54. 紅の来訪者
カチ……カチと時が刻むリズムを、エルメルアは目を閉じて聞く。
今日は予知した日の当日――リーゼロッテの命が狙われる日。
誰が、どこで、何時――それら詳細は不明、なぜなら自分自身も……狙われているのだから。
しかしエルメルアの焦りは、友人の方に傾いたまま。誰に狙われるかわからないため、リグレットに護衛を任せた。
だが、しかし。もし、護衛のリグレットまで……そんな不安が頭を過ぎってしまう。信じていても、不安なものは仕方がない。
2つの針が天井を刺し、響き渡る鐘の音。
それを合図と言わんばかりに開け放たれる、城の正門。
その中央にて立つのは柔らかな赤紫の長髪、その上に御伽噺に出てくるような黒いリボンを乗せた少女だった。
「御機嫌よう、リーゼロッテ=ロード=ヴェルメニーチェ」
「ええ、御機嫌よう。……エルメルア=フォン=ルーチェ」
エルメルアの王女としての対応に、リーゼロッテは必死に笑いを堪えるように同じような対応をする。
しかしその優雅な佇まいや、それに合わせてふんわりと舞うクラシカルなドレス……どれをとっても王女としての抜け目はなかった。
「この度は貴国の御助力、感謝――」
「ぷっ……あははは!」
「…………リゼ」
そうして続けられる王女としてのやり取りに、先に音を上げたのは勿論リーゼロッテだ。
糸が切れたように笑い続けるリーゼロッテを、エルメルアはじとりと睨むが、その声は止みそうにない。
「別にそう畏まらなくてもいいって前も言ったのに、エルったら……あはは」
「一応、今は国の王女としてだから! ……それにしてもリゼ、笑いすぎ」
「だって面白いんだもの」
ふふっ、と笑い続けるリーゼロッテをエルメルアは深く溜息を吐く。
今までリーゼロッテとは王女としてではなく友人として接してきていたのだ。自分達の父親が国の話を進める裏で、一緒に遊んだり話したり……。そこには王の娘という立場など関係なく、ただの少女としての付き合いだったのだから、実際「王女」として話をするのは初めての事。
しかも今まで仲良くしていた分、今更余所余所しい対応をするのも恥ずかしくなって、どこかぎこちなさが出てしまうのもある。……リーゼロッテが面白いと思うのも無理はないだろう。
「そんな事よりもエル、私久しぶりにブランのフィナンシェが食べたいわ!」
そして何かを思いついたように顔を輝かせて、エルメルアの手を掴んでワルツを踊るように回るリーゼロッテ。
考えるよりも先に身体が動くタイプの彼女は、昔から自由奔放で天真爛漫で、振り回される事が多かった。
「フィナンシェは後で。それに皆を待たせちゃ悪いでしょう?」
「……それもそうね。久しぶりにエルと会えたから、はしゃいじゃったわ」
冷静なエルメルアに宥められたリーゼロッテは、くるりと華麗なターンを決めると同時に指を鳴らす。
軽快な音を合図に、門の後ろから現れたのは、身の丈に合わないパーカーに短めのスカートの淡い桃色髪の少女に、身体の至る所に包帯を巻いた少女。そして全身を鎧で包んだ長身の者に、手に持つ時計に視線を釘付けている少年――4人の男女だった。
「これがルブルムが誇る精鋭『D.C.』。……まぁ言っても、ルブルムは要塞都市だから、私達以外に戦える人はいないのだけれどね」
そう言って肩をすくめるリーゼロッテを余所に、エルメルアは4人の様子を僅かに見る。武装も何もしていないその少女達の中に……もしくはその全員がエルメルアを、そしてリーゼロッテを狙っているのかもしれないのだから。
「――ほら、皆。私の親友に挨拶して?」
「はいはーい!」
そしてリーゼロッテが挨拶を促せば、元気よく声を出したのは淡い桃色の髪の少女。少女はエルメルアへと距離を詰めて、赤い飴玉のような瞳を輝かせて名乗り出る。
「あたしはドロテアだよ。呼び方はあたしって分かれば何でもいいよ! よろしくね、エルっち」
エルっち……そう呼ばれて困惑したが、そのキラキラした眼差しはこちらを見ているので、聞き間違いではないのだろう。
そんなエルメルアの様子を見て察したのか、包帯を巻いた少女がわたわたとドロテアへと近づく。
「そんなに近づいたら……びっくりしちゃうよ、ドロちゃん……。あの、すみません……エルメルア様」
「あっ、いえ……。気にせず」
「優しいお言葉、ありがとうございます……。それと、私はシャリーと、言います。よろしく……お願いします」
風が吹けば消えそうな、か細い声で名乗ったシャリーに軽く頭を下げ、残った2人へと視線を向けるが……その2人は無言を貫く。
それを見てリーゼロッテは何か口に出そうとして――。
『敵襲、敵襲!! 魔獣の群れが、向かってきています!』
突然鳴らされた警鐘によって、止められる。
「――ああもうっ! こっちは任せたわドロちゃん。皆はエルと親睦でも深めてて!」
リーゼロッテがドロテアへと目配せをすると、ドロテアは「はいはーい」と返事をする。
それを確認したリーゼロッテは、門の外へと飛び出していった。
「――リグレット、お願いします」
「……はっ」
リーゼロッテの背を目で追って、自分の後ろに控えていたリグレットへと合図。リグレットは僅かに心配するような素振りを見せるが、すぐ様リーゼロッテの後を追っていった。




