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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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70. 王として

 伽藍とした教会、その中でエルメルアは目を閉じ手を組む。

 寂れた机や椅子に見守られ、色褪せたステンドグラスに照らされながら祈るその姿は、敬虔というよりもむしろ狂気さを感じさせるものだった。


 ブランには信仰というものがさほど広まっていない事もあり、この教会は唯一のもの。それ故に干渉こそしていないが王族はそこで何を行っているかを把握していた。

 幼いエルメルアが覚えていたのは、教会というものが「祈る場所」として最適であるということ、そして今日が「神の生誕」を祝う日……であるということだけだろうか。

 成長した今でも神というのが何を指しているのかさっぱりわからないが、それでも奇跡を願うならばここしかないと思っていた。偶然にも今の服装も本物のシスターのようであり、もしかしたら神の寵愛を授かるかもしれないと、エルメルアはそんな冗談を思い浮かべて、くすりと笑う。


 そんな森閑とした中、響いた金属の擦れる音。

 鐘の音のような神聖さの欠片もないそれに、エルメルアは閉じていた目をゆっくりと開く。


「……貴方、でしたか。ノワールの獅子、グリーフ」

「ああ、悪かったな。坊主じゃなくて」


 エルメルアは振り向かずとも、それが誰なのか知っていた。


「なんで俺がここに来れたのか……とか、驚かねぇんだな」


 知りたくなくとも――リグレットが負け、こうして自分と相対する事は既に視ている。予知では、彼が辿り着くまでにもう少し時間の猶予があったが、問題ない範囲だろう。


「だんまりか。まぁ大方恩恵(ソフィア)の力で未来予知でもしたんだろうけどよ。ノワールの大群を相手にした時みたいにな」


 背を向けたまま黙るエルメルアに、グリーフはガッカリしたような素振りを見せる。諦めたようにその沈黙が答えなのだとグリーフは更に言葉を続ける。


「だがそれなら、この後がどうなるかも……嬢ちゃんはわかってんだろ?」


 その問いかけに対し、初めてエルメルアはグリーフへと振り返る。蒼い双眸は獅子を捉えても震えることはなかった。

 またも黙るエルメルアに対しグリーフは、申し訳なさそうに事実を告げる。


「……こう言っちゃ悪いが、俺と嬢ちゃんとじゃあ結果なんて分かりきってる。だから単刀直入に言うが、降伏してくれ。そうすればこっちだって手荒な真似をしなくて済む」


 グリーフの威圧感が空気を支配する。ただそれたけでも体格差も力量も誰が見ても彼が勝つと思うだろう。最強の獅子という名が広まっている彼に対し、エルメルアはまだ名も知られていない小さな女王。

 目の前の男が、降伏という言葉をただ並べているだけではないのはエルメルアもよくわかっている。彼の愛用している大剣は遥か後方にあり、とてもではないが手に取り切りかかるには無理があるし、物理的な行動も恩恵(ソフィア)を保有するエルメルアに無策で挑むのは無謀だとわかるだろう。


「確かに、降伏した方が身のため……でしょうね」


 しかし、もっと無謀な事を自分はしようとしているのだ。


「――ですが、それでは私のために傷ついた彼らに……合わせる顔がありませんね」


 あまりの無謀さに自分でも笑いそうになるが、それでも降伏する気など微塵も無かった。


「じゃあ自分のせいで傷ついた奴らのために、自分もその後を追うってか? ハッ、とんだ自分勝手な美徳だな」

「……ええ。とても身勝手な王だと、自分でもわかっています。それでも私を信じ、付き添う者達がいる」


 こうしてグリーフただ1人が今目の前にいる理由。エルメルアの護衛が誰ひとりとしていない理由。それは全てエルメルアの指示によって出来上がったもの。皆彼女を信じていなければ、今頃ブランの王城が戦禍にさらされていただろう。


「私がその者達に見せるべきなのは、降伏する背などではなく、己が剣を取り戦う背――お父様をよく知っている貴方ならば、懐かしい言葉かもしれませんね」

「ああ、そうだな。……なら、何を言っても決意は変わらない――そうだろ?」


 エルメルアの王としての理想。それは他でもない自分の父であるラフィデルが掲げたものと同じ。

 グリーフはニヤリと笑う。かつて自分達がそうであったように、ラフィデルの娘である彼女も意思を曲げることはないと。


「ええ……。残念ながら」


 そうして彼女もまた儚く笑うのだ。


「今更先程の問いに答えるのもどうかと思いますが……」


 そしてグリーフを見上げ、エルメルアは目を伏せながら呟く。


「実は私の恩恵(ソフィア)で私自身の未来は――視えないんです」


 それと同時に――透明で綺麗な、砕け散る音。

 エルメルアの声をかき消したそれにグリーフは反射的に上を見る。色褪せたステンドグラスが、陽の光によって磨かれ色鮮やかな雨となって落ちて来たのだ。


 赤青緑の輝き……それを見てグリーフは本能で後方へと飛び退き、自身の獲物を手に取る。その間に今までグリーフがいた場所は、結晶が飛び跳ねる可愛らしい音と神々しい刃が無数にも刺さる音で満たされていた。


「……へっ、可愛い顔してえげつねぇ事考えるもんだ」

「徹底しないと、貴方は倒れてくれそうにありませんから」


 グリーフはその光景を見て僅かに冷や汗を滲ませる。

 それに対しエルメルアは少しだけ微笑む。それに合わせて赤青緑の輝きに付随していた光の刃は、ゆっくりと彼女の元へと戻り、花弁に姿を変えて守るように周囲を漂う。

 

 日光を遮るものが無くなった教会で、2人は見合ったまま微動だにしない。じり……とグリーフが間合いを縮める。

 その瞬間――縄張りに踏み入られた獣のように素早く、1枚の花弁が剣へと変化しグリーフへと襲いかかる。

 軽く舌打ちしてグリーフは距離を離すべく後ろへと飛ぶが……その着地点を狙うように次の花弁が迫っていた。咄嗟の判断で足ではなく手で、着地点をズラす。その動作が終わる頃には襲ってきた花弁は既にエルメルアの周りをゆらゆらと泳いでいる。


 それを見てグリーフは空気が抜けたような笑いをあげる。

 一挙一動見逃す事はなかった、だがエルメルアは何もしていない。ただじっと今も変わらずグリーフを見ているだけ。

 唯一変わったとすれば、右眼が一瞬……深海のような暗い蒼ではなく爛々とした翠に変わっていたくらいだ。


「…………」


 今わかるのは、何の挙動もなく襲う花弁の攻撃に、恐らく恩恵(ソフィア)の発動のトリガーである目色の変化、そして彼女が自分を近づけないようにしている事。

 グリーフが近づかなければ、エルメルアも手を出すことは無い。その理由は明白、彼女の力は後手に回って真価を発揮するものであるからだ。

 だがそれではグリーフが攻めなければ永遠と戦いが長引くだけ、それは彼女にとっても避けたい事では無いのか?

 違う、と即座に頭を振る。レグレアにも言われているのだ「早く終わらせて」と。

 リグレット達とは違う……エルメルアにはまだ秘策がある。


「ハハッ……嬢ちゃんは相当頭が回るみたいだな」


 嫌になるほどの強敵だと、認めざるを得ない。

 予知という先手を封じる能力を持ちながら、こちらから攻めなければいけない理由を押しつけているのだから。


「前言撤回だ。嬢ちゃんなら、俺の想像した結末を……未来を変えられるかもしれねぇ」


 グリーフの表情が変わったのを見て、エルメルアも身構える。周囲の花弁も姿を剣へと変え、グリーフの挙動を見守っている。


「だから全力でかかってこい。その王としての意思が、本物だってことをな!」

「……っ、『万花(シフト)』、『集い護る星花の光(シュトラル・プローテ)』!!」


 言葉が終わると同時、グリーフは弾丸のような速度でエルメルアへと接近する。その突撃に、花弁の迎撃では間に合わないと判断したエルメルアは盾を形成し獅子を止める。

 止めるのは簡単だった。だがエルメルアは焦りを見せる。


 こうなってしまった以上、グリーフに対抗するには『予知(プレシアンス)』を絶え間なく行うしかないのだから。

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