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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
35/79

34. 求め望んだ――

 近くなることも、遠くなることもない小さな背をただひたすら、ひたすら追う。巧みに足場を躱す、その脚さばきも今ではもう見慣れた


 これなら、いける。そう確信する。

 ここを逃せば次は無い、自分の限界を今ここでぶつける。


 強く、強く、ただひたすら強く蹴る。利用した足場が彼方に飛ぶほど、速度を上昇。迫る背中へと手を伸ばして、叫ぶ。


「とど……けぇっ!!!」


 そんな願いが届いたのか、指先が微かに触れる。

 

 触れた。その実感はまだ湧かないが、でも確かに感覚はある。しかしそれに気を逸らされて、速度の慣性を殺せずに足場の群れから放り投げられる。


 いつかの傷ほどの痛みは無いが、疲労や焦りで油断していた体には響く鈍い痛み。だがしかし、それを忘れられるほど特訓を終えた喜びがあった。


「おめでとう。よく追いついたね」


 そんな喜びに静かに浸っていると、足場を元に戻してこちらへとやってくるティナの姿。

 疲労困憊で動くこともままならないであろう自分とは違って、ようやく軽い運動をしたといった様子の彼女。それを見て、彼女が人間離れした『妖精』という事を改めて確認させる。

 魔術を維持して、その微調整を適切に行い続けるという行為でさえ辛いというのに、今回はそれに加えて身体の動きや武器の扱い方があったのだ。途中何度も魔力切れを起こして、ティナから「ティアの涙」を貰っていたというのに、彼女は休憩も何もしていないのだ。

 それでいて逃げる速度は落ちることなく、今では余力さえ感じる。これを生で感じて、凄いと思わない方が珍しい。


「そんなに見て……どうしたの?」

「ああ、いや……。その体躯からは想像もできない力があるんだなって」


 そう。更に賞賛するのなら、彼女は小柄なのだ。

 グリーフ――彼のように、筋骨隆々とした大男という見た目ならば化け物のような力を持っていても想像できるが、彼女の場合自分よりも一回りも細い腕で、繰り出される攻撃の重さはグリーフと変わらないのだから。


「ははーん、そりゃあ人間と比べちゃダメだよ。妖精はどんな種族よりも純粋な魔力を持っているから、魔術の扱いや効果は言うまでもないし。それに迷宮みたいな森の中を駆け抜けてきたから身のこなしも逸品。背丈は君達と変わらないけれど、龍や悪魔……あと神にだって引けを取らないよ」


 彼女は今まで倒した事を思い出すように、指を折って数える。

 それを横目にリグレットは以前フェアリーランドに行った時を思い出す。確かにあそこの空気は魔力が満ちているし、そこで暮らす妖精達の動きはすばしっこかった。そこで鍛えれば自然とその強みを活かせるのも不思議ではない。

 それよりも、だ。


「龍や悪魔――それに加えて神も存在するのか」

「え? ああ、うん。まぁでも今は龍だけじゃないかな。悪魔はわからないけど、神っていうのはあくまで「神の遺物に認められた人間」の事だから、流石にもう……ね」

「それでも龍はいるんだな」

「うん。今なら……緑の国とか、龍の名残りが見られると思うよ」

「……そうか」


 龍や神……どれも書物でしか見たことのない生き物。目の前に妖精が存在しているため不思議な事ではないが、他の国に存在しているという事は、これから先戦うことがあるかもしれないという事。それもティナと同等かそれ以上の力を持った存在が手加減無しに、だ。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 ノワールとの戦争が終わってからとはいえ、まだまだ自分の力を高めなければ。今のままでは到底足りない――そう、右手を握りしめて確信する。


「ところでさ、リグレットはなんで強さを求めるの?」

「なんでって、それは――」


 強さを求める理由。そんな事、言うまでもない。


「姫のため、だ」

「……ふぅーん」

「騎士団の団長として国民を守るため……そういった意味もちゃんとあるけどな」


 国民を、ブランを守る。その理由が無いわけではないが、どれも姫であるエルメルアのためというのが根本にある以上胸を張って言えない。

 姫のため……それは小さな頃から約束だった。日々を笑って暮らす彼女を傍で見守り、その笑顔を決して散らさない――そんな小さな約束。


 だと言うのに、守れなかった。……3年前の災厄のせいで。強引に作られたような自然の暴力の前に、自分は何も出来なかった。悲劇を目の当たりにして、泣きじゃくる姫の手を引いて逃げた。災厄の被害者の声も何もかも無視して。

 あの時、もっと自分に強さがあれば。災厄に立ち向かえる力があれば救える命も沢山あった。それに姫が泣くこともなかったのだ。だからあの日からの決意――「もう二度と姫に悲しい顔をさせない」と心に決めた。それが強さを求める理由。


「貴方達って、ほんっと似てる」

「……何が?」

「なんでも。ま、誰かの為に強くなろうとする。……その心意気は良いと思うけどね」


 何か呆れた様子を見せるティナに疑問を抱くが、彼女はそれに答える気は無いようで話を続ける。


「まぁでも……。誰かのためって、一見その人のために見えても、実は個人の自己満足だったりする時もあるから。……すれ違って、本質を見失わないようにね」


 ティナはそう言い終わると、どこからか吸い付くように飛んできたペンダントを首にかけ直して「んじゃ、また明日」とだけ残して消える。


「あっ、おい! …………好き放題言って、聞く耳はないのか」


 嵐のように去っていくティナに文句を言って、伸ばしかけた手を下ろす。今に始まった事ではないが、基本的にティナはいつも急いでいる。まだ短い間柄で彼女のペースに慣れないのも多少はあるのかもしれないが。

 話からすればティナとティアは多忙だと言っていたし、それに文句は言っていても怒っている訳ではない。

 呼び止めたとしても聞いたのは、誰と何が似てるかどうか、ただそれだけ。わざわざ呼び止めるような話でもない。


「まぁいい。……それにしても姫は、どこへ?」


 残った疑問は頭の隅に置いて、また後程聞けばいい。そうして次に出てくるのは、エルメルアの行方。

 訓練に集中していたからか、途中から何処に行ったのかわからなくなってしまったし、今見渡しても訓練場にエルメルアの姿はない。


「あっ、姫」


 少し足を急がせて、訓練場を後にすると入口の扉に背を預けているエルメルアがいた。彼女はリグレットを見て軽く微笑むが、それを向けられたリグレットは彼女を発見した事による安心よりも心配が先に来ていた。

 それはエルメルアの額がしっとりと汗で濡れていたから。

 元々エルメルアは多少激しく動いても汗をかかない方だが、だからと言って運動が苦手という訳ではない。むしろ騎士団に衰えないくらいには動けるのだ。


「……姫。何か、ありました?」

「いいえ? 大丈夫ですよ、リグレット」


 そんな彼女が、汗をかいているというのは何かあったに違いないのだが口を割る気は見せない。

 こちらを不安にさせたくない……そんな優しさ故の行動であるのはわかるが、何も知らないというのも不安になる。しかし無理に言わせるのも相手の負担になってしまう。

 そんな葛藤を心で繰り広げ、出した言葉は--。


「……どうか、御無理はなさらないようにしてくださいね。姫」

「……わかっています、リグレット」


 こちらの無理に吐き出すような言葉を聞き終えたエルメルアは少し顔を背けて返答する。

 

 そして生まれた、沈黙。

 互いに探るようなぎこちなさ、その空気を払ったのはエルメルア。


「それでは、その。ちょっと疲れたので、少し休んできます」


 その重い空気で一瞬出遅れたリグレットが、口を開いて音を発するよりも早く。

 エルメルアはその場を早足で歩いていく。


 今すぐ追いかければ追いつける距離だと言うのに、その距離が異常なほど遠く感じた。まるで、追いかけてはいけない、今追いかけてしまえば彼女はもっと遠くに行ってしまう――そう言われているような錯覚。

 それを振り切って足を進めた時には、もう彼女の背は見えなかった。

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