76. 戦いの終わり、疑惑の始まり
戦いが終わった。それを確信した瞬間どっと疲れがやってくる。砕けた瓦礫を椅子替わりにして、どしりと腰をおろせば体はもう鉄の塊のように言うことを聞かなくなる。
「…………」
グリーフは重力に身を任せて、目を閉じ黙る。教会の影も形もなくなった今、そよ風達が走り回るのをただただ聴いていた。心地よい静寂に眠気がやってくるのを感じながら、グリーフはゆっくりと目を開く。
「音も無く近づくなんて……物騒だな、坊主」
覇気のない笑い声と共に、グリーフは両手を上げる。
彼の真横には冷たい鋼がギラリと睨んでおり、その持ち主であるリグレットもまた、険しさの色を見せていた。
「……何があった」
「見た通りさ。嬢ちゃんと俺が戦った。……そんだけだ。身の安全のために言っとくが……生きてるからな」
横たわったままのエルメルアを前に、声色だけは冷静なリグレット。グリーフの言葉を聞いても尚、疑心暗鬼といった様子のリグレットにグリーフは鼻で笑う。
「嘘だと思うなら傍に行ってやれ」
「…………」
「ハッ……俺は何もしねぇよ。正直、今俺が生きてるのも不思議なくらいなんだからよ……」
リグレットは、グリーフをざっと見てようやく警戒を解く。
今の彼は既にボロボロだ。頼みの綱である大剣も僅かに刀身と柄が残っているだけ……これ以上戦うには無理がある。
そしてエルメルアへと駆け寄り、かすかな呼吸を聞いて、安堵の息を吐く。
「何があった?」
そしてリグレットは同じ問いをする。しかしその意味は違う。グリーフに対しての問いだった。
彼ほどの強者が、ここまでボロボロになった。そしてこの教会の惨状。グリーフはエルメルアと戦っただけだと言っているが、魔力の残滓からして2人のものではない。何らかの襲撃があってこうなったのだろう。
「…………」
しかしグリーフはその問いに対して口を閉ざしたまま。
彼は言うべきなのかどうか、それを迷っているような表情と重い空気をのせ、ただ黙っていた。
リグレットの問いの意味が伝わっていないわけではない。重々承知している。しかしリグレットだからこそ、この真実を受け入れられるのか……わからなかった。
「……俺から言えるのは、これから先何があっても――嬢ちゃんのそばにいてやれって事だけだ」
だから濁すようにそう呟いた。そして続ける。
「それに坊主も気づいてんだろ。両国が戦って死者がいない……あっても魔獣の襲撃によるもの――仕組まれた戦争だってな」
「…………」
グリーフの言う「仕組まれた戦争」という言葉に、リグレットは返答が見つからなかった。
それもそうだ、今までの戦いは例えエルメルアの予知があったとしても、都合が良すぎたのだ。
「まぁ……餅は餅屋だ。詳しい事は創始者の奴らに聞け」
「創始者……?」
「ああ。『七天の創始者』……ティアから聞いてないか?」
「名前だけ……だな。姫は知っているかもしれないが」
リグレットの反応に、グリーフは「仕方ないか」とだけ呟いて、ゆっくりと重たそうな腰を上げる。
「まぁいい、着いてこい。……ノワールに行くぞ」
今にも倒れそうな様子で歩き始めるグリーフ。それをリグレットはエルメルアを背負って追う。
「…………これ使え」
1人背負っていても、今のグリーフは容易く追い抜かす事ができ、あまりにも見るに堪えないその姿にリグレットは自身が持っていたお守りをグリーフに渡す。
それにはエルメルアの込めた治癒能力は多少だが残っている完治はしないが、ないよりマシだろう。
「すまねぇな……」
いつもなら笑って跳ね除ける男も、素直に受け取る所をみて、彼と対峙した……自身の背に眠る少女にリグレットは心配を覚える。
(姫は……何をした?)
あの戦場に残っていた魔力がエルメルアのものだとしたら――。そう考えようとして頭を振る。
あの魔力は、災厄に似ていた。そんな禍々しいものが彼女のものであるはずがない。リグレットは芽生える数多の可能性を、頭ごなしに否定し……いつしか先に行っていたグリーフの後を追った。




