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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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52. 来訪の予兆

 王城に辿り着いたリグレットは最上階目指してひたすらに走る。

 ロミとジュリエッタは別の場所で休ませた。ノワール出身の彼女が万が一見つかれば、どうなるかわからないからだ。


 そんな事よりも――とリグレットは焦燥感を露わにする。今の彼は騎士ではなく従者であり、急に倒れた自らの主……エルメルアの事がただただ不安なのだ。


 人手不足で仕方ないとはいえ、本来ならば従者として残るべきだろう。しかも魔獣との戦いで時間をどれだけ失ったかも定かでないのだ。ただでさえ1人で放置しておくのは危険な状況だったというのに。

 それでもしも彼女を失ってしまったら、自分はどうする――。

 そんな考えばかりが行き来して、次第に彼の足も強く、早くなっていく。


「姫っ!!」


 勢いよく開け放たれた扉、その奥にエルメルアはいた。

 それもどちらかと言えばリグレットに驚いた様子。そんな姿に安堵しながら、傍へと近づく。


「えと、リグレット。その、どうかしましたか?」

「いえ、姫の御身体が心配で――っ……!」


 安堵していて気づかなかった違和感に、至近距離まで近づいてようやく、気づいた。

 エルメルアはやたらと右目を隠すように振舞っていたのだ。


 それだけで理解した。恩恵(ソフィア)を使用したのだろうと。

 こちらから背けていた華奢な身体を掴んでも、その右目を隠す手を退けても……彼女に抵抗する意思はない。

 赤く充血した目は、彼女の白い肌には不釣り合いな程で痛々しかった。


「…………」


 流れた沈黙。どうして――とは、言えなかった。

 リグレットもわかっている。彼女の力が無ければ、自分は今この場に立てていないと。 

 彼女の身体を蝕むものであるならば本当はそんなものに頼る事はしたくない。だがそれが無ければブランは、自分は……それこそ彼女自身の命は、ここには残っていなかっただろう。


 だからこそ何も言えなかった。

 誰もが、そのやり方が最善策だと知っているから。


 どれだけリグレットがエルメルアに恩恵(ソフィア)を使うなと話しても、優しい彼女はリグレット達のために自分の身を削る。彼女がそういう性格なのは、自分が1番知っている。


「……何が、視えたんですか?」


 そう問いかければ、俯いていた顔がはっとしたようにこちらへと向く。


「……隣国ルブルムが支援する、と」


 そう言って渡された1枚の手紙。

 それを手に取り、リグレットは内容をざっと見る。

 簡潔に書かれたその手紙に、おかしいと感じる点は特にない。ルブルムはブランと同盟を結んでいる国、戦力を支援しても不思議ではない。


 気になる事と言えば、何故今なのかということ。

 手紙は真新しいもので、届いたのは昨日今日と思われるが、戦争自体はもっと前から始まっている。

 以前の戦争の影響があったから……と言われれば納得もできるが、ルブルムは隣国と言えど距離はある。それにあの霧の中では遠目から戦争をしていると判断するのは難しいだろう。


「……この事に色々と私も疑問に思って、それで恩恵(ソフィア)を」


 手紙を見て眉をひそめたリグレットに、エルメルアはうつむき加減に話す。


「……それで、予知したのは――」


 そして続けられた言葉は予想にもしなかった事。

 その言葉を紡ぐエルメルアも理解できていないというような表情だった。


「ルブルムの姫であり私の友人であるリゼの命が……狙われているという事」


 ルブルムから支援しに来たと見せかけてブランを滅ぼす、またはエルメルアを狙うというのであれば、まだ理解はできただろう。


「何故リゼなのか、誰が狙っているのか、そこまではわかりませんでした……。そのため彼女が来た際にはリグレットに守ってほしいのです」

「……承知しました。しかし姫は」

「……大丈夫です。私の方は世話役達に頼んでおきましたから」


 確かに5人いる世話役で、エルメルアを守れば安全は確実だというのに――リグレットは微妙な表情をしていた。


「それに、騎士団の皆だっています」


 騎士団は勿論、世話役も戦えない訳ではない。主を守るため、ある程度の護身術や武術は教えられている。

 だがやはり、自分の主は自分で守りたい――そう思ってしまうのが、従者の性というものだろう。

 そんなリグレットに言い聞かせるように手を取って、にこりと微笑むエルメルア。彼女からすれば、リグレットの心の内など手に取るようにわかっているのだから。

 

 得体の知れない相手から彼女の友人を守れる……そう安心して言いきれるのはブランではリグレットしかいない。

 ロミもセアリアスも、魔獣との戦いの傷はまだ癒えていないし、リズラやセレーニは元より戦闘に不向きであるからだ。


「……別に不満があった訳では」

「……隠さなくても。ここには私しかいませんよ?」


 手を取られたリグレットは、エルメルアから顔を背けるように小声でそう呟く。

 無意識に働いていたのだろう、リグレットも自分がそんな表情をしていた事に驚いていた。

 エルメルアは動揺するリグレットを見て、笑みを深めて彼の動揺を更に煽る一言。


「でっ、では、私はこれで……。リーゼロッテ様の件は、承知しましたから!」

 

 不意な彼女の悪戯はリグレットにとってはかなりの影響があったようで、触れていた手をすっと離して、その場から逃げるようにリグレットはエルメルアの部屋から出ていく。

 

 そして残ったエルメルア。リグレットが出ていくのを微笑んで見守りながら、その姿が見えなくなったと同時――。

 糸が切れたように、表情を曇らせる。


「……私も私で、なんとかしないと」

 

 世話役の5人や騎士団に護衛を任せたのは間違いではないが、エルメルアは1つ嘘をついてしまった。


 予知は途中で途切れた。それが意味するのは……。

 ――エルメルアも狙われているということ。


 予知ができないのは例外を除けば2つある。1つはエルメルア自身が拒絶しているもの。そしてもうひとつは『予知(プレシアンス)』の保有者(オラシア)であるエルメルア自身の、死の瞬間。

 

 だからこそリーゼロッテが誰によって狙われているのかが不明だったのだ。少なくともエルメルアはリーゼロッテよりも先に――。


「……瀬戸際までなら、予知はできる。なら――」

 

 こんな事を言ってしまえばリグレットに叱られてしまうが……。これはエルメルアにとって絶好のチャンスなのだ。

 それはエルメルアが、密かにティアと特訓を重ねた――『予知(プレシアンス)』を用いた、エルメルアだけの戦術。

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