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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
43/79

42. 似た者同士

 セアリアスは森を駆ける。数々の投擲物を掻い潜りながら。そして模索する、この状況を変える何かを。

 投擲物ならば、その投げられた位置から予測することはできるが、生憎この場は森と霧という視界の悪い場所……その投げた場所すらも判断できない。


「…………」


 動きや息を潜めれば、投擲物も止む。視界の悪さは平等らしい。となると相手は中々のやり手だろう、なぜなら見えない中相手の音を頼りに、相手の動きを予測できているのだから。

 囮は使えるかと試しに近くにある石を手に取り、投げてみるが、投手はそれには反応しない。


 軽く心で舌打ちすると共に、理解する。敵の予測基準を。

 それは人体の発する熱……それによって次に進むであろう場所へと投擲する。だから熱の無い石ころには反応すらしない。

 そんな人を外れたような行動を簡単にやってのけるのは、もはや人物ではないのではないか……そう思いたい所だが、セアリアスには思い当たりがある。


「例え目が見えずとも奉仕せよ」――そんな信条を掲げた従者の家系がノワールに存在するというのを聞いた事がある。

 セアリアスの家系……プロープル家では「主に命を捧げ、生涯を共に」という信条があるが、それは目が見えないなど、かえって主への奉仕に影響が出てしまう状態になるならば療養という扱いになり、治せないようならそのまま従者の教育係に回されるのだ。

 目が見えなくなっても奉仕……噂であるため所詮はそういう心意気だけだと思っていたが、この視界の中放たれる的確な投擲を見る限り本物だろう。


「確か……ドゥメナージュ家」


 ぽつりと呟いたのは、その信条を掲げる家系の名。


「まさか他国にまで家系が伝わっているとは誇らしい事、ですね」


 霧の中から飛んできたのは投擲物ではなく、前回の戦争の時に聞いた癪に障る声。


「……リエン=コンディパール」

「あら……覚えなくても結構と前回言いましたのに――よっぽど好印象でしたのね、セアリアス=プロープルさん?」


 こちらの気を乱す作戦……そう理解していても本当に頭に来る相手だ、とセアリアスは軽く眉をひそめる。


「そっちこそ。わざわざ名前をどうも」

「ふふ、記憶力には自信があるので」

「……ああそう」


 こちらも棘を刺すように嫌味を言ってみるが、無駄に終わったのでその後の会話は続けることなく雑に切る。

 それが理由なのか、それともまた別の理由なのか、リエンは少し不満そうな顔をする。


「……なに?」

「いいえ別に。ただまぁ、何故名前と家系が違うのか……それは気にしないのですね」

「……素質が良ければ別の家系から引き抜かれる事――それこそ孤児を引き取って、メイドにするなんてよくあるでしょ」

「……あら、貴方も境遇は似てますのね。ですが――」


 誰にも言っていない事……それこそ自分が仕えていたリズラですら知っているか怪しい事だが、セアリアスは元々プロープルの血筋ではない。

 幼い頃に病弱だった両親が他界して、孤児になった所をプロープル家に拾われた。人一倍、他人のために献身できた……それが理由らしい。


 リエンもまた、似たような理由だった。

 コンディパール家はノワールという国になる前まで奴隷として虐げられてきた家系。それはノワールに変わっても少なからず悪影響はあった。

 それを自分達の子までに引き継いでほしくない、そう思った両親はリエンをドゥメナージュ家へと養子に出したのだ。


 ドゥメナージュ家。メイドとしての奉仕だけではなく、王族に楯突くものの排除――すなわち暗殺を得意とする家系。

 確かに今までの家系よりも生活の質は良かった。それが己の手を汚す事になったとしても。

 しかしいつかは、奴隷として虐げられてきた家系であっても優秀な人間になれる、それを証明した結果がコンディパール家を名乗り王族直属のメイドとなった今のリエンなのだ。


 生い立ちも、従者という立場も似た者同士。しかし似た者同士だからこそ――。

 互いに自分を重ね合わせて、嫌悪しているのだ。


「情けはありませんわ」


 今までの空気を割いて、再びリエンの投擲。

 頭部、心臓、足……どれも当たれば致命傷となる場所へ放たれた刃をセアリアスは予め纏わせた風で弾く。


「……ようやく見つけた」


 ただただ話していただけではないのはセアリアスも同じ。

 リエンが投擲をするタイミングを測るのと同じように、セアリアスもまたリエンの位置を……この視界を変える何かを探していたのだ。


「荒れ狂え『喚き散らす暴風(アイレフェンヌ)』……ッ!」


 耳を劈くような風の鳴き声と勢いが辺り一帯を震わせる。勿論術者であるセアリアスも余りの暴風の酷さに顔を腕で覆うが、それをするだけのメリットがこちらにはある。


「やっと、同じ土台ね」


 風が止む頃には、視界を遮っていた霧は消え去っていた。

 霧が消えたのは風が吹き荒れた箇所だけではあるが、それでいい。例え霧の中に隠れたとしても視界が確保されているなら場所など直ぐに分かるからだ。


「本当に……面倒な方」

「お互い様でしょ」


 それを理解しているから、リエンもまた隠れることなく小言を言いながらセアリアスの前に姿を現す。

 しかし以前と同じく、その手元に武器といった物はない。投擲に使われた小刀は持ち手が最小限に抑えられている。だから隙を見て投げる事はできても、セアリアスの剣は止められない。

 ならば他に主となる武器があるはずなのだが、先程から言うようにそれといった物は無いのだ。


 「やはりやりにくい」――セアリアスは表情には出さず心で呟く。相手の得物が何か、それだけでも戦闘での優劣は決められる。長さ、振りの速さ、攻撃のテンポ……それらを憶測で判断しなければいけない以上、こちらは強気に動く事はできない。しかし相手はセアリアスの武器の範囲は予測済み、そしてこちらがその予測ができていないのを知っているから強気の一撃を出せる。そしてその一撃で、勝敗の天秤は簡単に傾く。


「ふっ……!」


 先手はセアリアスの、手を叩くよりも早い一閃。様子見とも取れるそれをリエンは容易く弾き返す。

 しかしやはり、リエンの武器は確認できない。


 家系からして、武器は目立ちにくい暗殺の類、そう頭で考えながら、ちらりと剣を見る。

 先程の攻撃、セアリアスは1度しか剣を振っていない。前のように3度高速で放った訳でもないのに、その剣には3つの跡が残っていた。


「まさか……鉤爪? っ!」


 その隙をリエンが逃すはずはなく、眼前へと迫って腕を振るう。その腕を持ち前の速さでセアリアスは後ろへと交わすが……その手先から縫うように現れたものが頬を掠め、じわりと血が滲んだ。


「そう、鉤爪。それも――」


 後ろへ飛んで距離を取り手の甲で血を拭うセアリアスを気にする事なく、リエンは両の手をぐっと握る。

 すると伸びた鉤爪が、ぽとりと地面へと落ちていく。


「着脱可能……ですわっ!」


 その爪が地面に落ちる寸前に、リエンはその刃をセアリアスへと蹴り飛ばした。

 足で軌道をねじ曲げても、その投擲は的確に急所を狙うのをセアリアスは軽く舌打ちをしながら打ち落とす。


 鉤爪を任意で投擲する事ができる、それは「投擲するために武器を持ち替える必要がない」ということ。言ってしまえば「投擲するために生まれる隙がない」。

 しかしこちらは、鉤爪による直接攻撃とその爪を飛ばす遠距離攻撃両方に注意しなければならない。

 風の魔術で投擲は防げるとしても、そのために逐一魔術を浪費していては埒が明かない。おまけに、投擲してから次の爪へと切り替える速度も抜け目がない。


「……本当にやりにくい」


 セアリアスは静かに音にして呟く。

 しかしその目には揺るがない勝利が見えていた。


 互いの得物がわかり、正しく「同じ土台」になった所でセアリアスとリエンは静かに見合う。

 2人は以前の戦いで約束したのだ「次は決着をつける」と。だから負けられない。似た者同士だからこそ、尚更。

 決着のために踏み込んだタイミングは同時。そして互いに声を揃えて、叫んで鍔迫る。

 

「「真似しないで」」

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