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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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67. 再戦

 ブラン王城正門前にて、リグレットはひとり待っている。その手に剣は持たず、風を感じるかのように目を閉じて――ただ、待っていた。

 大きく開け放たれた扉、その先にある教会を背に、ひたすら待つ。狂いそうな程、長い時間。息を吐く度に、鼓動が身体中に響き渡るような感覚。ブランとノワールの決着は自分にかかっているという重圧が、ようやく緊張となって現れたのだ。


「わざわざ余力を残したまま迎えてくれるなんて……。随分気が利くな坊主」


 そんな静寂の中を容易に侵入するグリーフ。大きな獲物を肩に担ぎ、悠々とした態度。だからといってそこに一切の隙など無い。


「ハハ! 一層良い目になった。前とはまるで別人……ある程度は己の在り方が定まったようだぁな」

「…………」

「なんだ……。黙るなよ、折角なんだからよ。もっと楽しもうぜ?」


 鋭く睨むリグレットを見て満足気に笑うグリーフ。しかし対するリグレットは沈黙を保つ。それもそうだ、こうしたやり取りの間にもブランとノワールの戦いは繰り広げられているのだから。


「仲間が心配か?」


 そんなリグレットをグリーフは煽る。ほんの僅かに口の端を吊り上げたその表情は、こちらの考えなど手に取るようにわかっているようだった。


「早いとこ決着つけて……なぁーんて顔してやがるな」

 

 ガハハ! と大きく笑うグリーフ。そしてひとしきり笑った後、冷めたような眼差しをリグレットへと向ける。


「で? 俺を早く倒す算段はあるのか?」


 突きつけられた事実。それは否定も何もできないのが現状だった。リグレットとグリーフの戦力差は多少は埋まったかもしれないが、それでも余力を残せるほどの相手ではない。だからこそ隙を探し、不意打ちから一気に畳み掛ける作戦に出たのだが……実際は隙などなく、ただただ時間だけが過ぎていくのだ。


「どんだけ考えても正攻法しか残ってねぇよ。軍ならまだやりようがあるが、個の戦いで――それもこんな平坦な地じゃあ……無理だな」

「…………」

「来るなら来いよ。いつでもいいぜ」


 事実を述べるグリーフにリグレットはただ無言を貫く。しかしグリーフにはその無言が、焦りからくるものだという確信があった。だから挑発するように指を動かし、リグレットを己の狩場へと誘う。


「……ッ!!」

「――ッ!?」


 当然リグレットはその誘いに乗るしかない。ただ、ひとつだけグリーフは誤解をしていたのだ。

 全速力を乗せた脚でグリーフの真上を飛び越えるように跳躍。意表をついたそれには、グリーフも僅かに反応が遅れる。だがリグレットにはそれだけで充分だった。


 平坦な地。故にリグレットの進路は容易く見抜ける――というのがグリーフの想定だった。

 しかしリグレットは違う。ティアとの特訓によって得た『錬成術』を用いて、空中を自由自在に動き回れる事が可能だったのだ。

 ティア達が言っていた「錬成できるものは術者のイメージ次第」というのが今になってようやく分かる。「鬼遊戯」によって得た繊細さで、空気中に漂う微量な魔力から足場を錬成、そしてすぐさまそれを蹴って軌道を変える。

 傍から見ればそれは不可解な軌道であり、予測は当然不可能。速度を保ったままグリーフを錯乱し、がら空きになった背に向けさらに速度を上げる。


「――『無銘の神剣(ノル・クラレンツ)』!!」


 そして放たれた斬撃。それをグリーフは――。


 ――大剣で受け止めていた。


 それでもリグレットは動じない。地を蹴り距離を取り再度猛攻。ティナとの修行によりさらに磨かれた剣撃はグリーフに割り込む隙を与えない。

 一方的な攻めが続いた後再び距離を取り、両者共に息を整える。この猛攻の中、多少の傷を鎧につけたグリーフに対し、一度も反撃をされていないというのがリグレットの特訓の成果を何よりも物語っていた。


「なるほどねぇ……。ティアのやつ、とことん仕上げやがったな」


 しかしグリーフは軽く肩や首を回し、まるで先程までは準備運動だったとでも言うように余裕な素振りを見せながら、ニヤリと笑う。勿論リグレットもグリーフがこの程度で終わってくれる男ではないと知っている。

 何せこの男は、魔獣の大群の中1人残されても生き残るほどの男なのだから。


「……『脚力強化(ファスネル)』!」


 静かに呟いた強化魔術。軸足に力を入れ、軽く地面を蹴り……互いの距離を一気に縮める。弾丸のような一撃はグリーフを後退させるには充分なもの。そしてその隙を狩りとる追撃を間髪入れずに叩き込む。防がれてもその次の一撃を、鋭く重い一撃を何度も何度も。


「本っ当に……強くなったなぁ坊主――」


 リグレットの攻撃を受け止めながら、白い歯を見せるグリーフ。決して一方的な猛攻は変わらない。しかし確かにグリーフの笑みを見てから、奇妙な違和感を感じるようになった。徐々に徐々にと自身の剣がぎこちなくなっている……そんな違和感が。


「だが、手の内を見せすぎだ」


 猛攻の最中、違和感の正体を無意識に探る。リグレットは洞察力に優れた者だ。原因は自分だけでなく、グリーフにもあるのだとすぐさま理解した。

 だがその一瞬、全身に巡らせている強化魔術……その魔力量が乱れたのだ。それは寸分の誤差程度のズレ、しかし確かに攻めのリズムは僅かに変化した――その瞬間を待っていたと言わんばかりにグリーフは大剣をリグレットへと押し付けるように勢いよく前身する。

 

 ガキッ……っと鈍い音。振り切るはずの剣を強引に止められ意表を突かれたリグレットへと、グリーフは頭突きを見舞い続け様に腹部に拳を打ち込む。

 明滅する視界、込み上げる吐き気。体内に響く鈍痛に身体が自然とうずくまっていく。


「ティアは俺の師匠でもあるからな。坊主の剣はあいつにそっくりなんだよ」


 見下ろしてグリーフはそんな事を言う。見上げるリグレットの睨みを見て、戦う意思が折れていないのを満足そうにしながら。そうしてグリーフはゆっくりと語りだす、こちらが回復するのを待つかのように。


「坊主はあいつから攻め方を教えられただろうが……。俺はその逆で、守り方を教えられたんだよ。相手を観察し、反撃の機を見て一撃で仕留めるっていうな」


 その言葉にリグレットは歯を噛み締める。猛攻は悪いものではなかったが、グリーフからすれば観察する絶好のチャンスだったのだから。


「攻めに徹したティアからどう反撃するか――その課題が終わるまで数ヶ月だ。嫌になるほどあいつの剣を見てきた……多少見ればある程度はわかるんだよ。だから――」


 ある程度回復したリグレットは立ち上がる。遠回しに無駄だと告げるグリーフに反抗するように。

 グリーフは強い。それに彼が言うようにティアに劣るリグレットの攻撃は容易く見切れるのだろう。

 だからこそリグレットは言われたのだ――「全力で戦ってください」と。


「だから。もっと全力で来い――だろ、おっさん」


 グリーフの言葉を遮り、リグレットは彼が言おうとした言葉を口に出す。ニッと満足気に笑うグリーフ。そして2人は己の獲物を再び手に、構えを取る。

 あの時エルメルアの右目は淡い翠色をしていた。それが示すのは彼女が恩恵(ソフィア)を使用していたということ、もっと言うならリグレットとグリーフの戦いの、その先を彼女は視ていた。

 そして約束をしたのだ「必ず生きて帰る」と。


 少女の願いを背に、リグレットは再び黒獅子と刃を相見える――。

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