32. 特別訓練「鬼遊戯」
ティアの書き置きで来るようにと伝えられた訓練場へと、2人は早足で向かう。というのも昨日は会話が思ったよりも弾み、王城内が寝静まるまで話していたため起きるのに遅れてしまったからだ。
ようやく訓練場へと辿り着いて、確認した時刻は予定された時間のギリギリといったところ。しかし入って聞こえてきたのは、遅刻に対する苦言ではなく誰かと会話を楽しんでいるようなティアの声だった。
「……あら、意外と早かったですね」
「意外とってなんだ、意外とって」
「まだ少し2人の時間を楽しんでいて良かったんですよ?」と微笑みかける彼女を渋々と睨みつければ、彼女はそれを受け流すようにくるりと踵を返す。
「さて、では始めましょうか」
中央にて響く、指を鳴らす軽快な音。そしてそれに呼応するように揺れ始めた地面が唸りを上げ、その形態を変化させる。酷い砂埃に視界を奪われて、次に目を開けた時。そこに広がるは別世界。
宙に浮く足場に様々な隆起からなる歪な大地……どれも訓練場に用意されていたものでできているが、原理は不明。
ここを変えた張本人は、形成された足場の山の頂上にてこちらを見下ろす。説明不要、私を捕まえろ--そう彼女は無言で言っている。
彼女ならば「ただ追いかけるだけ」というひねくれも無い事はしないと思うが、怪しむよりも行動してこそだ。距離を近づけようと脚へと魔術を行き渡らせれば彼女はニヤリと笑う。そしてこちらへと腕を振るって何かを投擲。投げられたそれは綺麗な放物線を描いて、隣にいたエルメルアの手へと落ちる。それはティナがいつもつけているペンダント。
『ティナも乱暴ですね……。まぁさておき、リグレット。貴方は逃げるティナを捕まえなさい。それが最後の訓練--鬼遊戯です。エルメルアは私と一緒に、この遊戯を見守りましょうか』
ペンダント越しに聞こえるティアの言葉に頷くエルメルアをちらりと見て、リグレットは魔術で強化した脚で地を蹴って宙へと踊り出す。王城の次に大きな施設、その天井付近で待ち構えるティナの元へと辿り着いて、脚の力を抜く。
「……ふぅ。それにしても、捕まえろだなんて言っておいて逃げないなんて……ッ!?」
手が届く距離まで来ても逃げようとしないティナに呆れながら話しかければ、地を握りしめていたはずの足が途端に空を掴む。踏んだ足場もティナも変わらない。ただ自分だけが下へと引き摺られている。
「驚いた? ……この足場はね、魔力を感知して固形化するの」
離れていくティナの姿……そして手荷物代わりの挨拶を聞いて意地の悪い性格だ、と改めて思う。ただそれを伝えるために頂上まで行かせて、またスタート地点へと戻してやり直させる。
助言通りに再び魔力を脚に集中させ、流れで付近の足場を蹴って落下の勢いを殺し着陸。砂埃を払いながら見上げれば、ようやく彼女は動き出す。
ひらりひらりと足場を掻い潜りながら、こちらの様子を伺うという一連の流れを観察、そして対策を頭の中で処理する。
「なるほどな……」
試しに動いて見るが、これはかなり難題だ。着実にひとつひとつ足場を動いても絶対に捕まえる事は不可能で、かといって最初行ったようにひとっ飛びしようにも複数の足場が邪魔をしてしまう。
思えば今まで、強化魔術というのは「一瞬の全力を底上げ」している使い方で、繊細さが欠けていたのだ。
今必要とされているのは0か1かではなく、その中間。適量の魔力量で、できるだけ維持させること。そうしなければこの特訓は終わることは無い。
「もっと言えば--今ここに還れ『無銘の神剣』」
何度も練習を重ねた魔術を起動。ある程度出力の調整等もできるほどには成長している。そんな新たな剣をぐっと握って足場に剣をぶつけると、コンっと静かに響く音。
なるほどな、と改めて思う。追いかけて捕まえるという簡単な遊びに、ここまでの意味を込めれるのは流石だ。
時に自分の得物は混戦時に邪魔となるし、その地面は戦場の環境によって変化する……それを表したのが、この複数配置された足場という訳だ。
彼女に追いつくための強化魔術を維持させる持久力、そして武器の扱い方、当て方といった技量。その2つをまとめて特訓させるつもりらしい。
「確かに……これが終わる頃には、勝てる見込みも湧いてくるかもな」
元はと言えば、あの化け物に勝つための訓練なのだ。生半可な力ではなく、持てる全てを使わなければできなくて当たり前なのだ。
ようやくスタート地点に立ったリグレットと、その姿を見ても余裕を見せるティナ。
両者共に本気の鬼ごっこが今、始まる。




