51. 巡り合う因縁
「…………」
ティアはリグレット達よりも一足先にブランへと辿り着いていた。それもそうだ、ただでさえ『別離の星』でティナと離れていたのだから、早く戻って負担を減らさなければいけないのだ。
だというのに――。
「ティア達って2人でいる時と別々で行動してる時でちゃんと顔変わってるのね」
「……一応念の為言っておくけど、流石にやめなさいよセフィア」
今目の前では、すやすやと寝ているティナを前にペンを持って落書きしようとしているセフィアと、それを呆れて見ているレグレアがいたのだ。
「大丈夫大丈夫、バレないバレな――あ」
その悪戯っぽく笑った顔がレグレアの背後にいたティアを見て、一瞬で固まる。
「は、早かったねぇティア。大丈夫、まだ何もしてないよ何も!」
「…………」
「悪かったって! だからその手を仕舞え!」
「……はぁ。まぁいいです。未遂なら、見逃してあげます。私は優しいので」
「少なくとも無言で『叛逆』出すやつは優しくないと思うけどね!」
「…………セフィア?」
「はい、優しい! ティアちゃんは優しいね、うん! レグレアもそう思うだろ?」
「私に回さないでよ……」
そんなくだらないやり取りをしながら、ティアはティナの元へと近づき、その頬に手を添わせる。
そこから吸い込まれるように、ティアはティナと同化――。
『ん……。やはり、この姿が落ち着きますね』
ティナと1つになったティアは、そんな事を呟きながら軽い伸びをする。眠たそうに開かれた目の色は澄んだ瑠璃の色……今の主導権はやはりティアのままだった。
「おお、いつもの顔だ」
『いつもも何も、全く変わりませんけど』
一連の流れを見て、まだそんな事を口にするセフィアに対して、ティアは若干の呆れを含んだ返答。
「あっはは、ごめんって。……それで、どうだった?」
無邪気なやり取りはつかの間、セフィアは本題へと切り込む。
『……災厄の裏で手を引く者はなんとなく。ただ不確かな要素ばかりで、下手に踏み込むのは危険かと』
「危険……ね。後手後手になるのは癪だけど、あちらも馬鹿じゃないだろうしなぁ。簡単に尻尾を掴ませてくれないか」
創始者達が万全ならば多少の無理はできるが、今そんな事をしてしまえば敵に隙を晒すだけ。そんな手が届くのに触れられない焦れったさにセフィアは頭を唸らせる。
「ちなみに、その不確かな要素だと誰なのよ?」
『…………アルタハ。アルタハ=フェレライ』
そんなセフィアを他所に、レグレアはティアが言わなかった事を聞く。
ティアは僅かに躊躇いを見せた後、その名を口にする。
「アルタハ!? あいつはもう――」
その名に反応したのは、レグレアではなくセフィア。一方レグレアは動揺すること無く、ただティアの言葉の続きを待っている。
『ええ。だから不確かだと。彼女は既に死んでいる……それでも私を襲った魔力も、手段も――紛れもなく彼女のものだった』
アルタハは13年前の聖戦後、数年もしない内に原因不明の死を遂げた……というのが七天の創始者の認識だ。
「……まぁ、生きていても不思議じゃあないけどね。だってアイツだもの。目的の為なら手段も選ばない――死すらも自作自演の錯乱目的って言われても腑に落ちるもの」
そんな中、あっけらかんと言葉を発したのはレグレアだった。
「それに、死んでも生きてるってのは……あたしも同じだから」
しかしその手は固く、強く握られている。それだけではない、彼女の瞳にも決意の光が宿っていた。
「……レグレア。わかってるとは思うけど、仮にアルタハと対面しても1人だけで解決しようとするのは……ダメだからね」
ついつい出てしまったようなセフィアの心配事。それは不意に消えてしまいそうな、そんな儚さを思わせるレグレアだからこそ、彼女が心の中で抱いている決意には漠然とした不安が付き纏ってしまうからだろう。
「……勿論。二度も同じヘマはしないわ」
レグレアも、自分に言い聞かせるようにそう呟く。
自分の身のことだ、誰よりも1番理解している。どれだけアルタハに因縁があったとしても、その私情を挟めるだけの余裕が今のレグレアには無いことも。
「まぁ、まだ向こうも手は出してこないだろうから、先の話だけどね」
重たくなり始めた空気を入れ替えるように、セフィアはけらけらと明るく振る舞う。
油断している訳ではない。彼女は『万象の観測者』――ある程度の事象ならば、既に「観測」している。
「まだって……。じゃあいつなのよ」
「演じられた盤上の……白と黒がハッキリする時、かな」
「……素直にブランとノワールの戦争が終わったらって言って」
謎のカッコつけをしたセフィアに、ティアもレグレアも呆れの溜息。セフィアのこの調子はいつもの事なのだが。
「どちらにせよ、あたし達がやる事は今までと同じでいいんでしょ」
「うん。まだ大きく出るには早いからね。というより、互いに探り探りの状態だからね。下手打って手遅れになるより、無駄と思えるほど入念に準備した方が今の私達には都合がいい」
「そ……。なら――」
結局やる事は変わらない、その事を聞いてレグレアはその場を後にしようとして……その動きを止めた。
「――なら、帰ろうと思ったけど。ダーリンって今こっちにいるんだっけ」
「ええ、彼なら。多少なりとも負傷した体で、魔獣に遭遇されても困りますからね」
「……はぁ、そっか。…………ならまだいるわ」
グリーフがブランにいると聞いて、レグレアは困ったような顔をしてブランに残る選択をした。
その選択を渋ったのは、彼女が元々ブランの出身だからというのが関係しているのだが。
「別に何かした訳じゃないけど、なんだか居心地悪いのよね」
「んー、まぁ……。前はブランとノワールは協力関係だったから、両国間で婚約ーとかよくある事だったけど。今はねぇ……」
表向きでは戦争をしている国同士であるし、迂闊な行動はできない。かと言ってブランの城内はレグレアからすれば窮屈なのだ。
「まぁいいわ、探せば何かあるでしょ」
「念の為言っておくけど、うちの娘に変なこと教えないでね」
「しないしない。……多分ね」
そんなブランにも、楽しみは数えられるくらいにはある。それに勘づいたセフィアが何か言っているが、レグレアは聞いているのか聞いていないかわからない返答と、悪戯っぽい笑みを浮かべて、夜風へと消えていった。
残ったのはセフィアの戸惑うような声と、2人のやり取りにやれやれと首を振るティアの姿。しかしそれらも、近づいてきた賑やかな声達から逃げるように消えていくのだった。