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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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41. 望まぬ再会

 リグレットとグリーフが戦い始める、少し前。2人の男女は互いに剣を構えたまま、膠着状態が続いていた。


「……どうして?」


 女は今にも泣きそうな声で、男へと問う。


「……どうして、貴方がここに?」


 それは、その男が既に傷だらけという状態だから、出てきた言葉なのか。それとも……。


「どうしてって……。ここが戦場だからだよ、ジュリエッタ」


 その男は表情の読めない糸目のまま、淡々と返す。

 怪我を庇いながらも、乱れる事の無い騎士団の構えで今一度剣を握る。


「まぁでも、僕もこの場では会いたくなかったよ。……できるなら、こうして向かい合うのではなく――同じ方向を見ていたかったな」


 続けられた一言は彼の本心であるが、それと同時に彼女の心を抉るには充分なものだった。

 彼女からぼろぼろと崩れ去るのは剣の構えと表情。それを見てロミは1度剣を鞘に収めて交渉に出る。


「お願いだジュリエッタ、投降してくれ。……僕も君を、仲間になるはずだった人を傷つけたくはない」

「…………っ」


 それは戦いをやめて、ブランの騎士団へと誘う――言うなればノワールを裏切れ、というもの。元々数年前は彼女は母親と共にブランで生活していて、災厄さえなければブランの騎士団に加わるはずだった。実際にリグレットやロミ達と訓練をした事もあるのだから。


「……それは。それは……できません。いくら貴方の頼みだからって……それは!」

「……そうか。なら、仕方ない」


 その誘いは何度か揺らいで、断られる。

 それを聞いてロミは再度構えをとる。もっと話をすれば、いつかは折れるだろう。だがそれ以上に、ブランとノワール……2つとも特別である彼女が、迷い悩む姿を見るのが苦しくて仕方がなかった。


「ごめんね」


 謝罪と共に繰り出される静かな死の一線。ジュリエッタは風の魔術で大きく後ろに下がって間一髪で避ける。

 自分の身が危うくなっても尚彼女は、剣を構えようとはしなかった。


「「…………」」


 見合う両者に流れる沈黙。ロミが動けば、ジュリエッタも後ろへと下がり、ロミが剣を振れば、ジュリエッタは風の魔術で避ける……その繰り返しが幾度と続く。


「このまま続けても、君が魔力切れで負けるだけだけど」

「…………」

「それでも避ける事を続けるの……かなっ!!」

「ぐぅ……っ!」


 ロミの一方的な攻めではあるが、変わることの無い状況を打破するべくロミは緩急をつけた一撃を放つ。 それによって魔術のタイミングをずらされたジュリエッタは、ようやく剣で受け止める手段へと移るが、まるで力が入っておらず遠くへ弾かれてしまう。


「…………」

 

 剣を失い、へたりと座り込むジュリエッタをロミは無言で見下ろして溜息を吐く。

 彼女は強い。心の迷いで底力を出していないだけで、本当はもっとブランの脅威になる程、強い。だからこそ今のうちに排除する必要があるというのに、こんな様子ではその気も無くなる。


「……君の存在はこちらでなんとかする。今後は、戦争には参加せずにノワールで平穏に暮らしてくれ」


 ロミは少し考えて、ジュリエッタへと話す。その内容は戦いでも投降でもない……戦場からの逃走という手段。

 ジュリエッタを逃がしても、ブランに真実を伝えずにノワールで過ごしていれば彼女は無事のまま。例え戦争でブランが滅んだとしても、彼女は安全であるのだから。


「で、でも……!」

「戦場にいる以上、僕らの甘えは通じない。死ぬか殺すかで、どちらも生きて帰れるのは稀なんだよ」

「なら、せめて貴方だけでも……」

「……それはどうだろうね。でも――君が狙っている「ブランの王だけを殺して戦争を終わらせる」なんてやり方はリグレットは勿論……僕も本気で止めに行く」


 それに反発したジュリエッタを、ロミは即座に切り捨てる。前回を踏まえて、ジュリエッタの狙いについては騎士団で話し合っていたからだ。

 国という組織、その1番上を殺せば手っ取り早く戦争は終わる。それ故に狙うのは困難だが、彼女の速さならば不可能な話ではない。事実前回、エルメルアの守護魔術が間に合わなければ、そうなっていたのだから。


「だからブランと……僕らと戦うつもりがないなら、投降するか今のうちに逃げてくれ。……これが最終宣告だよ」


 ロミはジュリエッタに逃げる時間を与えるが、ジュリエッタはその場から動こうとはしなかった。


「……逃げたりはしません。私は、決めたんです。私の故郷は、私の手で終わらせるって」

「…………」

「でも、貴方と戦いたくないのは本当です。だから――」


 ジュリエッタは一転して剣を構える。それを確認してロミが剣を構えて重心を定めた瞬間――ジュリエッタは足で魔術を起動してロミを避けるように大きく前進する。


「私は、私のやり方を貫きます」


 彼女は戦いを選ばない……そう判断してしまった油断を取り返すべく、ロミも強引に構えを崩して彼女を止める。


「なら何度でも言う。そのやり方を選ぶなら、僕らと戦う決意をしてくれ」


 強引な構えの崩しから、相手の勢いを止めるために足を踏み込む……その流れは今のロミの身体には厳しいものだが、それでも彼は顔を歪める事なく、彼女へと言葉を投げる。

 

「姫様だけ殺した所で、戦争は終わっても復讐という別の形でまた同じ事が始まる。それなら最初から、二度と刃向かえないように叩き潰して制圧するべきだ」

「そうだとしても……! 私は、可能性に賭けたいんです!」


 鉄と鉄が奏でる音楽の中、互いに譲らない2人はまるでダンスを踊るように、互いの信念をぶつけ合う。


「いつまでも平行線のままだね……」

「ノワールとブランが何故戦いをしなくてはならないのか……それが曖昧である以上、私の意志は変わりませんから」

「なら僕は一足先に意思を変えるよ――」


 鍔迫り合いの状況から、距離を大きく取ってロミは右の2本の指を刀身の中央に施された溝へと添える。


「この身に宿れ『炎神の加護(アドラヌス)』」


 その溝の切っ先へと指をなぞらせていくと、その溝を埋めるように爛々と赤く輝いていく。

 炎神の加護(アドラヌス)――それは炎の魔術でありながら、唯一炎が出ることの無い魔術。刀身に魔力を付与し、その量が多ければ多いほど刀身は熱く、鋭くなっていく。炎で焦がすのではなく、焼き切る事に特化したもの。


「…………っ!」


 今までにはロミからは感じられなかった敵意……そして殺意を初めて向けられたジュリエッタは、僅かに身体を強ばらせる。そして実感する。

 ロミは傷ついた状態であっても、まだ手を抜いていたのだ。自分を逃がすために、わざと。だからこそジュリエッタは剣を使わずとも、魔術での回避だけにできていたのだと、実感した。

 だが今目の前にいるロミは、多分きっと……いや確実に逃がしてくれるという甘えはない。回避はもちろん、剣で防ぐ事すら怪しいだろう。

 

 しかし信念を曲げることは自分自身が許さない。たとえ不可能であったとしても、ブランとノワールがもう一度手を取り合う未来はあるはずなのだから。

 じり……っと地を踏みしめ、剣を構える。戦うためではない、あくまで相手の攻撃を躱す為の剣。

 

 2人の距離は僅か10メトル。魔術を用いれば一瞬の距離。

 間に流れる静寂……距離を探りながら、互いの動きに集中する。

 呼吸、身の震え……それすらも僅かな隙を見せれば、決着は目の前にやって来る。


 ざざっ! と草むらが揺れた。それが合図だった。


 僅かな距離を2人は詰め、接敵……。


「GYAAARYUAAAA!!!!!!!!!!」

「っ!? きゃあ!!」


 するはずだった。


 2人を割くように現れたそれは、手か脚かもわからないものを6つもぶら下げ、人と同じかそれ以上の巨体を誇る虎のような異形。

 それは目の前に集中していて、真横ががら空きだったジュリエッタへと鋭い爪を振り下ろし、それに反応できなかった彼女の華奢な身体は軽々と飛ばされる。

 

「ぅ……うぅ……」


 吹き飛ばされて、受け身すらも取れなかった。

 立ち上がろうとしても、脚に力が入らず、また地へと身体を預けてしまう。


 見れば、脚が血だらけだった。他にも怪我はあったが特に酷いのは右の脚――自分の動きの軸となる脚。

 これでは逃げられない。逃げてもあの異形の速さに負ける。


 異形はジュリエッタへと近づきながら、その口からはぽたぽたと唾液が垂れていた。

 口の開閉もできないほど壊れているのか、それとも――目の前の餌を目にしているからなのか。

 どちらでもいい。どうせここで死ぬのだから。


 異形はジュリエッタの息がまだある事を目で確認して、息の根を止めるべく雑音だらけの唸り声を上げる。

 そして前足であろう2本の腕を振り上げて、ジュリエッタへと迫る。


 これは「私情を挟めるほど戦場は甘くない」……そんなことを言っておいて、結局ロミの前で私情を挟んでしまった自分自身への罰だろう。

 それでも、最後にどうせならロミに伝えたかった――。


「まだ……寝るには早いよ、ジュリエッタ」


 ガン……ッ! とジュリエッタを引き裂こうとした腕を止めたのはロミ。その声でジュリエッタは閉じかけた目を再び開く。


「なん……で?」

「なんでもかんでも」

「私達はもう敵同士……! 捨てておけば私は……死んだのに!」

「確かにそうだけどね。でも、そうだな。どうせ死ぬんなら、僕の手で死んでくれ」

「何、意味わかんないこと言って……!」

「……変な独占欲さ。気にしないでくれ――っと」


 状況の整理が追いつかないまま、異形が話を遮る。


「……今の僕じゃ数秒が限界か」


 異形の一撃を受け止めてロミは分析する。この数秒を超えてあれと力比べすれば、そのまま圧死する。ならばなるべく攻撃を受け止めない戦い方が必要となってくる。


「なら、仕方ない。……本気で行かせてもらう」


 異形の強さを見ても、へらへらとしていたロミからすっと笑みが消える。そして細目から見えた真紅の瞳。

 今までの構えとは違う……戦い方を知らぬ素人のような荒んだ持ち方。


 しかしそれが……ロミの本気。「騎士団」という型に当てはめた剣ではなく「我流」の剣技こそがロミ本来の戦い方なのだ。


「どこまで通じるかわからないが……」


 ちらりとロミはその赤い瞳をジュリエッタへと流して、すぐさま眼前の化け物へと移す。

 勝てるかも不明だが、時間稼ぎはできる。そうすればリグレット達が助けに来てくれるはずだ。そうすれば今後方にいる彼女は必ず助かる。


「……行くぞ」


 そう信じて、ロミは異形との死闘へと身を投じて行く。


 

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