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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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48. 精霊たるもの

「『魔力深化・解放(ディアブレイブ)』」


 ティアの澄んだ声が木霊する。


「……ほんの少し貴方の力をお借りしますよ、ティナ」


 魔力深化・解放(ディアブレイブ)――それはティナとティアが交わした誓約……自分達の力を制約し、この術式を唱えた時のみ解放するというもの。


 妖精と精霊は契約を交わすことで、互いの魔力を共有する事ができる。勿論その魔力を保有するのは妖精と精霊それぞれの身体であるが……ティナとティアの場合は違う。

 彼女らはひとつの身体に2つの意思があるという特異な例である。つまりは保有する魔力も同じ身体である。しかし互いの合わせた魔力を維持できるほど、彼女の身体は強くない。

 そのための制約と誓約。身体の決定権をティナが持っているのであれば、魔力の決定権を持つのはティア。だから「ティアが承認した時のみ、ティアの魔力を解放する」そうやってティナへの負担を減らして彼女達は生きてきた。


 そして今、ティアは自身の――精霊としての魔力を解放した。


「この感覚……久しぶりですね」


 それは普通の魔力ではない、深化した魔力。魔力源である魔素に限りなく近い……精霊のみが持つもの。

 簡単に言えば、より純度の高い魔力を使用するのだ。だから効率良く魔術を発動でき、その効果も飛躍的に上昇する。

 例え魔力を解放したとしても『別離の星(ヘメロスティア)』で2人に別れた今なら、負担は自分にしかかからない。


 とはいえ懐かしむだけの時間は残されていない。

 本当ならばこの余韻に浸っていたいが、そんなことをしていれば魔獣に蹂躙されて、ブランもノワールも滅んでしまう。

 それに生命を魔力で維持する精霊にとって、魔力を消費するのは自ら首を締めているようなものなのだから、遊んでいては自分も命を落としてしまう。


「『二彩鋭晶(エルアクート)』」


 ティアは静かに目を閉じ、慣らすように足でリズムを踏む。そして右の手に集った翠の光を包み込む。


「……『翠玉(エメラ)』」


 手に包まれた翠の光が象ったのは不思議な形をした刃。持ち手まで覆うような流麗な曲線を描くそれを腕に添わせるように持つ。そしてティアはもう片方に集い始めた蒼の光を握りしめる。


「『瑠璃(ラピス)』」


 そして現れた何の変哲もない長剣。しかし細部はちょっとした飾りで彩られており、水晶のように磨きあげられた瑠璃色はとても美しいものだ。

 それらを確認して、ティアはふぅ……と一息。


「災厄の苦痛から……解放しましょう」


 トン……と静かに地を蹴り、空を覆う魔獣目掛けてティアは駆ける。

 そして何もすることなく、魔獣をすり抜け――音もなく着地。振り返ったティアは未だに形を保つ魔獣を憐れむように、ゆっくりと口を開いた。


「……『黄昏』」


 その声が空気を、魔獣を震わせ……その形が一瞬にして崩れ去る。それは氷の塵となって風と共に消え去った。

 『黄昏』――それはティナ達が編み出した剣技。持ち前の速さを活かし、痛みすらも……自身が死を迎えた事すら感じさせず終わらせる。


「…………」


 空から舞い降りる雪を手に受け止め、それらに願いを込めるよう握りしめる。

 魔獣は自ら望んでこうなった訳では無い。利用されたか、偶然の産物なのだ。ならばせめて次なる生命に祝福を送るのが精霊としての役目だろう。

 

「次は……グリーフの所にしましょう」


 手に乗っていた雪が溶けて無くなったのを見て、ティアは振り返り、目を細めて彼方を見る。

 目を細めた先……そこには魔獣の群れを相手に奮戦しているグリーフがいた。


 


「デカブツを倒してもダメか……くそっ」

「敵である彼を信じる心……賞賛に値しますよ、グリーフ」


 1人で相手していたグリーフ、例えノワール最強の獅子という異名を持つ者だとしてもこの大群を相手に無傷ではいかなかった。

 腕や足から滴る血の上で、尚立ち続けるグリーフ。その傍らへと降り立ったティアは「お疲れ様」とでも言うように肩を叩く。


「……デカブツはアンタが?」

「いいえ? ちゃんと彼が。その後彼には仲間を助けに向かわせたので代わりに私が」

「……そうか、死んでねぇならそれでいい」


 リグレットとグリーフは今は協力関係だとしても、元は敵同士。魔獣を利用した戦術だと疑っても良いと言うのに、それをすることなくむしろ生存を喜ぶ姿にティアは微笑を浮かべる。


「こんな状況だってのに……何が可笑しい?」

「人間というのは、やはり不思議だなと」

「……この歳になって、またそれを聞くとはな」

「精霊にとって、人間が育つ時間は些細なものですから」

「それもそうか……っと、流石に長話はここまでか?」

「……ええ、そのようです」


 ティアの登場によって生まれていた魔獣達の動揺が遂に収まり、その視線を、その牙をティアにさえも向けるようになったのだ。

 その群れを前にティアも困ったような表情を浮かべていた――。


「殺生は簡単でも……やはり目立とうと思うと難しいですね」


 しかしそれは大群相手に引けを取ると思ったからではない。

 あくまで彼女が悩んでいるのは、裏で手を引く者をどう動かすか……ただそれだけ。

 彼女の手にかかれば魔獣の命など一瞬、しかしそれでは目立ったとは言えない。かといって、魔力を際限なく利用すればティアの身が持つかも怪しい。……何よりこの先にあるノワールまで消滅しかねないし、そんな残虐的なやり方はティアからすれば不快のそれだ。

 強大な力を持つが故に、こうした匙加減が難しい。それは几帳面なティアでも頭を悩ませる程。


「自分で言うのもあれだが、この量相手に生きてるだけでもすげぇと俺は思うがな……」

「……そうですか? ならいつも通りにしましょう」


 そんなティアの悩みにグリーフが呆れながらも助言すると、ティアはすんなりとそれを受け入れる。

 だがそんなことを決めている間に、魔獣の群れは鋭い牙をティアの柔肌へと突きつけるべく飛びかかろうとしている直前――もう眼前まで大群は迫ってきていた。


 そしてその中の数匹が極上の餌を喰らおうと口を開いてティア目掛けて跳躍。しかしティアは動じない。むしろそこまで迫れた事に褒めるように両手で軽快な音を鳴らす。


「もっと速ければ……いいえ、動揺さえしていなければ甘噛みくらいはできたかもしれませんね」


 その後に響いたのは、何かを噛みちぎる音でも、液体が地面に滴る音でもない。何かガラスのようなものが割れる音だった。

 それだけではない、眼前に繰り広げられた魔獣の群れが一斉に行動を停止したのだ。


「ハハッ……。どんな化け物を見ても、やっぱりアンタには敵わねぇよ」

「ふふ、グリーフ? それは精霊に対する皮肉と捉えてよろしいですか?」

「んなわけねぇ。あの量の魔獣共を、手を叩くだけで凍結させるなんて芸当――目の前で見せられたら選ぶ言葉も見当たらん」


 魔術も術式もティアは何ひとつ言葉を紡がずとも、ただ手を叩くだけでいい。

 魔術を構築するのは魔力と想起であり、術式ではない。魔術が「炎の魔術」なら、術式には「燃える」などを用いるといった、想起しやすくするための手助けの力が術式の主な力である。

 想起をすればするほど魔術を構築しやすくなり、そのため使用する魔力が少なくなる。その代わり、術式を長くしすぎると「どんな魔術なのか」が容易に理解でき対策もされやすくなる。

 

 こうした話は1から話すとキリがなく、雑に纏めてしまえば、術者の中で想起さえできていれば魔術は発動できる。……発動するための魔力こそ莫大になってしまうが、そんなものティアからすれば僅差にすぎない。


「それにしても、助かった」


 群れを成していた魔獣……その氷像が一気に砕け散り、霜だけが残った銀世界を背にするティアに向けてグリーフは改めて感謝を述べる。


「精霊の気まぐれですよ、気まぐれ」

「またそれか」

「長い命を持つ精霊にとって気まぐれは多いですよ? まだ私は無害な方です」

「なんなんだ、その普通は違うみたいな言い方は……」

「知りたいですか? 例えば天候を無闇に変えたり、気晴らしに野原を荒地にしたり……後は――」

「いい、もういい。気まぐれって規模じゃない」


 昨日の食事を思い出すように話す「精霊の気まぐれ」をグリーフは強引に遮って、グリーフは精霊を敵に回すべきではないと再確認したのだ。


「ああ、それと……その姿は大丈夫なのか」


 そして話をティアの姿へと逸らす。ティナとは違う落ち着いた雰囲気と表情……双子というだけありティナとそっくりではあるが、紛れもなく今の彼女は()()()なのだから。


「別に問題ありませんよ。……彼女も、本調子ではないですが、表出して身体を動かせる程には回復しています。彼女自身の魔力も戻りつつありますし、これからも『別離の星(ヘメロスティア)』による別行動は可能かもしれません」

「……ならいい。あー……っと、まぁーアンタ達には世話になったし、それに何かあればグレアもセフィアも心配するからな」


 珍しく若干照れを見せるグリーフに、ふふっと微笑を浮かべるティア。


「グリーフも変わりましたね。前はもっと素直になれない子だったのに」

「……それはアンタもだろ。アンタだって今みたいに笑わなかった。それにそもそも、こうして素顔を見せることも無かったろ」

「…………笑えているようならそれでいいです。そもそも、素顔の件は貴方が何も言わなければ私はエルメルアを装ったままでしたし」


 グリーフに昔の事を言えば、それを返すようにグリーフからの指摘。

 確かにティナの姿で表出する事が多いティアは、こうして自身の姿を人前に晒す事は少ない。それに感情表現を苦手とするティアにとって表情を見せるのは、彼女の羞恥を引き起こす数少ない行動だ。

 魔獣を相手にしてどう目立つか――その事に考えを優先していて、グリーフにもリグレットにも素顔を見せてしまった事に今更気づき、僅かに早口になったティアをからかうようにグリーフは笑う。


「ハハッ! アンタが感情を乱すなんて――あだッ!」


 その笑いを無理やり止めるように炸裂したティアの渾身の一撃がグリーフを襲い、グリーフはその場に倒れ伏す。


「……それ以上の言動をするなら、氷で頭を冷やしてもらいます」

「あいよ……」


 そんなグリーフを気にも止めず、ティアは軽く息を吐いて、呼吸を整える。


「私はまだやる事があるので後の事は私に任せて、貴方はブランに行って傷を癒しなさい。その怪我ではノワールに帰るのも厳しいでしょうし、万が一魔獣に遭遇すれば無事では済まないでしょうから」

「ああ……そうするぜ……。たった今怪我が増えたしな……」

「……何か、言いました?」

「なんもだ、なんも……」


 にこりと笑うティアに、グリーフは苦笑いを浮かべてゆっくりと立ち上がる。そして先程殴られた腹部を押さえてブランへと歩いていった。

 一時的な協力関係を結んだブランであれば、魔獣によって負傷したノワールの人間でも受け入れる。それもグリーフの活躍を知っているリグレットがいるのだから当然だ。


「……流石に、この規模の魔獣が対処されると放ってはおけない……ですか」

 

 その様子を眺めていたティアは、グリーフの姿が見えなくなった後呟くように口を開いた。

 それは空を覆っていた大きな魔獣を倒してから、ずっと感じていた気配だ。魔獣の相手をする自分に向けられていた気配がどんどんと遠くなっていく事からして、報告しにいくのだろう。


 本当ならもう少し踊らせて、裏で手を引く者全てを根絶やした方が手っ取り早いが……今のティアの状態では無理は禁物だ、ティナに負担をかける訳にはいかないのだから。


「……逃がしません、絶対に」


 それならば、自分を監視していた気配を捕まえ、その者から吐き出させた方がいい。

 その行動に移るべく、ティアは急いでその場を離れるのだった。

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