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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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60. 黒との決戦に向けて

 リーゼロッテ達が去り、残されたエルメルアとリグレットは互いの顔を見て、安堵したように胸を撫で下ろす。


「姫、ご無事で何よりです」

「リグレットこそ。余程の相手だったのではないですか?」

「ええ……。ですが狙いはリーゼロッテ様だけで、私には何も」

「そう……だったんですね。リゼも、まさか……」


 エルメルアは目を伏せる。知らない相手に過去のトラウマを触れられたリーゼロッテも勿論だが……。幼少期からの付き合いであったはずの友の過去に触れ、エルメルアもまた動揺していたのだ。


「……ですが、リゼも無事で何よりでした。リグレットに……」


 それを隠し、エルメルアは再び話を戻そうとして……何かを思い出してじとりとリグレットへと眼差しを向ける。


「……? 姫、どうかしました?」

「いえ、別に。…………ただ少し羨ましかっただけです」


 思わずリグレットが問いを投げれば、エルメルアはそっぽを向いてごにょごにょと小声で呟く。そしてわざとらしく咳払いをして、リグレットへと顔を向ける。


「それよりも。リグレット……遂に、迫ってきてしまいました」

「……そう、ですか」


 両の眼は蒼色のまま、エルメルアは悲しそうにする。そしてリグレットも、それが何を意味しているのかわかっていた。

 

 ノワールとの3回目の戦い。その日が迫ってきているということ。


「私達ブランも……そしてノワールも、これが最後。双方の損失は多く、これ以上はお互い望まないでしょう」


 リグレットもそれに頷く。ブランもノワールも、魔獣の襲撃によってかなりの損失があった。ロミは片腕を失い、ノワールの兵士達も多く亡くなっただろう。


「……ノワールの兵数の暴力もできず、私の『予知(プレシアンス)』がある限り奇策もできない。きっと最後は力と力のぶつかり合いでしょう」

「…………」

「そこで、今回は『予知(プレシアンス)』は用いず、リズラの指揮の元、ノワールを迎え撃ちます」

「……それは、どういうお考えで?」


 従者としてでなく、騎士として。リグレットは王の采配を聞く。そしてまた、騎士としてその采配の意味を尋ねる。


「……前回の魔獣。はっきり言えば私には予知できなかった想定外の出来事。それが今回もあるかもしれません」

「……承知しました。リズラにはそう伝えておきます。ですが――」


 そして今度は従者として……リグレットはエルメルアへと一呼吸おいて、次の言葉を発するタイミングを伺う。

 その雰囲気に、エルメルアは心して構える。


「――何があっても、姫は逃げてください」


 それは……ブランの騎士団が万全の状態ではないからこそ、出たものだった。

 そしてそれを受けて、エルメルアは目を伏せ、視線を泳がし……僅かに体に力を入れ、ぎこちなく笑う。


「……それは、約束できません」

「……! どうして?」


 申し訳なさそうに言うエルメルアに、リグレットはその意味を強く求める。


「私の身を案じてくれているのは、わかります」

「なら……!」

「では、王が民を見捨て……その先に何が残るのですか?」


 その理由を話すエルメルアの瞳には強い意志が宿っていた。それだけは絶対に譲れない、そんな眼差しでリグレットを見つめる。


「私が今まで王として歩いて来れたのは、紛れもなく私1人の力ではありません。そんな王が残っても……何も成すことはできません。ですが、共に戦い、その勇敢さを示す事で鼓舞する事はできる。それが私の……王としての、誠意です」

「……今の姫ならば、また新たにブランを建て直すこともできます。しかし姫がいなければ……! それすらままならない。僅かな騎士団と命を共にするより、残った国民達と――」


 考えを曲げないエルメルアに、リグレットも徐々に熱が入っていく。もうブランに戦力という戦力は残っていない、魔獣が現れれば、できる事はせいぜい時間稼ぎくらいだろう。

 目の前の少女が赤く染まる……そんな想像をしただけでも、リグレットには耐えられなかった。だからこそ見捨てて遠くへ逃げてほしい。今回は恩恵(ソフィア)による身体への負担で済む話ではないのだから。


 膨れ上がった熱と想いを、エルメルアへと吐ききる……その寸前で、ぴしゃりと水を差すように、冷ややかな音。そしてぐわんと揺れる視界。

 何が起きたのか、何をされたのか……リグレットがそれを理解するよりも早く目で捉えたのは、右手を振り切っていたエルメルアの姿。


「国民達と……。国民達と、なんですか……!」


 潤んだ瞳で、リグレットを睨むエルメルア。自らが遮ったリグレットの言葉……その続きを尋ねる彼女からは、明確な怒りがあった。


「逃げて私だけでも平穏に暮らせばいい? それとも新たなブランを建て直せばいい? ……そんなふざけた事は言いませんよね」


 今まで溜め込んでいた燃料に一気に火がついたように、エルメルアは静かに、リグレットが考えていた事を塞いでいく。

 圧倒され黙るリグレットに、エルメルアは更に拳を握る。そしてその頬に、遂に溢れてしまった涙が伝う。


「……どうして――どうして貴方はいつも! 自分の身を犠牲にして事を解決しようとするのですか……!」

「それは……」

「確かに、私はまだまだ力不足。リグレットからすれば護るものが増えて対処できない場面も多くなるかもしれない――でも! でも……! 私には恩恵(ソフィア)がある。未来を知ることで最悪の運命を回避できる、わざわざ見捨てる事などしなくても、手を取り合えば……いいじゃないですか!」


 次第に早口になるエルメルアに、リグレットは何も言い返す事はできなかった。

 「心配するばかりで、信じてやる事を忘れるな」――そうグリーフから言われ、頭で理解しているつもりでも、いざ彼女が危機に直面するかもしれないとわかると過保護の部分が出てきてしまうのだ。


「……すみません。しかし……やはり。恩恵(ソフィア)の代償で傷ついていく姫を、従者として、私は――」

「……わかっています。私が恩恵(ソフィア)を宿してから、リグレットはいつも心配そうにしていましたから。それにノワールとの戦う前、私が予知(プレシアンス)を使う判断をしても……貴方はどこか暗い顔でした」


 乱れた情緒を落ち着かせるように、エルメルアはゆっくりとリグレットの言葉を受け止める。その右眼は、たとえ光が失われていたとしても……力強く、動くことの無い意志が宿っている。


「……姫は、怖くないのですか。恩恵(ソフィア)という力、それを使い続ければ代償に蝕まれ……死んでしまうかもしれないのに」


 ぽつりぽつりと殺していた想いを零すリグレットに重なるように、降り出した雨。白で飾られた町が、雨に打たれ僅かに黒く淀む。

 その想いに、エルメルアは目を伏せる。雨のせいで、もう泣いているかはわからない。


「また貴方を戸惑わせてしまうかもしれないけれど……正直に言えば怖いです。代償の影響は、きっと右眼だけでなく左眼にも……いつ暗闇の中に閉じ込められてもおかしくない。それでも――」


 開けた瞳、蒼い双眸はリグレットを真剣に見つめる。


「私は……もう目の前で大切なものを、失いたくないんです。代償の痛みよりも、その心の痛みの方が……私にはよっぽど辛い」


 エルメルアはその言葉を噛み締めるように呟く。

 その言葉にリグレットははっとする。自身が災厄で誓いを立てたように、彼女もまた信念が宿っていたのだ。


「私は、貴方が……皆がいるブランが好きなんです。私だけでもブランは成り立つのかもしれない。でも私はワガママですから。私だけのブランじゃ嫌なんです」


 そして俯いたリグレットの視界にわざと映るように上体を屈ませ、にこやかに微笑む。

 それが彼女の想い。もう彼女は、様々な人を失った災厄から、何もできずにただ逃げていた少女ではない。

 

「それに。私の従者は貴方1人だけなんですから。世話役は沢山いても、かけがえのない時間を共にしたのは貴方だけ。私がこんなワガママを言えるのも、私のこんな性格を知っているのも……貴方だけです」

「…………」

「だから。だからこそ、貴方に言います」


 そしてエルメルアは屈んでいた上体を起こし、すっとリグレットへと手を差し伸べる。


「私がブランを導くように……リグレット、貴方が私を導いてください。たとえ恩恵(ソフィア)の代償で、私から光が奪われてもいいように」

「……!」


 その言葉にリグレットはようやく、抱え込んでいた悩みが霧散していくのを感じた。そしてエルメルアの手をとり、誓いを立てるように姿勢を低くする。見上げた顔にもう迷いはない。


「ふふっ、そもそも。私のために貴方が命を懸けているのです。ならば私も、私の全力をもって支えるのが当たり前というものですけどね」


 いつの間にか晴れ渡る空、水滴に彩られた白の家屋や城壁と共に輝いたエルメルアの笑顔。

 互いを大切に思うからこそ、すれ違った想いはようやく交錯し、姫と従者――そして王と騎士の固く結ばれた誓いへと変わる。

 もう迷いはない。後は決戦の盤上を白く彩るだけ――。

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