5. 白き姫と小さな決意 前編
小鳥がさえずる頃にはエルメルアは目を覚ましていた。
既に寝間着から着替えており、今日は白色の七分丈ブラウスと紺色のフィッシュテールスカートという組み合わせだ。
胸元のリボンを結んで、鏡の前に立つ。服装の乱れが無いか確認した後、自分の顔……特に右目を見る。
「特に変化はない……ですね」
昨日あれだけ痛みがあったのに、腫れているということも無いし、代償なら痛みだけでなく視力の低下も……と考えて右目だけで辺りを見てみるが、特にぼやけて見えたりもしない。
残ったのは自分の中の不安だけか……と思うエルメルアは自分の両頬を軽く叩く。いつまでも悩んでいても仕方ない。予感が本当かはさておき、対策はしておいて損は無いだろう。そう考えて、エルメルアはリグレットがいると思われる騎士団の部屋へと向かうべく、自室を後にした。
騎士団の部屋に着いて、中を覗いたが誰もいない。だいたいこの時間は、ここで集会をしていると少し前にリグレットから聞いたのだが、今は違うのだろうか。
「姫様がここに来るなんて珍しいですねー」
部屋の奥から声がした後、しばらくして糸目の男性がやってくる。その手には2人分の紅茶が用意されていた。
どうぞ、と差し出された紅茶を受け取り、近くにあった椅子に座る。淹れたてのようで、湯気がもくもくとあがっている。
彼の名はロミ、騎士団の1人で糸目のため表情が分かりにくく、悪い人ではないが何を考えているのかわからない人だ。
「毎回思いますが、なんでロミさんは声も聞いてないのに私だってわかるんですか」
「いやー、まぁ。足音でだいたいわかりますよ? それに人によって歩き方の癖とかありますし」
ティーポットを奥の部屋から持ってきた後、エルメルアに対面する位置に座って、ロミは紅茶に口を付ける。
「それで、姫様は何しにここへ? 少なくとも僕目当てではないのはわかりますけど」
「……リグレットに話があってですね」
ロミは、しばらくエルメルアの顔を見る。まるでこちらの真意を確かめるように。
「今は自室にいると思いますけど、それよりもその話は本当に、リグレットじゃなきゃダメな事なんですかね」
「…………!」
痛い所を突かれて、エルメルアは黙ることしかできない。
その様子を見たロミは、やれやれと息を吐く。
「もう姫様はこの国の王様なんです。ちょっとやそっとの事では、誰も姫様の話を嘘だなんて蹴飛ばしませんよ」
本当にエルメルアの心を見透かしたようなことを言うロミに、エルメルアは困ったように笑う。
「……なんでそんなにもわかるんですか」
「姫様は顔に出やすいんですよ。特に嬉しい時と不安な時」
ほら今も顔に出てます。と言われたので、ロミと顔を合わせないようにそっぽを向く。
その様子を見て、ロミはたははーと笑う。
「それじゃ、僕はリグレットとリズラを呼んできます」
「リズラさんも、ですか?」
「ええ。僕の勘ですけどね。姫様がこれから話す内容は、本当なら騎士団の全員が聞いておくべきだと思ってます」
「…………」
「まぁでも、国の復興の手伝いに行ってる団員もいるので、せめて団長と副団長の2人にはと思いまして」
「……そう、ですか。わかりました」
お菓子でも食べながら待っていてください、と言って部屋を出ていくロミに礼をして、エルメルアは胸に手を当てる。
自室を出る時に知らないふりをした不安の気持ちは、いつの間にか無くなっていた。今ならもう少し恩恵を制御する事ができるかもしれない。
「できるかもじゃなくて、やらなきゃだよね」
自分に言い聞かせるように呟いて、エルメルアはリグレット達を待つのだった。