でも一プレイ毎に百円を失っていくわけだからコスパの悪い趣味だと思う。

 

「言わない言わない。明日、いいかな?」

「ああ、どうせ予定はなにもないからな」

「その時はニナちゃんもいるけどいいかな?」

「ああ、別に構わないぞ」


 積極的なのはいいことだろう。

 だが、先輩が相手で気まずいとか思わないのだろうか。

 それとも最近の若者はみんなこのような感じなのだろうか。


「千歳は紅庭のことどう思っているんだ?」

「あの子のことはヨウちゃんとリンちゃんぐらい信用できてるよ」


 てことは結構信用できているということになる。

 小学生の頃の担任というライバルがいなかったらもう少しぐらいは可能性があったかもな。


「騒いだりしないのがいいかも」

「ああ、紅庭はそういうのしなさそうだもんな」

「あ、いや、多少はいいんだけどね? でも、いちいちきゃーきゃー言われても困るからさ」

「贅沢者め。まあいい、明日な」


 通話を切ってベッドにスマホを放置。


「お兄ちゃん入るよ?」

「おー」


 部屋の中に入ってきたヨウは遠慮なくベッドの端に座る。

 そこからタオルを渡してきて、拭いてと頼んできた。

 ドライヤーだってしてきて十分なくらいなのにいつもこうだ。


「いつも思うがリンじゃ駄目なのか?」

「リンちゃんは自分のを拭かなければならないからね」


 こっちは気を使うから嫌なんだよなと内でため息をつく。

 だって自分のを拭くみたいにしてしまったら傷つけてしまうかもしれないから。

 だからとにかく丁寧に優しくを心がけて拭いているとこくりこくりとし始める妹様。

 いいよなヨウは自由で、過去にもこうして自然に人を使っていたんだろうな。


「終わったぞ」

「……えへ、ありがと~」

「寝ぼけているのか?」

「ううん……でも、お兄ちゃんにやってもらえるの幸せだから」

「適当に拭いているだけなのにか? そんな単純で大丈夫か?」


 他の男に頭を撫でられたら簡単に惚れてしまいそう。

 もしそうなら限りなくそいつの情報を調べて、やばそうなら先に潰しておくが。


「いいんだよ、変なこと気にしなくて」

「そうか、ならいいか」


 ヨウはこちらに再度お礼を言って出ていく。


「お兄ちゃん、入っていい?」

「気色悪い言い方はやめろ」

「ふふ、ヨウバージョンよ」


 姉の方も一切遠慮なくベッドの端に座ってタオルを渡してきた。


「拭きなさい」

「命令形かよ」

「駄目なの? 可愛い妹が頼んでいるのよ?」

「それは頼みではないが、まあいいぞ」


 こういうことをしておけば嫌われることはないからな。

 それに不快感は一切ないから気にしなくたっていいだろうと片付けたのだった。

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