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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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75. 目覚めしもの

 明滅する視界。曖昧な思考。

 エルメルアと対峙し、彼女が恩恵(ソフィア)に耐えられず倒れた所までは覚えている。

 その後……何が起きた? ぼんやりとした頭を叩き起こして、グリーフは現在の状況を確認する。

 姿形も残っていない教会、自身の真下に映る青と橙が混ざったような空。そして――白い少女が少し離れた所で背を向けて立っている。天地がひっくり返っているのは自分自身の体勢のせいだと理解していても、重力に逆らって見えるその姿はまるで天使のように神秘的であった。


(このザマからして、派手な爆発に巻き込まれたみてぇだな……)


 そんな少女から目を離さないようにしながら、グリーフはゆっくりと立ち上がる。動きに伴ってカラカラと鎧の上を転がり落ちる土埃や小さな石。

 その僅かな音に、少女はぴくりと反応する。そうして緩慢な動きで、グリーフの方へと身体を向ける。

 グリーフを捉えても表情は一切変わらない。凛と輝いていた目とは正反対の――眠たそうな虚ろな目で、ただ呆然とグリーフを眺めているだけ。


(……敵意はない、か)

 

 そう一瞬、気を抜いた時だった。

 少女の口角が、ほんの少し上がった。


「――ッ!?」


 それを見た途端、溢れる冷えた汗。少女はただ笑みを浮かべただけ。それも花や小動物に向けるような微笑みの表情。しかしその虚ろな目には、もっとおぞましい何かを抱えている。


『て……き』


 己の勘が危険だと訴えると同時、たどたどしい口調で少女は言葉を口にする。それはグリーフを敵と認識した一言であり、そして光の花達が咲く合図であった。

 その数は当然のように10枚。花達はグリーフの四方八方を囲うように配置され……少女が開いた手を握ると同時に一斉に攻撃を開始する。


 縦横無尽に放たれた光線、回避は難しくない。

 屈んでは飛び、時には瓦礫を盾として防ぐ――一瞬でも油断すれば当たってしまう攻撃ではあるが……それにはどこか気味の悪さがあった。


 誘導されている、そうグリーフは経験則で理解する。

 目の前の少女は中身がガラリと変わってしまっているが、先程まで対峙していたエルメルアである事に違いは無い。

 ならば彼女はそうする。常に次の手を用意し、待ち構えているのだ。今ならば、そう――花の攻撃を避けた先に強力な魔術を放つのだ。


「――ッ! だと……思ったよ!」


 グリーフの読み通り、少女は魔術を展開する。無詠唱で放たれた氷の魔術を、グリーフは瓦礫を蹴り飛ばして相殺する。

 そしてそのまま少女の元へと接近し攻撃をしかける。激戦の中で見抜いた恩恵(ソフィア)の弱点を突くために。


「!? ぐ……っぅ」


 恩恵(ソフィア)予知(プレシアンス)』の弱点――それは予知をした後……次の発動までの間若干動きが鈍るというもの。だからこのグリーフの攻撃に対し彼女は無防備になる――そのはずだった。

 グリーフを止めたのは氷の棘。それは無防備になっていた彼の腹部へと突き刺さり、役目を終えたように溶けていく。


 じわじわと広がる痛みに耐えながら、グリーフは立ち上がる。自分の読みは正しかったはず、しかし少女には通じなかった。何故なのかとグリーフは少女を睨み、そして気づく――。


「……ははっ。……そりゃズルってやつだぜ」


 ――少女の両の眼が、翠に輝いている事に。


 その色を見て半分諦めたようにグリーフは呟いた。

 エルメルアは予知をする時のみ……恩恵(ソフィア)の宿っている右眼を翠に輝かせていた。そして今、その色は衰える事なく爛々としている。


『……きえて』


 乾いた笑いをあげたグリーフに対し、少女は冷たい声と共に、空気が震えるほどの魔力を左手に収束させ、ゆっくりと距離を縮めていく。

 迫る足音を前に、グリーフは後退。少女の狙いはグリーフただ1人。しかしそのために用意される魔術の規模や威力はデタラメなものであり、このままでは自分だけでなくブランという国までもが荒地になるだろう。

 それだけは避けなければならないが――。


(どう足掻いても……無理じゃねぇか?)


 彼女は今、常に未来を予知している。そしてグリーフは手負いの状態。太刀打ちすらできるかも怪しい絶望的な状況だ。

 だが選択の余地は無い、無謀だと分かっていても彼は交戦するしかなかった。


(すまねぇ……。グレア……!)


 心の中で愛する者へと謝った後、覚悟を決めたようにグリーフは大剣を握る。

 その覚悟を前に、誰が願ったか奇跡の光が灯る。


『……!?』


 それは突然だった。無機質にグリーフへと迫っていた少女の左手が……前触れもなく、その手に込めた魔力をあらぬ方へと飛ばしたのだ。

 本人である少女すらも、人形の様な無表情のまま……しかし確かに虚ろな瞳を見開かせ、驚愕の色を見せていた。


「……ッ!!」


 その好機をグリーフが逃すはずはない。頭で理解するよりも早く、身体は既に前身。

 振り抜いた大剣は容易く止められるが、それでも少女の動きは鈍くなっていた。


『……? ……!』

「そりゃそうだ、嬢ちゃんは……てめぇの主は!! はなから殺す気なんて更々ねぇ!」


 戸惑う少女に猛攻を叩き込みながら、グリーフは確信していた。少女を止めたのは、他でもない彼女自身。その左眼に、淡く滲んだ蒼い輝きを見て……そう判断した。

 彼女が自分と戦う時に呟いた「力を貸して」という言葉。その想いに恩恵(ソフィア)である『予知(プレシアンス)』が応えただけ。

 なぜ意思が宿ったのかは不明ではあるが……しかしそれも、恩恵(ソフィア)が身体の一部を代償としているのならば想像はつく。レグレアが恩恵(ソフィア)の過度な使用を避けるよう言っていたのも、その代償が広がり、他の部位まで侵食するのを防ぐため……なのだろう。


『やく……そく……ッ!!』


 制限された身体に鞭を打つように、ダンッ……と少女は強く大地を踏みしめる。そして圧倒されていた状況を、徐々に徐々にと押し戻していく。


(動きの鈍さを、身体強化で強引に……ッ!)


 錆び付いた機械を無理やり動かすようなその行為に、グリーフは焦りを覚える。このままではまずい、少女は魔力量の加減を知らない。先に来るのはエルメルアの体の限界だ。

 だが……誰が止める? 彼女の身体強化は全快のグリーフと張り合えるもの、今の負傷した自分では勝負にすらならない。実際内から制限をかけられた状態でも、均衡は既に崩れつつある。

 グリーフは押し切られる前に身体を逸らし、力を逃がす。その勢いで互いの距離を離し、一瞬の休息を取る。

 あと数回、もって数回だった。その数回でどちらも限界を迎える。

 

 息を整え、前方を睨む。覚悟はできた。あとはぶつかるだけ。数回ではなく、一度の全力で決着をつける。


 咆哮。獅子のような声を上げ、グリーフは突撃する。

 その突撃に、咄嗟の判断で少女が出した回答は魔術による迎撃。グリーフはそれを致命傷になるものだけを撃ち落として駆ける。

 肉薄した獅子に、少女は右眼を強く輝かせた後、無慈悲に魔術を展開。四方八方、そして至近距離から放たれたそれを、迷うことなくグリーフは手に持った大剣で薙ぐ。

 少女は口角を上げる。もうこれで、彼は対抗する手段を持たない……。なぜなら今ので彼は両腕ともに重傷を負った。そして武器である大剣も炸裂した魔術によって砕け散る。

 煙で見えなくとも、予知はそう導いた。


「――キツいの行くから…………しっかり我慢しろよ!!」


 立ち込める煙。その中から現れるグリーフ。

 しかしその姿は、予知したものとは違うもの。

 そう、武器が無くとも迫るという事が理解できなかった。それもそのはず、意思が芽生えたばかりの少女の知識は宿主であるエルメルアのものに依存する。だがエルメルアの見てきた「戦い」とは騎士団が全てであり、騎士団には素手を使うものなど誰ひとりとしていなかった。

 だからこそ、油断していた。制限された身体では連続した予知はできないが、反撃はないと確信していたから。

 そして少女の腹部へと炸裂する渾身の右ストレート。武器も左腕も今は使い物にならなくなったが、この一撃のために残した右腕で残る気力全てをぶつける。

 華奢な体が、僅かに宙を浮く。全快の自分が見たら笑うほど弱かったが、気を失わせるだけなら充分だった。

 くたりと重力に従うエルメルアを軽く受け止め、グリーフも崩れ落ちるように座る。周りを見れば凄惨な跡が沢山あるが、その一部で食い止めることができたのだ。

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