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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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46. 従う者

 迫る鉄爪を眼前で躱し、飛びかう投擲を風で弾いてリエンとの距離を詰め……そしてこちらの隙をついてリエンが距離を取る。


 先程から続く流れ、もう何度目かと溜息をつきたくなるが、セアリアスはそれを押し込んで冷静に分析を進める。

 暗器の扱いには目を見張るものがある。鉄爪の着脱、その隙を感じさせない蹴りによる投擲……どれも厄介ではある。

 しかし逆に言えば、それが彼女の弱点でもある。

 

 暗殺の為の体術……とでも言えばいいだろうか。

 証拠をなるべく残さないよう、相手に触れずに立ち回るその戦い方、それに加え使える暗器を余すことなく利用するリエンの器用さは厄介ではある。

 だが、その()()()に、というある種の制限。その制限が、彼女の幼少期から厳しく身体に叩き込まれていたから無意識に作動してしまうのだろう。故にリエンは自分の体術が相手に触れる距離まで迫られると僅かに躊躇う姿勢が見られ、その躊躇に対する解答が逃げの姿勢。


「ねちねちねちねち……戦い方にも性格が出てるのね」

「貴方のその野蛮な血で汚れるよりはマシですもの」

「……触れるのが怖いって素直に言ったら?」

「……ほんとに面倒な御方」

「お互い様よ……っ!」


 互いの武器が辛うじて届かない距離まで離れ、セアリアスは小休憩にと嫌味を言えば、リエンはそれを煽り返して――言葉の戦争へと転じる。

 確信をついたセアリアスの一言をねじ伏せるようなリエンの投擲を合図に2人は再び動き出す。


「そもそも貴方が避けなければいいのですよ」

「避けるに決まってるでしょ、普通……」

「ふふ、貴方なら例え命中しても元気だろうな、と」

「……疲れる。本当にっ!!」


 鉄爪による連撃をセアリアスは剣で捌きながら、呆れたように言葉を返す。それを愛想笑いをしながら、攻める手を止めないリエン。口と手で同時に行われる攻防。

 リエンからすればセアリアスは「投擲で仕留められなくて厄介」、反対にセアリアスは「接近戦に持ち込めないから厄介」……面倒なのはお互い様と互いが罵り合うのはそういう事だ。


「それよりも……」

「…………」


 顔と顔が肉薄する中、リエンは声を潜める。セアリアスもそれに視線を僅かに動かして答える。

 セアリアスとリエン、その2人へと静かに狙いを定めるものが霧の中に潜んでいるというのを2人は戦いの中で感知していた。


「私達の邪魔をしたいようですねっ!」


 リエンはセアリアスへと投擲する素振りで、全く違う方へと鉄爪を飛ばす。すると遅れて何かに突き刺さる鈍い音が響く。


「QUU…………?」


 リエンが投げた先にいたのは可愛らしい声でなく小さな生き物。しかしその鳴き声とは裏腹な風貌にリエンもセアリアスも表情を強ばらせて、じりじりと距離を取る。


「QU!!」


 その小さな生き物は2人へと挨拶するように鳴く。

 それと共鳴するように響く地鳴り――。


「「……っ!!」」

「HYUDOOOO!!」


 その地鳴りが大きくなるにつれ、奈落へと引きずり込むように地面に大穴が開く。

 そこから現れた鰐のような大きな口を広げた大きな化け物。その背には先程の小さな生き物が舵を取るように乗っている。

 

「2体で1匹……上の小さいのやれば何とかなる?」

「私に聞かれてもわかりませんわよ。……ただまぁ、小さい方がいなければ攻撃をしてこないとは」


 大きな化け物の捕食ともとれる攻撃を木の上へと飛び退いて避けた2人は、動揺すら見せず自分達の邪魔をした化け物達へと敵意を向ける。

 セアリアスの言葉にリエンは呆れつつも、辺りをキョロキョロと見渡す小さな生き物を見て、判断を下す。


「そういえば……ジュリエッタが世話になっているそうね」


 大きな化け物は無理だろうが、あの小さな生き物ならば非力な自分でもやれる――そう判断したセアリアスは剣の柄に力を込め、刀身に風を纏わせる。

 そして自分の事を師匠と慕うジュリエッタについてリエンへと問いかければ、リエンは小さく「ええ」と返答。彼女の事を知っているのなら、話は早い。

 攻め方も守り方もジュリエッタとセアリアスに大きな違いはない。だからこそ突発的な状況でもある程度の連携は取れる。

 そんなセアリアスの思惑を理解したのかリエンもまた、渋々と鉄爪の残り数を確認した後、片膝を腰まで上げ、蹴りによる投擲の狙いを定める。


「なら……飛び込むわ。合わせられる?」

「……ええ。あの子の手合わせにはある程度付き合っていたので」


 リエンの頷きにセアリアスは口の端を僅かに上げて、姿勢を低く落としていく。


「……じゃあ行きますよ」


 そして初めに動いたのはリエン。鋭い蹴りから放たれた鉄爪の投擲は迷うことなく小さな生き物へと飛び込む――。


「QUQU!!」


 その投擲を察知した生き物は、すばしっこい動きで軽々と飛び、狙いを外した鉄爪は奥の木へと刺さった。


「……良い位置……! 『吹き抜ける旋風(ウェルテクス・ペイル)』ッ!!!」


 だがそれは想定範囲……むしろ狙い通りの流れ。

 躱された鉄爪の軌道を予測すると同時にセアリアスは乗っていた木の枝を力強く蹴り、宙に浮いた生き物目掛けて突進。

 そして纏わせた風の刃で、空中で身動きの取れなくなった生き物を一閃、そしてその先に突き刺さった鉄爪を足場にして跳躍。

 元々セアリアスが軽い……というのもあるが弛みのある鉄爪はセアリアスを撃ちあげるかのように空高く跳躍させ、簡単に元いた足場までの距離を確保する。


「……ただまぁ、簡単にはいかないわね。流石に」


 着地したセアリアスは若干の汗を額に浮かべながら、自分が斬った生物を見る。それは斬られても血を出すことなければ、行動を停止することも無い。

 

「QUuu………QUuuu……」


 半分になった生物は、か弱そうな声を出して――。


「QUQUQU〜!」


 2匹に増えた。


「…………」


 その様子を見ていたリエンはすっと立ち上がり、空へと向けて何かを投げる。


「逃げますわよ」


 そしてセアリアスへと逃げる提案。

 しかし今この状況で逃げるのは違うとセアリアスは困惑したような表情でリエンを見る。


「……斬るも刺すも通用しないのなら私達では無理です。それに増えたのはあの小さいのだけではありません」


 空を見て苦々しく目を細めるリエンが言葉を発して数秒……遅れてやってきた地響きともう1匹の鰐のような大きな化け物。その爆音で視線をそちらへと戻したリエンにセアリアスは問いを投げる。


「でも逃げてどうするの?」

「……少なくとも勝てる見込みは増えるでしょう。魔術も使えなければ、鉄爪の残りもない私と組んでいる今よりは」


 先程のセアリアスとの戦いで使っていた鉄爪も、投擲に利用したものも全て……今は鰐の化け物の腹の中か、大穴の中に消えてしまった。

 リエンが今手にしている鉄爪が最後……これを無くせば身を守る術すら失ってしまう。


「……わかったわ」

「安心なさい。私は貴方と決着をつけるまで死ぬつもりはさらさらありませんので」

「そういう事は言わない方がいいのよ」


 最後まで互いに皮肉を言い合い、リエンはノワールへと。セアリアスは――後ろで戦っているであろうリグレット達の元へと急ぐ。


「QUQUQU!!!」

「……当然、そうなるわよね」


 木の上から地へと降り立ったセアリアスを迎えたのは、2匹ずついる小さな生き物と大きな化け物。

 リエンは木の上を伝ってノワールまで迎えても、セアリアスはどう抗っても地に足をつけなければいけない。……とはいえ丸腰のリエンに1匹でも相手をさせない、というのは都合がいいが。


「せ、セアリアス……。なんですかぁ、この子達……」


 都合がいい事はもう1つあった。回復支援としてロミやリグレットの場所を回った後にたまたまセアリアスの所へと来たセレーニだ。

 セレーニは眼前へと迫る2匹に困惑しつつ、セアリアスの方へと走ってくる。


「セレーニ……丁度良かった。あれを止めるために魔力全部使うから、後は任せたわよ」

「ふぇ!? せ、セアリアス、何を言ってるんですかぁ!?」

「貴方なら私くらい簡単に運べるでしょ」

「そ、そうですけどぉ……」

「なら、つべこべ言わずやるわよ」


 唐突な無茶ぶりにセレーニは更に困惑するが、真剣なセアリアスを見て自身も魔術を展開する。


「惹きつけてぇ! 『魅惑の人形劇(タンタレオン)』」


 ぽんっ! と軽快な音と共に現れた複数にも及ぶ可愛らしい人形達が散らばると、化け物達の視線が人形へと逸れる。

 なんの攻撃にもならない、ただの人形だが何故か心を惹きつけられてしまう……そんな囮魔術。その効果は僅かではあるが、それで充分だった。

 セアリアスは手中に暴風を閉じ込め、鋭利な風の槍を形成、そしてそれに名を刻む。


「穿て風の槍……! 『風霊の怒り(エギュ・ウラガン)』ッ!!」


 その人形達を穿つように放たれた2本の槍。着弾と同時に閉じ込められた風が爆ぜ、辺りの木々を一気に薙ぎ倒していく。

 風の威力で吹き飛ばされる小さな生物、そして残された大きな化け物は舵を取るものがいなくなり――目の前に存在する化け物へと目標を変えた。


「これは……運がいいわね……くっ……ぅ」

「セアリアス!」


 ぐったりと倒れ始めたセアリアスを受け止めたセレーニは、流れるようにセアリアスを背負う。

 そして倒れた木々の向こうで行われる「共喰い」とも取れるそれをただ見ていた。

 指揮が無ければ、目に映る動くものを敵味方関係なしに喰らってしまうのだろう。


「QU!? QUUUU!!!!??」


 例えその中に、自身を指揮していた生物がいたとしても。

 2匹の化け物達によって突然始まった喰らい合いに巻き込まれて、2匹の小さな指揮官達は鰐のような大きな口に呑み込まれていった。


「セレーニ……行くわよ。いつアレがこっちに来るかもわからないんだから」

「……うん」


 指揮されているのは自分達も同じ……ならばもし指揮官を、従うべき人間を失ったのなら、自分達もまた――。

 ふと心に浮かんだ、そんな考えを振り払うように2人はただ、何とも言えない表情でそれを眺めてリグレット達の元へと歩いていく。

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