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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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71. 限界を超えて

 グリーフに対抗するには、絶え間ない恩恵(ソフィア)の発動が必要。それを行う事に躊躇いがあるが、迷っている暇はない。

 強化魔術を施した身体でも、じりじりと迫る壁。決断しなければ、このまま押し潰されるのも時間の問題なのだ。

 分かりきっている事だが単純な力勝負では彼に勝てるはずがない。これは常に先を視れるという優位があってこそ成り立っている勝負であり、普通に戦えば数秒にも満たないだろう。


 両の手で展開していた盾を右腕に任せ、左手の盾を花弁へと戻す。その数秒にも満たない動作でも右腕は悲鳴を上げそうなほどの負担。しかしそれももう終わりだ。

 花弁へと姿を変えた光は、主の意思に呼応するように更に刃へと変化しグリーフを狙う。当然それを防ぐ手の無いグリーフは距離を取り、戦いは始まりに戻る。


「『万花(シフト)』……『集い穿つ星花の光(シュトラル・クーゲル)』!」


 しかしすぐさま次に動いたのはエルメルアだった。右手の盾を弓へと流れるように変化させ、左手で何も無い空から矢を作り出す。


 弓の形態、空気の震え……それらを確認したグリーフは即座にエルメルアへと接近を試みる。どれだけ強力な武器だとしても発射までの時間は無力であることに変わりは無いからだ。

 近づくグリーフに対し、エルメルアは強化した脚で大きく距離を遠ざけ、弦を引く。その右眼に翠色を輝かせながら。


 視るのは数秒先の未来。今エルメルアの視界に映るのはこちらへと迫るグリーフ、そしてそのグリーフから流れ出ている透明な緑の残影。

 エルメルアのほんの僅かな指先の動きでも、その残影は軌道を変える。グリーフの観察眼の鋭さには驚きだが……例え彼がこちらの動きから自身の行動を選択しようとも、予知はその更に上を行く。


 エルメルアはグリーフに向けていた狙いを外し、何を思ったか左手の光の矢を霧散させる。当然、それを確認したグリーフは前進を決定する。予知された緑の残影もまた……それは同じ。

 対するエルメルアは後退を選択し、残った8枚の花弁を光の刃へと変えグリーフを迎撃する。光の刃はエルメルアの意思に沿うように予知の残影よりも前の地点へと攻撃を行う。

 刃達が射出するより早く……刃の角度からグリーフはその攻撃が前進を遮る攻撃だと見抜き、スピードに緩急をつけて光の刃を躱す。


 ついに光の刃はグリーフを捕らえることはなく、ただ乱雑に突き刺さって動きを止める。

 なぜ戻ってこないのか……グリーフは一瞬疑問に思うが、それを即座に切り捨てる。例え戻ってくるとしても、光の刃が彼女を守るよりもグリーフの方が早いからだ。

 眼前まで迫ろうとするグリーフに対し、エルメルアは――。


 ――莫大な魔力を込めた矢を番え、今にも放とうとしていた。


 ゴウッ……と風を唸らせる轟音がグリーフの真横を通る。

 寸前で首を倒し避けたため、頬にかすり傷を負った彼は勢いこそ殺されたが……それでも突撃を止めることはない。

 エルメルアは動じない、唇を動かし何かを発するが……グリーフは先程の轟音による影響――低下した聴力では聞き取ることができなかった。

 しかし彼女の左手の弓が、盾へと変わったのを見て、それが『万花せし星の光(シュトラル)』に関連した詠唱だと断定する。

 千変万化の魔術は厄介だが、その規則性はこの戦いの中である程度把握した。花弁の枚数は最大10枚、花弁を消費し光の刃や弓、盾を形成――威力や耐久性はその消費量に応じる。……それくらいの把握ではあるが、グリーフにはそれだけで充分すぎるほどだ。


 そして花弁は今、8枚がグリーフの背後にある。つまり彼女の持つ盾は2枚で形成されたもの。最初に見せた10枚の盾よりも遥かに脆い。

 振り下ろされる大剣、受け止めた花の盾。グリーフの想像通り盾は1度触れただけで亀裂が入り、それに伴って支えているエルメルアとの距離もぐっと縮まる。

 今にも押し潰されそうなエルメルアは苦悶に満ちた表情を浮かべているが、その蒼い右眼は翠の輝きを明滅させていた。もう数十回と見たその光景に自然と身体は警鐘を鳴らし、水が入ったような耳で辺りを探る。


 カン……カンッ……カン……とくぐもった音。それは瓦礫が落ちる音のような無機質なものではない、もっと透き通った――光が跳ねるようなそんな音。


 思わず振り返る。右手の大剣への力は込めたまま。

 視界に映る、避けたはずの光の矢。

 それは無惨に突き刺さった光の刃達の上を、スキップするように跳ねる。5枚目、6枚目……気づいた時には既に8枚目を大きく飛んで、こちらへと向かっていた。


「……っ!!!」


 歯を噛み締めながら視線をエルメルアへと戻せば、苦しそうな顔が映る。だがしかしその目は確かに笑っていた。

 既に壊れそうな盾から零れ落ちた光の花弁。盾も彼女自身も、もう限界だという表情を見せながら、実際それが意味するのは()()()()()()()()()()()()()ということ。


 気づかなかった? 違う、気づかないように仕向けていたのだ。光の刃をただの牽制のためだと思わせ、至近距離で放った矢で耳を潰し、そして脆い盾で注意を引く。劣勢のように見えたそれは、どれも全てこの一撃を確実に当てるため。


「ほんっとに……可愛い顔してとんでもねぇ事しやがる――なぁ!!!」


 避けられない光の矢を、グリーフは鎧がまだ残っている左腕で受け止める。

 バチッと稲妻が弾ける音、目の前で起きた衝撃は華奢なエルメルアを軽く吹き飛ばす程のもの。彼女は軽度の打撲に堪えながら、上体を起こして爆発で立ち込めた煙を凝視する。

 徐々に晴れる煙、その中で佇む人影。それは血が滲む左手を軽く握っては開き……辛うじて動かせる事を確認しているグリーフだ。そして彼は僅かに冷や汗を浮かべながらエルメルアを睨む。


「へっ……困ったな。これじゃ次は受け止められねぇ」

「……私も困ってますよ。貴方が頑丈すぎて」


 グリーフは先程まで自分の左腕を守っていた鎧の残骸は役目を果たし、ボロボロと崩れ落ちるのを見てそんな軽口を叩く。

 エルメルアもほんの少しの笑みを含ませて、そんな嫌味と共にふらりと立ち上がる。


 グリーフの左を封じることはできた。だがしかしそこまで導くためにエルメルアは恩恵(ソフィア)を何度も――両の手も、足を使って数えても足りないほど発動しているのだ。

 使用した時間と同じだけ休ませる……いつか黒いお姉さんに言われたことは忠実に守っているが、こんなにも頻繁な使用は今日が初めて。いつ倒れてもおかしくはない。


(でも……今私が倒れるのは――)


 「必ず姫の元へと戻ってきますから」――脳裏に過ぎるのはリグレットと交わした約束。その時自分はここで待っていると誓ったのだ。だからここで倒れる訳にはいかない。彼が全力で繋いだものを、無駄にしてはいけないから。


 ぎゅっと握りしめた手。ゆっくりと目を閉じ、軽く深呼吸する。再び目を開ければ、光の花弁達はまだかまだかと、やる気に満ち溢れているかのようにエルメルアを囲って舞っている。


「さぁて……。次は何してくれんだ?」


 グリーフも大剣を構え、エルメルアをじっと待つ。

 余裕そうな表情に言葉、しかしその目は鋭いもの。

 互いに満身創痍、次に始まればどちらかが倒れるまでは終わらないと誰でもわかる。そんな一瞬の隙も見せられないほど高まった緊張感。

 小手先はきっと通じない。ならばするべきことはひとつだけ。


「……『万花(シフト)』」


 やけにうるさい心臓の音。それに消されそうなほど小さな呟き。それに合わせてエルメルアの右手に集う光の花弁達。

 その数、10枚。それら全てを右手で包み込み、そのまま自らの胸の前で握りしめる。

 

「『集い裂く星花の光(シュトラル・フィロー)』」


 そして振り払った右手。そこから現れた輝きが薄暗い教会を満たしていく。その光は散らばる色とりどりの宝石達に吸収、反射され幻想的な空間を広げていく。

 その中心で象られていくのは剣。硝子のように透き通る刀身に、小さく添えられた白い花。儚く可憐な少女を模したようなそれを見てグリーフもごくりと唾を飲む。簡単に折れてしまいそうではあるが……秘められた魔力などは凄まじいもの。触れたらどうなるか想像もできないほどだ。


「お願い、力を貸して……『予知(プレシアンス)』!」


 そして彼女は祈るように――はたまた縋るように、その右眼に透き通るような翠色を輝かせるのだった。

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