40. 戦う前の余興
「会いたかったぞ、坊主!」
霧から現れた巨体、それはスピードを落とすことなく、リグレットへと衝突した。
それは剣でも何でもない、己の身体という純粋な力。
「……こっちは願い下げだ」
その突進を受け流さず、真っ向から手で受け止めてみせるリグレットを見て、グリーフはニヤリと笑う。
「この数日で強くなったな、坊主」
「それはどうも」
普通、敵が強くなったのなら少しは残念がるだろうに、むしろ血を滾らせて喜ぶのがこの男――グリーフだ。
受け止めたとはいえ、相手のように言葉を交わす余裕はない……適当な返事をして新たな剣である『無銘の神剣』の術式を起動する。
「おお! 新しい剣とは、気合いが入ってるな坊主」
「……あんたが折ったんだけどな」
「だがなぁ……坊主。剣以外にも余計なの者を連れ込んで……」
その剣を見ても、グリーフは軽快だった。リグレットの話すら聞いていない余裕を見せつける。……が、その表情はリグレットの隣に佇むティアを見て、がらりと変わる。
「……私、ですか?」
「おいおい――この後に及んで他国の姫の真似事はやめな。アンタのやり方を知ってる俺に、通じんぜそれは」
あくまでもエルメルアを演じるティアを、グリーフは軽く睨む。それだけでも並の人間は驚いて戦意を無くすだろうというのに、睨まれたティアは動じることはない。むしろ、ふふっと笑って見せたのだ。
「やはり貴方には通じませんか。流石、といったところですね」
「……どういう風の吹き回しだ? 少なくともアンタが、人間に手を貸す時はなんか裏がある時だ」
「気まぐれですよ、気まぐれ。というか、貴方からそんな評価をされているのが心外ですね。別に精霊は誰であれ手を貸しますよ。変にプライドの高い龍や悪魔と違って」
リグレットがティアにした問いをグリーフも同じように問う。しかしティアの答えは変わらず「気まぐれ」と答えるだけ。
「態度からして、戦う気はないのはわかるんだがな」
「あくまで、今の主役は貴方達ですからね」
「……相変わらず何考えてんのか、さっぱりだな」
本心を探ろうとする言葉を上手くはぐらかしていくティアに、グリーフは大きな溜息をつく。
「……大した理由はありません。貴方達2人……私の教え子達が戦うのです。眺めたくもなるでしょう?」
「どうにもそれだけには思えねぇが……まぁいいさ。お望み通り見せてやるよ、周りも始まった頃合いだしな」
にこにこと笑うティアから、視線をリグレットへと移し背負われた大剣を構えるグリーフ。
その姿を確認して、改めて構えを取るリグレット。
四方からは剣が交わる音、そして風の爆発音……ロミとセアリアスが戦いを始めたのだろう。霧で見えないが、セレー二の慌てふためくような声も微かに聞こえる気がする。
そして、それがシンクロするように一瞬……音が止まる。
それが合図だった。
「行くぞ坊主!!」
「…………ッ!!」
周りに遅れてはいる。しかしどこよりも激しい戦い。
黒き獅子と白の狼……その両者が、互いの牙を再びぶつける。己が強さを示すために――。