62. 自分の役目
爛々と陽が室内を照らす中、リズラは1人騎士団の集会所にて座っていた。公務に明け暮れている訳でも、ただ暇を潰している訳でもない。ただ目を瞑り来客を待っていたのだ。
時々重なってはズレる足音、物音のない部屋でも、耳をすまさなければ聞こえないそれを感じ取ると、ゆっくりとリズラは扉の方へと椅子ごとくるりと回転させる。
そして遅れて集会所にやってきたのは、リグレットとエルメルア。主従の関係、自分とセアリアスの事を考えれば当たり前の光景だが、どこかモヤッとしたような気持ちが晴れない。
「……天気、いいですね」
気づけばそんなことを言っていた。知り合い初めのような会話をする関係ではないというのに。
窓辺から射す陽が強くなり、足元から生える影もより濃さを増した。
「ああ、そうだな。……外の方が良かったか?」
「いいえ、全然。むしろ眩しくて、こっちで良かったです」
こちらを案じるようなリグレットの言葉。そういう所だ。こちらの気分が晴れないのは。鈍感な癖に態度だけは無駄に優しくて、本当に……諦めたくても諦めきれない自分が本当に憎い。そんな心の内を誤魔化すようにリズラは軽く咳払いをする。
「それで? 今日は改まってどうしたんです?」
戦いが続き、その治療のために慌ただしくなった城内で、リグレットとエルメルアが2人揃っているのは滅多に見られない事。そもそも数日前までリズラさえも安静にしていたのだから、見ていないというのが正しいかもしれないが。
「……次の――」
リグレットが口を開こうとしたのを、エルメルアが止める。
「白花騎士、副団長リズラ。次のノワールとの決戦……その指揮を、貴方に任せます」
その言葉は団長からではなく、女王であるエルメルアから。
ノワールの大軍相手に今まで何とかなっていたのは、他でもなくエルメルアの恩恵あっての事。それをリズラに任せるというのだ。
「随分な、御役目……ですねぇ」
わざわざエルメルアが言うのだ。冗談や夢などではなく、本気なのだろう。
己の判断が一国の命運を握っている。想像しただけでもわかる、これは誰しもが避けたい事だと。
名声や戦績として、誇れるものなのかもしれないが、それよりもずっと重い何かがのしかかっているのだから。
「でも、それを私に頼むという事は……何かしら大規模な作戦が?」
断りたい、それが本音だ。だが、それ以上の事をやってのけようとしているのが、エルメルアの表情から伝わった。
「ええ……。私は――私が持ち得る手段全てを使い、グリーフを倒します」
そう言い切ったエルメルア。決して絵空事を言っているわけではない。必ずそうなるのだと思わせるほどの確信に満ちた表情だった。
それにノワールは数こそ多けれど戦略は単調、3度にわたる戦いで見飽きたそれは、きっと4度目でも変わることはない……そんな判断からこの作戦を決行する事に決めたらしい。
「…………」
ぎゅっと胸の前で拳を握りしめ、目を瞑るエルメルアを他所目に、リズラは自分自身へと答えを求める。
本当にこれでいいのか? もっと他に方法はないのか?
誰がどう見ても、このか弱い少女にあんな化け物の相手を任せていいはずがない。そもそも……エルメルアの決断はリグレットは承認したのか?
ちらりと見る。リグレットの表情には沢山のものが見えた。
迷い、後悔、憤り……しかしそれ以上に吹っ切れたような何かが、そこにはあった。
それは従者として護るためのものではなく、それ以上の何か。それに気づいてしまって、思わず笑ってしまった。
「……わかりましたよ。その御役目、引き受けます」
その笑みは呆れたような、諦めたような笑いでもない。
ただ純粋に、護るものができた笑いだった。




