38. 精霊の思惑
リグレットが部屋を出て、3人となった部屋。しかしそのうち2人は静かに眠っている。その2人を眺めてティアは1人考え事をする。
それは迫るノワールの襲撃について。そして自分自身が、ブランの指揮を執って防ぐということについて。
「ブラン側の戦力に、ノワールの襲撃する戦力。それに関しては私が出る必要はない。……ですが問題はその先」
ただティアは、ブランやノワールを問題視していなかった。どちらかと言えばその後の出来事。
エルメルアの不完全な予知では視えない、本来起こるべき未来の事。
それも本当ならば気にしなくても良かったのだ。ティアが……いや、ティアとティナが本調子であるならば。
ティアは僅かに息を漏らして、座って眠るティナを見る。
人形のようにぴくりと動く事もせず、ただ背もたれに身を預けているティナ。身体は動いていないが、そっと胸に顔を当てればとくん、とくん……と小さくリズムを刻んでいる。
彼女がこうなったのは聖戦によるもの。魔力が命である私達は聖戦を終わらせるためにその大半を消費した。
それでこうなった。魔力というのは身体の主導権を握るものから消費されて、それが魔力切れを起こしたら次の主導権を握るものへと移る。つまりは今ティナは魔力切れの状態で、生きるための魔力をティアからもらっている。
魔力切れを起こすと魔力が回復するのに時間がかかる。しかしティナとティアは、その特異な身体構造上何らかの活動をするとティナから魔力が消費される。
だからこそティアの魔力を代用していても、生命魔力に消費されて、その他の活動に手が回らず、その結果寝たきりの状態――という訳だ。
こうして長い間寝て、そして短い間活動する。それが今のティナの生き方である。
そして今のように『別離の星』を行っている時は、ティナは眠ることに専念できるため多少は回復に余裕が生まれるのだ。
「……まぁ、逆に私の魔力が減ってしまうという欠点はありますけれどね」
ティナから顔を離して、誰に言うのでもなくティアは呟く。
ティナの回復が早くなっても、今度はティアの魔力が減ってしまうため、それはそれでティナに渡せる魔力が減ってしまうのだ。
魔力が減る。それが今、ティアが問題視している事。
セフィアが予測した未来では、次のノワール襲来時に「魔獣」が出るかもしれないと言っていたのだ。
それがどれだけの数で、どれだけの強さなのか。それによってティア自身の命すら危うくなりかねない。それが気がかりだった。
「セフィアもエルメルアも……親子揃って不調。なので魔獣の規模までは不明なのは致し方ないです。その原因は直接でないとしても私にある以上、こちらも無理をするのは当然ですが――」
ベッドで眠るエルメルアを、そしてその母であるセフィアを思い返してティアは僅かに微笑む。
彼女達が不調になったのは本人が自ら無理をしたせいである。しかしそれを助長したのはティアである事に変わりはない。
決して彼女達の不調に微笑んだ訳では無い。ただ、不調になった理由がそっくりなのだ。親子揃って、自らの身体を顧みず、他人のために動けなくなるまで無茶をする。そんな甘さまでもがそっくりで、顔が綻んだのだ。
「本当に、仕方の無い子達です」
昔セフィアにしたようにエルメルアの頬に触れ、ティナの様子へと視線を移す。
「魔力循環も安定。ですが、やはり時間はかけられません。それでも多少の荒事をして裏方を炙り出したい所ですけれど」
今回、リグレットに提案した気まぐれには純粋にリグレットとグリーフの戦いを見たいのもあった。そして次に魔獣。
最後に……その裏で手を引く者を炙り出す事。
ブランとノワールの戦争という混乱に乗じて、何かすると思ったが平行線を辿るまま。ならば「エルメルア」というブランの国王になりきり、「ティア」としての力を見せつければ、様子見に専念するのではなく生まれた脅威を潰す方向に変わる――そういう算段。
潰すために動いてくるのならば、待ち構えた創始者が殲滅。そう上手くはいかないだろうが、どちらにしろ今の状況は変えられる。
しかし結局は「魔力消費によるティナへの危険」がついてきてしまって話が終わらなくなってしまうのだが。
「……答えを導いて辿るより、時には解答の無い道を辿るのも良いかもしれませんね」
眠るティナを見て、そんな事をふと思った。いつもは何事も推測して最善を選んできたが、時には姉のようにやってみてもいいと。
いつもは身体の主導権がティナにあったから、推測するだけの余裕があったのなら。たまには交代して、姉に休む余裕を与えてもいいと思ったのだ。
「たまには運動しましょう。適度にね」
ティアは笑う。誰も見ていない部屋で、そんな余裕を見せながら。
ノワールの襲来……はたまた魔獣の襲来。
それはもう、目前に迫っている。




