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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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69. 動き出す影と蝶

 リグレットとの決闘を終え、その場を去ろうとするその後ろで、ひらひらと黒い蝶が舞い降りる。

 それは淡く光を放ち、人の形へと姿を変化させていく。


「会いに行くって、誰に?」


 静まり返った城に訪れた澄んだ声。若干の拗ねが混ざったようなそれに、グリーフは進める足を止め、ゆっくりと声の主の方へと振り返る。


「ブランの嬢ちゃん」

「ふぅーん??」


 そして渋々と嘘偽りない事を言えば、声の主はその真偽を確かめるためかわざとらしく顔を覗き込む。すると自然とぱっちりとした猫目と目線が合う。何の我慢比べか、数秒こちらの瞳を掴んで離さない彼女に、グリーフは負けを認めて目を逸らす。決して嘘は言っていないが。


「……そも、一部始終見てたんだ。知ってるだろグレア」

「――! ……へへ、バレちゃった?」


 未だ上目遣いでこちらを見るのを突き放すようにそっぽを向いて、グリーフは先程までの彼女の行動を指摘すると共に懐かしい名前を呼ぶ。グレア――その呼び方にレグレアは一瞬だけ意外そうな顔をした後、すぐに猫のようにグリーフへと擦り寄る。

 

「バレるさ。俺を誰だと思ってる。……それと、今は手にしてくれ」


 近寄る彼女を大きな手で軽く止め、髪を乱さないように優しく触れるグリーフ。しかしレグレアは満足と不満を行き来しているような内心が読み取りにくい表情をしていた。


「……悪いな。綺麗なものを汚すのは、流石にな」


 レグレアの様子からして必要はないだろうが補足をしておく。本当ならばこんなボロボロの状態では触れるのも躊躇う所ではある。

 しかしこの触れ合いが無ければ、彼女の命が続かないのも確かなのだ。余裕そうに甘えているが、今もこの戦場全てを監視するために魔力を失っているのだから。


 そんな上の空のグリーフにバレないよう背を預けてもたれかかるレグレア。グリーフもまた無意識で彼女の体重を支えるが……それがダメな事に気づいた時には、もう遅い。レグレアのしたり顔に、グリーフは渋々とした顔を返した後ため息を吐く。

  

「それにしても。あの子と戦っている時、すごく嬉しそうだったね」


 そんなグリーフを他所にレグレアは彼から離れるのではなく更に背を預け、先程の戦いの事を話す。そのため息が、嫌悪の感情から来るものではない事をレグレアはよくわかっているからだ。


「まぁ……そうだな。今まで骨のある奴は少なかったし、何よりあの坊主を見てるとラフィデルの奴を思い出してな」


 指で頬をかきながら、懐かしむような声で話すグリーフ。レグレアもそれに頷く。しばらく監視をしていたが、確かにあの子はラフィデルに似ているのだ。例えばどんな強敵を前にしても諦めない姿勢、そして異性の好みといったそういった所までも。


「不思議……。エルちゃんがそうなのは血縁だからわかるけれど――」


 確かにあのふたりはいつも近くにいたが……とようやく興味を持ったようにレグレアは視線をリグレットへと向けると、若干目を大きくする。


「なんだ? 坊主に惚れたか?」

「先約がいなければ惚れてたかもね。……それより」

「どうかしたのか」


 冷やかしの言葉を軽くあしらったレグレアは目を細め深く考え込む。僅かに焦りの色を見せているその表情からして、何か良くないことが起きているのだろう。


「……ダーリン。これからエルちゃんに会いに行くんだよね」

「……そうだが」

「なら、なるべく早く終わらせてあげて」

「わかった。その様子だと今すぐ、みたいだな」

「……うん」

 

 そう頷いたレグレアを見て、グリーフはそっと傍を離れ軽く身支度を整える。


「本当に――気をつけてね」

「ああ」


 軽く挨拶を済ませ、もう一度グリーフはレグレアの頭へと手をおく。


「まぁお互い様だけどな。……グレアも、これから大仕事があるんだろ?」

「……ほんと、よく気づくなぁ」

「だから俺を誰だと思ってる。……だから、今回は――2人で気をつけなきゃな」




 そうしてグリーフと別れを告げた後、レグレアは1人……リグレットを見ていた。傷1つない……その身体を。

 別に不思議では無い、やろうと思えば予め回復術式を仕込んでおけば誰にでもできること。それでも可能なのは大まかな部位への回復のみ。ただ一点に集中した回復など、普通は不可能な話。しかしレグレアはそんな不可能を可能できる人を知っている。


(だとしても、自分を酷使し過ぎだよ……! エルちゃん……)


 それがレグレアが焦っている点。例えこれがブランを勝利へと導く王手だとしても……恩恵(ソフィア)の代償を最小限に抑えられる期限を大きく超えている。

 ぎり……っとレグレアは歯を食いしばった。もし自分が……恩恵(ソフィア)を酷使したその先を教えていれば、こんな風にならなかったのではという遅すぎる後悔。

 今ならばまだ間に合う……そう思った矢先、レグレアを取り囲むように現れる、影。


「……ほんっと、空気読めないわね」


 まるでそれが誰なのかわかっているかのように、レグレアは悪態をつく。


『ちゃーんと読んで、最後まで付き合ってあげましたよ? 貴方達2人の最後のお楽しみを……ね』

「あっそ。所詮あたしの真似事をして、でしょ。まぁ……こっちも探す手間が省けたから許してあげるけど」


 嘲笑うような口調で影は話す。レグレアは監視されていた事に特に気にする素振りも見せず、むしろ余裕すら見せていた。

 横目でじりじりと距離を近づけている影を見て、自分以外に危害を加える気はないのだと判断する。守る手間が無いのは楽ではあるが、グリーフ達から距離が離れるのは――。


(でもどっちにしろ、今のあたしじゃ両方は無理か)


 自分の中で否定する。エルメルアの恩恵(ソフィア)が気になる所ではあるが、そこまでの余裕は流石にない。


『余計な事は考えない方が身のため……ですよ。どうせ今の貴方は、全力を出しても私には勝てませんから』


 こちらの隙を狙うかのように、急接近した影。こちらを捕らえようと足場を覆い尽くしていく影に舌打ちを軽くして、レグレアはノワールに広がる森の中へと入っていく。


「全力? 他人の模造と隠れてコソコソしてるあんたには言われたくないわよ、アルタハ!」

『ふふ……そう強がっても、結末は変わらない。貴方は2度も私の手にかかる……幸せ者ですね『幻惑の使徒』――グレア』


 森の中に入り、ようやく姿を見せたアルタハは笑みを浮かべていた。計算通りとでも言いたげなその不気味さに悪い予感がするが……それ以上に悪いことができそうだと、レグレアは小さく笑う。そして逃げるように距離を離して、行方をくらますのだった。

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