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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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74. 前線にて

 突如として発生した爆発。それは眠っていたリグレットを目覚めさせるには充分すぎるものだった。


「ん……」


 グリーフとの戦いによる疲弊と傷もあり……いつも以上に眠りの深かった彼は、ハッとして周りを確認する。

 こんな所で気持ちよく寝ている場合ではない。今まさにここで戦っている仲間が……そして自分を待つ姫が、いるのだから。


「あら、団長。起きた? おはよう」

「…………リズ、ラ?」

「そうです。皆が大好きな副団長、リズラですよ」

「……今のは?」

「ロミの魔術による爆発だけど……それがどうかした?」


 夢でも見ているのかとリグレットは頬を抓る。自分は先程まで、ブラン王城前で戦っていたはずだ……と、もう一度ゆっくりと辺りを見渡す。

 目の前に広がる抉れた大地、後方には木々が抜けたような跡……そして遠くに見える――黒煙が昇る王城。

 自身の傷も明らかに切り傷ではなく、打撲や擦り傷といったものに変わっている。


「……寝ている間に、何があった?」

「うーん……。曖昧だけど許してね。……まずブラン王城方面から、大きな爆発が起きたわ」


 大きな爆発……それが黒煙の原因だろう。王城から割と離れているこの場所でも「大きな爆発」という事は相当な規模のはずだ。……その記憶が無いという事は、自分は気にせず寝ていたという事だが。


「そして私達も……少し前から後退を始めています。その最中にセレーニが団長を見つけたので――原因はその大きな爆発かと」

「…………そうか」


 大まかな説明を受けたリグレットは、気恥ずかしいように顔を戦いの続く方へと背ける。そんな彼に対し、リズラも何か言葉をかけようとするが……触れない方がいいと判断したのか、彼女も同じように視線を前へと向ける。

 平原を埋め尽くす程の大軍はもう、いない。今はもう小規模の隊が点在しているだけ。こちらはロミとジュリエッタ……セアリアスにアウリュス、ヴェルト――皆ボロボロになりながらも無事である。


 これもリズラの采配のお陰……そう思い、リグレットは彼女の方を見て、動きを止める。彼はある一点を凝視した後、不意にリズラの腕へと手を伸ばす。勿論リズラは、すっとその腕を背に隠すように身体をリグレットへと向き直して、何も無いように笑う。


「え、何、急に。……手でも繋ぎたくなった?」

「はぐらかすなよ。……使ったんだろ」


 しかしリグレットはそんなリズラの腕を軽く引っ張り、彼女が隠そうとしたものを露わにしようとする。

 引かれた左腕。リズラは抵抗するが、痛みのせいで弱々しくなった力ではリグレットに敵うはずもなく、その手首に残った痛々しい血痕を覗かせる。

 それは彼女が得意とする血媒禁術(ハイマ)――血の魔術の跡。……赤黒い錆のようになっている事から、使ったのはかなり前だと思うが、血の広がりを見れば長い時間行使していた事がわかる。


「……あー、うん。あはは……」

「…………」


 その傷をじっと見つめたまま、黙ってしまうリグレット。それにいたたまれなくなったのか、リズラは仕方なく笑うが、それでもリグレットは沈黙を保つ。

 

 どうしていいかわからない――と、リズラが空いていた右手で髪を弄り始めた時、ようやくリグレットが動く。

 彼は何かを言うのでもなくただ、ぽん、と彼女の頭の上へと手を乗せる。撫でるわけでも叩くわけでもなく……ただ優しく触れただけ。


「…………へ? えっ、だんちょ――」


 だからリズラもその意図がわからなかった。というより頭の整理が追いつかなかった。自覚できるほど腑抜けた声を出すほどには。

 普段そんな事をするような人ではないし、そもそも彼には……もっと大切な人がいるわけで。そんな戸惑いと嬉しさが溢れそうな気持ちで、自分よりも頭ひとつ背の高い彼を見上げれば――そこにあるのは複雑な感情が混ざったような表情。

 珍しい様子の彼を、リズラは慌てていた声も失うほど……凝視していた。


「言いたいことは山ほどある。でも……とりあえず。お疲れ様」


 そんな視線から逃げるようにリグレットは顔を背けながら、労いの言葉をリズラへと送る。


「――あっ……ありがと。……まだ終わってないけどね」


 リズラもリズラで、恥ずかしさを誤魔化すようにリグレットの揚げ足を取る。

 その一言にリグレットは「わかってる」とだけ返すと、その手に魔力を集め……剣を精製する。


「……あとこれだけ、なんだろ」

「ええ。……でも、いいわよ」


 戦いに参加するつもりの彼を、リズラは静止する。

 それと同時に、王城から再び爆発が起きる。


「団員は沢山いる。……でもあの子を守る従者は――誰もいないでしょ?」

「だけど……」

「わかってる。無茶はしない。……どーせ私の血媒禁術(ハイマ)の心配でしょ? この傷を見て、もっと自分がしっかりしてれば〜とか考えてたんでしょ、お見通しなんだから」

「…………」

「ふーん、図星なんだ」

「うるさいな」


 そんな茶番を繰り広げながら、リズラとリグレットは爆発の起きた王城の方をちらりと見る。

 煙の上がる王城。幸いにも人は避難させてあるが……それ故にエルメルアに何かあった際に、誰も助けに向かう事ができない。状況も不明のまま……ならば一刻も早く向かった方が良いだろう。


「……あっちも、マズイ状況かもしれないし。だからあたしの事は気にせず、行って」

「……すまない」

「ええ。このお礼は……そうね、あたしの我儘に付き合ってもらう、でいいわよ」

「…………。……せめて行きやすい見送りにしてくれ」


 リズラの困った提案に渋々の様子で了承したリグレットは、王城へと風のように駆けていく。それを軽く見送ったらリズラもまた、視線を戦場へと戻す。

 軽く左の手首を布に擦り付ければ……再び滴り始める赤色。

 そして血媒禁術(ハイマ)を起動する。くらりと襲う目眩に冷や汗を滲ませながら、心の中で自分に言い聞かせる。無茶はしない、と。倒れれば今度こそ何を言われるかわからないし、せっかく我儘を聞いてもらう約束も無かったことにされるだろうから。

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