33. 王として、保有者として
地を駆け、空を舞う2人。遠くからでもわかる白熱した勝負をエルメルアはただ無言で見つめる。首を動かして、2人の行方を追う彼女の顔は、どこか憂いを帯びていた。
『……複雑な心境、ですか?』
「えっ? ……い、いえ。そんな事は」
『ふふっ。別に隠すような事ではありません』
祈るような少女の口を開かせたのは、蒼く輝くペンダント。その中に眠る意思――ティア。
その表情はわからないし、彼女と同一の存在であるティナは今眼前でリグレットと激戦を繰り広げているというのに、ティアは涼しそうに話す。
『強くなるという事は己を守る盾であり、自ら死地へと誘う足枷。彼が強くなれば、守れる命も増える。しかしそれに伴い彼は、更なる危険に立ち向かえるようになってしまう』
「……っ」
『王として、国民を守る力は欲しくとも自分の大切な従者を失うくらいなら――そんな所でしょうか』
まるで自分自身の恩恵である『予知』を使われているかのように、思考を読み取られていく。
『王というのは難しい立場です。国を捨てれば冷酷と蔑まれ、友や仲間を捨てれば心に傷が残る。そんな選択を強いられるのですから』
これまでの経験を懐かしむように語るティアに耳を傾けながら、鳥のように自在に空を駆ける2人へと視線を向ける。
今までずっと側にいたからこそ、より。よりわかってしまうのだ。彼は飛躍的に強くなっているのだと。
足場だらけの制限された中を、縫うように。時にはその狭さを活かして、連続で地を蹴り加速する。速さだけではなく足場に剣をぶつけて速度を殺したり、その反動で方向を急変させたりと絶妙な緩急のつけ方をマスターしている。
最初は大差をつけて逃げられていたティナを、徐々に追いつめているのが強さの証明だろう。それでも、やはり……。
素直には喜べない。理由は先程ティアが述べた通り。
強くなれば彼はもっと人を守るだろう。……強くなれば、彼はもっと傷つくだろう。思い浮かべるのは、あの日グリーフに敗れた痛ましい姿。
あの姿を見たくない、戦いなんてせずに無事な姿でいてほしい。そう願っても、王はそれを止められない。国のために散る勇姿を見送らねばならない。その選択が……まだ、できない。
『ですが、死にゆく未来を避ける。……そんなやり方も貴方ならできると思いますが』
そう、本来なら自分に宿る予知の力で未来を視ればいい話なのだ。代償という負担が体を襲っても、大切な人を失うくらいならどうだってことは無い。
だがしかし、それはできない。なぜなら――
「…………視えないんです。彼の未来は」
リグレットの未来は視えない。何度試しても彼の未来は途中で途切れる。基本的に予知できる範囲に際限はあらず、代償が無い前提で話せば、その予知する対象が現時点から息絶えるまで見ることができる。
だから予知をして途切れる時というのは、対象の命に関わる時、なのだが……リグレットに関しては何気ない事は見れても、何か些細な事でぷつりと途切れてしまう。
『……未来を予知するという事は、見たくも知りたくない事まで視えてしまうから本能的に拒絶している、と』
「…………はい」
多分きっとそうなのだろう。お姉さんも言っていた「恩恵の通じない対象」の1つ、保有者が本能的に拒絶しているもの。その対象にリグレットが入っている。
リグレットとは1番長い付き合いであるし、自分が憧れている人だから改めて考えれば当然の話ではあるのだが。
『それで貴方は、恩恵での手助けはできないが、かといって彼を見捨てる事もできない』
「……はい」
『…………貴方方には困ったものです。子は親に似るとはよく言ったものですね』
呆れたように溜息を吐きながら、どこか微笑むような声色で話すティア。口ぶりからして昔、同じような状況が母か父にもあったのかもしれない。
『結論から言えば、救いたいと思うのなら――貴方自身が強くなればいい。それだけです。ですが……』
一転して落ち着いた声で、ティアは話を続ける。
『貴方の場合……常人と比べれば多少動けるのかもしれませんが、洗練された者が集う戦場では自ら命を捨てるようなもの』
「で、ですがっ! 私だって訓練すれば……」
『……この際はっきり言いましょうか。それは無理ですエルメルア。確かに貴方も技術を身につけるだけの伸び代はあるでしょう。しかしそれは貴方が「普通の人間」だったのなら、です』
淡々と言葉を並べるティアに嘘はない。厳しいようで、それが彼女の優しさだというのに頭は理解しても、それを認められない自分もいて、ぎゅっと拳を握りしめる。
『幸か不幸か、貴方は恩恵を身に宿した保有者。それもかなりの代償を伴う強い力です。現に貴方の右眼は見えないでしょう? それに加え恩恵を発動して暫くはまともに動くことすら不可能。いくら何でもハンデが多すぎますよ』
左眼だけの生活に慣れたとはいっても、それはあくまで日常における生活。今でさえ状況を把握するのに目だけの移動では足りず、人よりも多い死角を補うために新たな死角を作らなければならないのだ。より状況が忙しい戦場では、どうなるか考えるまでもない。
でも逆に考えれば、その状況を先に――。
そんな考えに辿り着いたのをティアは見かねたのか、大きく息を吸って、これまでで1番大きな溜息をわざとらしく吐く。
『まぁ……きっと。彼女がそうしたように貴方も――自分の犠牲なら厭わない、のでしょう?』
言っても聞かないのが彼女なので、と付け加えるティアにエルメルアは無言で頷く。
『はぁ……仕方ありませんね。多少の手解きなら、教えてあげます。……しかし条件、というよりも約束事が1つ』
諦めたように話すティアは、一呼吸おいて続きを話すべく口を開く。
『これは最期の手段だと思ってください。……というのは私達生命というのは強い選択肢を覚えれば覚えるほど、それに頼りがちですから』
そんな願うようなティアの言葉に、エルメルアは小さく噛み締めるように「わかりました」と一言。
激しい特訓に身を燃やす従者を瞳に映した小さな女王もまた、静かに覚悟の灯火を燃やすのだった。




