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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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72. 届かぬ願い、嘲笑う代償

 先に動いたのはエルメルア。右眼の翠を輝かせながら彼女は跳躍。彼女が非力だと言うのは他でもない自分が1番わかっている。だから強化した身体でグリーフの大きな背丈よりも遥か高くに飛び、落下の勢いを利用したのだ。

 確かに理に適っている。だが空中というのは利点ばかりではない。リグレットのような空中でも損なわれない機動力や、鳥のような翼があるなら話は別だが、普通空中で方向を転換するなど不可能に近い。よって攻撃の軌道はひとつに絞られ……折角の未来予知の意味がなくなってしまうのだから。

 故にグリーフもその場から1歩も動く事はない。予知の残影もまた、同じ。


「走れ雷光――『雷閃(アストラペ)』!!」


 しかしエルメルアはただ突撃するのではなく空中で身を翻して教会の天井目掛けて雷の魔術を放った。そしてそのまま流れるように、手に持つ剣を盾へと変える。

 小さな掌から咲いた大きな花は更に大きく……そして徐々に速度を上げこちらへと落下し、それを追いかけるように天井から瓦礫がボロボロと崩れ落ちてくる。

 流星群にも似た、その一群にグリーフは軽く感嘆するような声を漏らしながら、最初に降ってきたエルメルアを難なく受け止める。

 しかしそれだけで終わる彼女ではない。必要以上に大きくした盾が、瓦礫の受け皿となり2個、3個、4個と次々に積み重なっていく。急激に上昇した重さに思わずグリーフは片膝をついて苦笑いした。


「ハハッ、次から次へとよく思いつくもんだ。……こっから体力勝負でもするか?」

「無理して余裕ぶらなくても……。私には視えてますよ?」


 盾を足場に立ち上がったエルメルアは右眼を翠に輝かせて、グリーフを見下ろす。

 今エルメルアの視界に予知の残影は映っていない。だからグリーフは動かない。……この場合動けないという方が正しいだろうか。彼が支えているのは瓦礫の山々に、華奢とは言っても人間1人分――それを大剣で受け止めているのだから。

 

「…………時を忘れ、意思を閉ざし、約束せしは永劫の平穏」


 その大きな隙を逃すはずがない。エルメルアは噛み締めるように言葉をゆっくりと紡いでいく。


「輝く銀冰が舞い踊り、精霊達は祝福を贈る」


 右の掌に凝集していく魔術、そこから僅かに湯気が立ち上る。……外はまだ、肌寒いというのにだ。


「永久凍土の楽園に(いざな)われし客人よ」


 その違和感に加え、グリーフは危機感を覚える。なぜなら彼女は今まで術式など唱えてこなかった。それだけでも分かる。これは大規模な魔術であり、到底受け止められるものではないと。


「安らかに眠りなさい――『悠久の楽園(ティル・ナ・ノーグ)』」

「う……らぁ!!!!!!」

「っ……!?」


 術式の完成。右手に圧縮された冷気が放たれるよりも早く。

 グリーフは受け止めていた大剣から力を抜き、エルメルアのバランスを崩す。がくんと傾いた勢いで魔術はあらぬ方向へと放たれ、着弾と同時に天井を覆う銀雪の領域が展開。その中に触れたあらゆるものが……一瞬で凍っては砕け散る。

 そんな幻想的な光景の下で、エルメルアとグリーフは重なるように倒れていた。グリーフの咄嗟の行動に、エルメルアの集中が乱され、足で維持していた盾が消滅したからだ。

 

「まっ……たく。ティアのやつ、悪いことを嬢ちゃんに教えるもんだ……」


 瓦礫の山々の下敷きになったグリーフは呻くようにそう呟き、ゆっくりと立ち上がる。対するエルメルアも肩で息をしながら距離を離す。


「ははっ、まだやるか」

「……貴方が立つのなら」

「そうか……」


 そしてエルメルアは付近に散らばった魔石をさりげなく踏み潰して魔力を補充する。……傍から見れば、割れたステンドグラスの欠片を踏んだように見えているだろうが。

 長期戦に備えて魔石を準備しておいて良かったと本当に思う。常に強化魔術を施し、莫大な魔力を消費する精霊術まで使っても尚、目の前の男は倒れなかったのだから。

 そんな戦いももう終わる。剣を支えに立つ彼は見るだけでもう限界だ。瓦礫で負傷した脚では、前ほど速くは動けない。そしてこちらは魔力をある程度回復している。

 恩恵(ソフィア)だって――。


「――あ……? ぐぅ……!?」


 まだ使える。そう思ったのと同時。きーんと脳内に響いた甲高い音。そして遅れて激痛がエルメルアを突如として襲った。

 何故、どうして? そんな疑問を消していくように走る痛み。どんどんと痛いという訴えで思考が埋まっていく中、それでもエルメルアは鉛のように重くなった身体を強引に動かす。勝利はもう、すぐそこにあるのだから。


「まぁ、身体は限界みてぇだけどよ」


 グリーフは目を閉じて、動く事もせずエルメルアを受け止める。彼女が振りかぶった手には何も無い。痛みで乱れた精神状態で、魔術など安定するはずないのだから。

 鎧を叩いた音が寂しく響く。何度も、何度も。

 その手に赤紫の痣が滲んでも、止めることはない。


 そんな様子に呆れたようにグリーフは腕を振るう。最早立つ力すらも痛みに奪われた彼女は呆気なく地べたを転がり、そのまま動かなくなった。


「……まぁ。嬢ちゃんも、よくやったよ」




 そのグリーフの呟きをエルメルアはうっすらと聞いていた。

 左眼を開けているはずなのに、ぼんやりとした視界。動かない身体、痛みの感覚も遠くなっている。


『える……めるあ』


 いつか夢で聞いた声に似ている幻聴まで聞こえ……もう自分は本当に死んでしまうのだとなんとなく理解する。無理もない、恩恵(ソフィア)をあれだけ使ったのだ。代償に身体が悲鳴をあげているのを見ないふりしていた、自分への罰だ。


『やくそく……ちから……かす』


 たどたどしい口調なのか、それとも自分が聞こえていないのか。いつの間にか真っ暗になった視界で朧気に映る白い()()がそう言った。

 貸す? 何を? 約束も何も自分はした覚えはない。混濁とし始めた意識では、思い出す事もできない。その事を聞こうとうっすらと口元を動かすが……言葉にはならない。しかし目の前の何かはそれをみて微笑んだ……ような気がした。


 そうしてエルメルアは眠るように意識を閉じた。

 この後起こってしまった惨状から目を背けるように。

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