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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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45. 死闘の果て

「ふっ……! はぁぁ!!」


 一撃、二撃……異形へと次々と連撃を決め、そしてそれが終わると同時に地を蹴って後ろへと飛び下がる。

 剣が触れた所は黒く焼き焦げ、そのせいか異形から血液が出ることもないが、攻撃を受けても尚異形は止まることはなかった。

 そしてその止まることない異形から繰り出される大地を抉るような異形の攻撃。


 ロミは肩で息をしながら、その一撃に焦りを感じる。


「……まずいな」


 ロミがその場を離れてから、異形の攻撃が振り下ろされるまでほんの僅かな時間しかなかった。

 それがロミが焦る理由。戦闘を開始してからはもっと間隔があって、相手の様子を見る余裕さえあった。

 だがしかし、今はそれすらもできない。次の攻撃へとロミが転じる時には異形も動き出して、それを避けるためにこちらの手数が徐々に減っていく。


 迫る攻撃の隙間を縫って、一撃。

 そしてそれを合図に、爛々と輝いていた剣の灯火が――消える。


「……悪い事は続く、か」


 それは『炎神の加護(アドラヌス)』が消えた合図。

 消えたことが意味するのは、魔術の効果が無くなっただけではない。

 炎神の加護(アドラヌス)に限らず、武器や自分の身に纏わせる魔術というのは、持続するための魔力を一定時間毎に一定量消費されるのだ。

 それができなくなった。つまりは――魔力切れ。


 幸い炎神の加護(アドラヌス)は付与魔術の中でもかなり魔力を消費する方なので、その他の魔術はまだ何度か使用する事はできるだろうが……それでも魔力の底が目の前に迫っているのは確かなのだ。だから迷うことなく今すぐ逃げる選択をするのが妥当だろう。

 だがしかし、だからといって戦いを止める訳にはいかない。後ろにはジュリエッタがいるから。


 彼女も、右脚の出血が酷いのだ。今既に意識が朦朧とし始めているから、早く手当をしなければいけないというのに、目の前の異形はまだピンピンとしている。かといって、この身体でジュリエッタを背負って異形から逃げるのは無理だ。……逃げるなら1人を囮に、1人を逃がすしかない。


 魔力にジュリエッタ……頭の中の考えを全て放棄しなければ殺られるというのに、自然と気にしてしまうのは人間だからか。その油断から容易く異形の接近を許してしまう。


「くっ……そっ!!」


 ロミは苦々しく言葉を吐いて、異形から繰り出された暴力を、右腕という最小限に留める。そして痛む身体に鞭を打って衝撃を逃がすように前身、そのまま攻撃を終えた異形の腕……その上を疾駆する。

 加護のない剣では、負傷した身体では異形に傷1つつけられない。それでも何かの足しになるだろうと異形へと剣を振るい、一気に腕、背と異形の身体を駆け上がる。そしてロミは致命の一撃を与えるため、その狙いを異形の首へと定め、術式を紡ぐ。


「罪人よ、それは始まりの篝火。罪人よ、それは汝を焼きし天の業火。罪人よ、その神の怒りに触れ灰燼と化せ……!」


 血の滴る右手に灯った白い炎、そしてそれが反対に持つ剣へと移ると天へと昇るかの如く激しく燃える。

 そしてロミは異形の肩を強く蹴って跳躍、そして魔術を起動するべく叫ぶ。


「『火神の憤怒(アグニ)』ッ!!!」


 重力を乗せた渾身の一振。それは異形の首を――捉えた。だが、しかし……肝心の傷は与えていない。

 その証拠に異形は、蚊でも止まったのかと平気な顔で首に着地したロミを軽々と払い除けて、それを見送るように欠伸をしてみせる。


「……わざわざ火元から遠ざけてくれるなんて、助かったよ」

「…………GYUA!?」


 ロミは異形から落下しながら、そう呟く。

 その呟きを終えた瞬間、異形の首が、炎神の加護(アドラヌス)で焼け焦げた部分が白い炎が燃え盛る。

 火神の憤怒(アグニ)は特殊な炎魔術で、神の名を冠する魔術が触れたものを焼く浄化の炎。


「GYUAA!? GYURYUAA!!」

「……無駄だよ。その炎は身体が残る限り燃え続ける」

 

 異形は炎を消そうと必死にもがき、時には身体を地面に擦り付けて消そうとするが、白い炎は変わらず燃え続ける。

 それもそのはず、火神の憤怒(アグニ)は神に触れたものしか効果はない。その限定的な効果故に威力は勿論、その炎は燃えにくい代わりに消えにくいのだから。


「GYUA……GYURYUAAAaAaA!!!!!!!」


 それに頭が狂ったのか、異形は鋭利な牙を自身の燃える腕へと刺し、そして雄叫びと共に――引き千切った。


「賢いな……だけど結局腕の数が減れば――なっ!?」


 燃える腕を千切れば、その炎は千切られた箇所だけに留まり、異形の全身まで渡ることはない。

 だが、燃えた腕はほぼ全て……全部を引き千切れば機動力も落ち、いくら炎が無くとも弱体化する――はずだった。


「GYUARYUA…………」


 そう、目の前の異形が、千切れた腕から新たな腕を生やさなければ。

 異形は新たな腕を試すように数回地面を抉った後、準備万端と言うように鋭い目をロミへと向ける。


「自己再生……なんでもありの化け物め」


 憎々しく異形を睨みつけ、言葉を強くするが恐らく異形には理解できていないだろう。

 ようやく同じ土台、もしくはそれに等しい状態まで持っていったというのに、ほんの一瞬で元通りにされた。

 

 肩で息をして、左手で剣を構えるロミは既に満身創痍。右腕はだらんと下がり、全身で立っているのもやっとだと言うのに、ロミはまだ諦めていなかった。


「……もっと、威力が大きければ」


 炎神の加護(アドラヌス)火神の憤怒(アグニ)も異形に効いていない訳ではない。ただあと一押し、異形を一撃で屠るだけの威力があればいい。

 それが可能な魔術は、確かにある。

 だが……それは――。


『ならせめて貴方だけでも……! 生きていて……ください』


 脳裏に過ぎったのは、ジュリエッタの願うような顔と言葉。

 しかしこの異形を倒すには……。


「ぐ……ぅっ……!」


 迷う思考を払ったのは異形。それを咄嗟に受け止めるが、全快となった異形の前には容易く吹き飛ばされる。

 

 迷っている暇などどこにもない。

 分かりきっている事であるのに、その決断を下すのを未だに躊躇ってしまっている。

 受け身も取れない身体で横たわるジュリエッタの前まで地を転がり、いよいよもう後はない。

 ぎり……っとロミは歯ぎしりを僅かにして立ち上がる。


 このまま避け続ければ、いずれ2人とも死ぬ。そもそも異形を殺すための魔術に耐えうる身体が無ければ、その魔術も発動できないのだから。


「ロ……ミ……?」


 微かに聞こえた声に、ロミは視線をジュリエッタへと向けて……すると朧気に開かれた瞳と目があった。

 ロミであると確信して、ゆっくりと伸ばされたジュリエッタの腕。そしてジュリエッタの右手が、ロミの右手と触れる。


 僅かに震えた唇、聞こえない音……それでも確かにジュリエッタは淡く微笑んで、「負けないで」とそう言った。


 瞬間――消えかけたロミの魔力が舞い戻るように、力が湧き上がってくる。


「…………これは」


 全身は傷だらけだというのに、それを忘れているかのように躍動する身体。

 理屈は分からない、だが確信した。


「……君も、傍にいてくれるのなら」


 迷いなく、決断できる。


代償魔術起動(ラグナロク)ッ!!!!!!」


 代償魔術。それは魔力を消費するのではなく、自身と引き換えに強大な魔術を行使するもの。その威力に……再現はない。

 相手が滅ぶだけの威力、それを自分も代償として身体に受ける。

 自分の身体の部位だけで相手が滅ぶのであれば、代償はそれだけ。仮に自分の命全てならば、相手も自分も諸共道連れとなる。


 先程までの身体なら確実に道連れだっただろうが……今この身体中に湧き上がる力からして推測は不可能。

 だが……今の状態なら、あの異形は必ず倒せる。


「我が身を対価に解かれるは、鍵……9つ」


 ロミは右腕から滴る血を左手に塗りつけ、そしてその血で術式を、汚れる事なく綺麗だった右手の甲へと書き込んでいく。


「焚べるは我が(かいな)で、その火末は劫火となりて全てを灼く」


 ロミの紡ぐ術式と呼応するように、彼の右腕も瞳に似た赤を爛々と輝かせる。

 回復した身体で異形を圧倒し、どんどんとジュリエッタとの距離を離して魔術の範囲外まで行ったのを確認……そしてさらに術式を紡いでいく。


「先に尽きるは我か、それとも汝か。答えは神のみぞ知る」


 術式を紡ぐにつれ魔力は高まり、空気が震える。それに危機を感じたのか異形は攻撃を早めロミを始末するべく大地を空を抉っていく。

 それをロミは踊るように掻い潜り、そして異形が腕を振り上げて露わになった胴体――その中心に位置する心の臓へと、とんっ……と右手を押し当てる。


「では始めよう……終焉を――『終焉告げし劫火の剣(レーヴァンティン)』」


 術式を紡ぎ終わり、ロミはジュリエッタへと視線を送る。そして赤い瞳を細めて少しだけ息を漏らして笑う。

 見送りはされても、最後を見られることはない。それで良かった。

 自分でさえも、この後どうなるのかわからないのだから。彼女にまでその心配をさせる訳にはいかないのたまから。


 そして凄まじい爆発音が全てをかき消して、残ったのは青い炎の残火と黒煙。

 そこからはみ出して見えた異形は、その姿を黒く染め……風が吹くと塵となって消えていった。




「ロ……ミ?」


 その音で、跳ね起きたジュリエッタは思わず名を呼んだ。目の前にいたはずの彼は既にそこにはおらず、その先で爆発が起きたのだから。


「ロミ……嘘でしょ? ねぇ、ロミってば!!」


 必死に名を呼ぶ。だが反応はない。

 先程までいた異形の姿も無く、あるのは足元に散った黒い塵。


「死んじゃ……嫌だよ……ロミ。ロミ……!!!」


 それはもしかしたら……。そんな悪い予想ばかりして、ジュリエッタはぽろぽろと涙で顔を濡らして、ただロミを探す。


「…………ジュリエッタ。ここ。ここだよ」

「……ロミ?」


 爆発で作られた窪み……その外れから聞こえた、求めていた声を頼りにジュリエッタは無我夢中で走る。

 立ち込める粉塵と煙を払って、その下で仰向けになっていたロミは――黒くなった右腕を空へと伸ばしていた。


「……ロミ」

「うん。ロミだよ、ジュリエッタ」


 泣き崩れるジュリエッタを、ロミは何も言わず左手で落ち着かせるように頭を撫でる。


「……大丈夫なの?」

「幸いにも、ね。どうなるかと思ったけれど、右腕だけで許してくれたみたいだ」


 そうロミが言うと、黒くなった右腕が風に揺られて散っていく。それをロミはなんとも言えない顔で眺めて、再びジュリエッタへと笑顔を向ける。


「まぁでも……また君に会えて良かったよ」

「……よかった。ロミが……生きてて……!! 死んじゃったかもって…………うわぁぁぁぁ」

「まだ僕は死ねないよ。……伝えたい事も沢山あるし――って聞いてないか」


 感情を溢れさせて泣きじゃくるジュリエッタに、やれやれと目を細めるロミはまた何も言わずに左手を彼女の頭へと乗せ、軽く指で遊ぶ。

 

 失ったものは大きくとも、また再び出会うことができた。それにロミは安堵、すると先程までの無茶が響いたのか遠のいていく意識。

 今すぐにでも他のメンバーの所へと向かいたいが、異常な程の疲労は休むことを強要させ……。


 ロミは心の中でリグレット達へと「生きていてくれ」と呟き、目を閉じた。

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