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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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43. 特訓の成果

 己の持つ鋼を幾度ぶつけただろう。ただどちらが先に倒れるか、それだけを頼りに戦い続け何時間経ったのだろう。

 周りの霧は互いの振るう風で薄れてきているとはいえ、それでも視界は悪いまま。それでもリグレットとグリーフは構わず剣を振り続ける。


「くっ……」


 鋼の衝突、その反動を活かして後ろへと下がるリグレットは軽く呻いて眼前を鋭く睨む。

 目の前の化け物(グリーフ)はまだピンピンしているというのに、自分はどうだ。

 まだ動きで相手を翻弄できているとはいえ、このままではこちらの疲労が先に来る。だから早く決着をつけたい所だが、攻撃がどれも浅い。そのせいで相手に反撃させる隙が生まれ、その攻撃を避けるための疲労が溜まる。


 特訓の成果がない訳じゃない、だがそれでもグリーフにはあと一歩届かない。ゆっくりとこちらへ近づくグリーフからは、そう感じさせるのには充分すぎる程の余裕があった。


「身のこなしに剣速……どれもつい先日戦った時とは別人と見間違える程強くなるとは、流石坊主だぁな」

「その表情からして、褒め言葉に聞こえないが」


 戦闘中だと言うのに、グリーフはニカッと笑って賞賛する。リグレットはそれに対し言葉で否定するが、心では実感していた。確かに以前よりも攻めは多くなり受ける傷の数も減っているのだから。


「なーに、俺とこんだけやり合えてるのが1番の証明さ。だが、そうだな……」


 そんなリグレットの否定に、グリーフはやれやれと溜息を吐く。そして何か考えるように自分の顎へと手を伸ばした。


「確かに以前よりもどれも精錬されてる。……が、1つ文句を言うなら――まだ余力を残してんだろ」


 それから顎を触る手を止め、じろりと睨みつけるグリーフ。「戦いには全力で、妥協は許さない」――それが彼の戦いに求めるものであり、仮にほんの少しでも手を抜こうものなら怒りを買うのだ。

 しかし今の彼から放たれるのは怒りではなく、純粋な疑問だった。


「勿論坊主は強くなった。……だが、以前よりも必死さに欠ける。何としてでも喰らいつく――そういう意志が見当たらねぇ」


 そしてグリーフはその目線を、リグレットの背後で2人の戦いを見ていたティアへと移して、話を続ける。


「ティアからの特訓で過信でもしたか? それとも……あのお嬢ちゃんが傍にいないとやる気が出ないか?」


 既に姿を元に戻したティアは2人がどれだけ場を荒らす戦いをしても涼しい顔でその場に留まり続けていた。それもリグレットとグリーフがどういった攻め方、守り方をするのか……そういった観察をできるほど。

 だからこそエルメルアの時に感じた「守らなければいけない」という感情は、確かにない。


「まぁ、坊主が過信なんてするはずねぇから、恐らく後者だろうけどよ。それでも助言をするなら……」


 謎の信頼をリグレットに向けるグリーフは、肩に担いでいた大剣に力を込めた。しかしそれは今まで持っていた大剣の柄ではなく、その大剣の剣身に用意された別の柄……。


「坊主を強くしたのはティアで、そのティアに俺も稽古つけてもらってんだぜ?」


 カチャン……と響いた音。それは持った柄に付けられたトリガーを引く音であり、大剣が地面に落ちる音だった。


「そりゃ……半端な技なら見切れるぜ」


 その大剣が落ちて現れた、もうひとつの剣。リグレットのものと大して変わらない大きさのそれを振りかざして接敵。

 グリーフは先程までリグレットが魅せていた剣技をそっくりそのままやり返してみせる。


「ティアの訓練。……まぁ、あいつのやり方は各々の長所を活かすから内容は違うかもしれねぇが。だが内容はどうであれ訓練が終わる頃にはあいつの尋常じゃないスピードに目が慣れてる。だから生半可じゃ当たりもしないし、こうして模倣だってできる」

「くっ……!」


 巨体とは思えないスピードで繰り出される、模倣された剣技に苦虫を噛み潰す。大剣ですら早かったグリーフが、更に軽い剣を持てば更に早くなるのは道理。それであるのにパワーは差程変わらない。


「それに、お嬢ちゃんがいないから力が出せねぇのもよくわからんな」


 対してグリーフは剣を振りながらも会話を続ける。しかしそれはちゃんとした対話ではなく、一方的にグリーフが語り続けるもの。


「そりゃ身近にいた方が力は出るさ。守るべきものが明確だからな。だが、別に守るべきものが傍にいなくたって――」


 剣技から剣技への繋ぐ流れ、そこで自然に浮いた脚から繰り出された蹴りが炸裂し2人の間に距離が生まれる。

 そして同時に生まれた、話の間。


「守っているのは自分という事に変わりはないぞ」


 その間とその声はグリーフの後悔を、同じ過ちを、リグレットに追ってほしくない――そう、感じられた。


「……仮に坊主が死んだら、お嬢ちゃんは誰が守る?」


 グリーフは落とした大剣を拾い上げて、手に持つ剣に付け直す。しかしその口から放たれる言葉は至って真剣なものばかり。


「他の誰かか? それともお嬢ちゃん自身が身を守るか? もしも俺が、今からお嬢ちゃんを襲撃したとして守れるやつはいるか?」

「それは……」


 その一言にリグレットは言葉を詰まらせる。思い返すのは前回グリーフによって、壊滅的な状況まで陥った騎士団の団員達。


「だからだよ。守るっていう使命は己自身にしか背負えない。他の誰かに背負わせないように……己自身が死なねぇように、全力で戦うんだ。……いくら強くても、たった1つの油断で、命ってのは儚く散るんだからよ」


 言葉を詰まらせたリグレットに、グリーフは諭すように言葉を投げる。その顔は珍しく悲しげな表情だった。


「それに。いつでも全力が出せんやつは、お嬢ちゃんがいても全力は出せねぇけどな」


 しかしコロッと表情を変えて、いつものようなニカッとした笑みを浮かべるグリーフ。そして持っていた大剣を肩に担ぎ直し、空いた左手でクイクイっと挑発する。


「さぁーて、続き行くぞ。……次は全力でな」

「……ああ!」


 ニヤリと笑うグリーフ、そして顔を洗ったかのように顔つきを変えたリグレットは構えを取る。


「KYURYUSYAAAAAAAAA!!!!!!!」


 ようやく戦いを始めようとしていた黒獅子と白狼……鋭い眼光を放つ2人の間を引き裂いたのは甲高い雄叫びを放つ第三の獣。その声で2人は注意をそちらへと向ける。

 明確な目もなく耳もない、ぐちゃぐちゃした動物の何かに大きな口をつけた――文字通りの化け物。その口からは鋸状の歯が見え隠れしており、胴体には2つの立派な脚と不揃いな手足がぶら下がっている。


「……なんだ、これ……」


 おぞましい鳴き声に耳を塞ぐよりも先に、リグレットから零れた言葉。

 不気味……ただその一言に尽きる生命体。それは背から生えた四対の翼で宙を舞いリグレットとグリーフを見下していた。


「……コイツが、グレアの言ってたやつなのか?」


 グリーフは冷静にティアへと確認を取る。


「ええ……。これが災厄によって成り果てた悲しき生命『魔獣』」


 災厄の影響を受けた生命は、その過剰なエネルギーによって殆どが身体を保てず崩壊するが、稀に崩壊する事なく『魔獣』となって生き残る事がある。しかし多くの場合は、眼前の化け物のように姿がめちゃくちゃになってしまったり、異常な体躯になったりするのだ。

 自我もない、ただ僅かに残った本能と災厄による負の感情のみで動くそれは、本来理性でブレーキしていた力を余すことなく使用する為凶暴で危険――処理するだけでも数人死者が出たと記されてあった。


「だが、魔獣は災厄直後に滅んだはずだろう」

「滅ぼしましたよ。……しかし目の前にいるという事は滅んでいないということでしょう」

「だからあんたが来たってか?」

「そういう事です」


 魔獣の姿を見て、ようやくティアに僅かな変化が見られた。とはいえ動揺はどこにもない、むしろ来ることさえ予測していたかのようだった。


「KYUAAAAAA!!!!!」


 そして再び響き渡る化け物の声。しかしそれはリグレット達に向けられたものでは無い。


「GYAAARYUAAAA!!!!!!!!!!」

「LYUAOOOOOON!!!!!!!!!」


 そして彼方から呼応するように響いた、別の雄叫び。


「……! まさかロミ達の所にも」

「……リグレット、気持ちはわかります。しかし冷静になって周りを見てください」


 雄叫びの方向はロミやセアリアスがいた方向だ。咄嗟に身体が救援するために動こうとするが、ティアがそれを制止。

 それを押しのけて前へと進もうとするが、脚が自然と止まる。


「っ!?」


 なぜならリグレット達を囲うように、虚ろな赤い目をしたウサギのような化け物達が群れをなしていたから。

 敵も味方かもわかっていないのか、隙あらば群れ同士でも喰らい合うほど飢えに飢えた魔獣達に人間という上質な魔力と血肉が飛び込めばどうなるか……考えなくてもわかる。

 上で見下している魔獣よりも、遥かに小柄とはいっても共喰いしても減らないのでは気が遠くなる。


「……ここにエルメルアを連れてこなくて正解だったでしょう?」

「…………」


 ティアは静かに呟くのを、リグレットは黙って頷く。

 もし仮にエルメルアがここに入れば……ちらりと見えた魔獣の残骸を見て目を瞑る。想像もしたくない事であるし、そもそもウサギというのはエルメルアにとってのトラウマを呼び起こしてしまう可能性だってある。小動物が好きだった彼女が今は少し苦手になるくらい残酷なものだったのだ。


「それにしても……。魔獣が魔獣を従えさせるだけの知性があるとは、新たな発見ですね」

「この状況で観測だなんて、余裕だなあんた」

「ええ勿論。私と貴方達――教え子が2人いるのですから、負けるはずないでしょう」

「ハハッ! そりゃそうか」


 ティアの言葉に、グリーフは大きく笑って背を残る2人へと向け、ティアもまた瞳に蒼い光を輝かせて魔獣の包囲へと対応するための構えを取る。

 リグレットもそれにならい、そして3人が3人の背を預かる形となる。


「坊主! 今日は敵ではなく共闘といこうかァ!」

「……背は任せる」

「ああ、任せろ。……まっ心配すんな、坊主は()()()()()()よ」

「……ありがとう」


 口数が少なくなったリグレットを励ますように、グリーフは軽く肘で小突く。


「……来ますよ」

「おう」

「ああ」


 魔獣達がざわめきだしたのをティアは一瞥して、リグレット達へと静かに戦いの合図を告げた――。

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