31. 人間と妖精と精霊
いつの間にか寝てしまっていたようで、私は飛び起きる。心地よい子守唄はもう聞こえない……寝てしまったから気をきかせて帰ってしまったのだろうか。
「……? 何でしょう、これ」
辺りを見渡そうとして、最初に目に入った1冊の本。ペラペラと眺めてみれば、そこには恩恵についての事や七天の創始者の事が書かれていた。
本にはこう書かれていた。「現時点で確認できた創始者は『万象の観測者』、『幻惑の使徒』、『宣告の魔女』、『夢幻の導き手』、『裁断の天使』、『回帰の臥龍』のみ。詳細な場所は不明だが、各地でそれぞれ活動している」……と。
そうすると、お姉さんの言っていた「各国を巡って協力関係を築く」というものと同時並行で「七天の創始者を探す」という目的を進めれば良いのだろうか。
「とりあえずティアさんを探さないと」
この間会った時に調べる、と言っていたのでこれを書いたのはティアであるし、私が眠る前には置いてなかったものだ。まだティアはブランの地にいる。
「……って、ティアさん?」
急いでベッドから立ち上がれば、その目線の先に居たのは目的の人物。後ろ姿で表情はわからないが、俯いたままぴたりと固定されている。
恐る恐る回り込んでみれば、ティアは目を閉じている。よく耳をすませれば、静かな寝息も聞こえているような気がした。
この人も寝るんだ。というのが素直な感想である。正直に言って寝る時間があるなら、調べ物や本を読む時間に割く人だと思っていた。
珍しい寝顔にやはり目が惹き付けられて、しばらくその整った顔をまじまじと見てしまう。普段は表情が乏しく冷たい雰囲気ではあるが、元々ティナと同じ身体であるから気の抜けている時は柔らかい雰囲気になっていて可愛らしい。
「姫、失礼します」
突然の訪問に声が出そうになるのを手で抑え、ドアの方へと視線を向ければリグレットが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「……ティアは寝てるんですか」
「はい。私が起きた時にはこんな感じで……え?」
ふと何かが引っかかって間抜けた声を出してしまう。会話は自然な流れだったが、そんな事よりも今リグレットはなんて呼んだ……? 呼び捨て、だったような気が。
「ええっと。それで、リグレットは何の様で……?」
「ああ、その。ティアがわからない事があったら姫の所に行っていると…………姫?」
確実にはっきりと聞こえた。聞き間違いだと思っていたが、そうではない。私の気など知りもしないで心配そうにするリグレットに、むっとした顔で見つめて見るが彼は益々困惑するだけだ。
「……別にまぁ、貴方が誰と仲良くしていても、私には関係のない話ですし。別に、呼び捨てなんだなぁとか思ってないです」
「は、はぁ」
リグレットは特にそういった事は意識していないのだろう。呼びにくいから呼び捨てにした、ただそれだけ。
長年の付き合いから、そういう理由なのだろうと予測はできるが、やはりどこか居心地が悪いというか……なんというか取られてしまいそうな気がする。
そんな事を考えても仕方ないかと溜息を吐いていると、ぽふっと頭の上に何かが乗る。
「えっと、姫が考えてる事はわからないですけど。私は姫の従者ですから。離れる事はしません」
「そういう意味じゃ……もう……」
何の解決にもなっていないし、意味もすれ違っているが、頭をわしゃわしゃされればそれだけで満足してしまう自分が憎たらしい。これでは甘えたいだけの悪い子ではないか。
「ま、まぁでも。リグレットが無事で何よりです」
「ええ……。剣こそ折れてしまいましたが、身体の方は凄く良くなりました。これも優秀な治療者……姫のおかげですね」
「……気づいてたんですか?」
「なんとなく、です。あの時必死に呼びかけていた声は、姫のものだった気がして」
色々とあの時はリグレットを助けようと必死だった。少なくとも魔力性貧血になるほどには治療していた。後々から聞けば誰が治療したのか、などわかる事だが、なんとなくでも気づいてくれたのは嬉しい。
「ですがリグレット。剣が折れては……」
「ああ、それなら……『無銘の神剣』」
剣がなくては戦えない、そんな心配を払拭するようにリグレットはその手のひらから光を束ねて白銀の剣を作り出す。
「『錬成術』……確かにこれなら剣はなくてもいいですね」
「はい。ただ難点としてはすぐに壊れてしまって……」
そう言い終える前に、白銀の剣はあちらこちらが欠けて魔力へと戻っていく。『万花せし星の光』と違って、錬成術で作った物は不安定で、魔力が多すぎても少なすぎてもダメなのだ。精霊術は割と得意な部類ではあるが、その中の錬成術だけは一向にできる気配が無かったもので、リグレットにアドバイスしようにもできない。
わかっているのは、1度適切な魔力量で錬成された物は外的な要因、または術者の任意のタイミングでのみしか破壊されない。作り出す時のように魔力不足で砕け散ったりはしないし、魔力を上乗せして威力を上げても壊れない。
かといって壊れても、すぐさま作り直せるし、何より剣を常に持ち歩かなくていいという利点があるため、錬成術は「覚えられたら非常に便利な魔術」として知られている。そもそも精霊術の難易度が高いため、あまり習得を目指す者はいないが。
「…………ん……っ」
2人でうんうんと唸っていれば、その傍らで眠っていたティアが目を覚ましたようで、ゆっくりと瞬きを繰り返している。
「あ、ティアさんおはよう……こんばんはですね」
「おはようございますエルメルア。……どうやら、私は長い間寝ていたようですね」
不快感を示すように頭を抑えて、ティアはすくりと立ち上がって軽く伸びをする。その表情は少しだけ恥ずかしさを隠しているようにも見える。
「ふぅ……それでリグレット。貴方はそうですね、錬成術が成功した時に力を抜きすぎです」
「まだ何も言ってないが……」
「尋ねてきたのは、どうせすぐ壊れる、とかいう理由でしょう。聞いていなくてもわかります」
「実際にそうなのが悔しいな。わかったよ、試してくる」
「待ちなさい。どうせならエルメルアに見られていた方が集中するできるでしょう?」
話に置いてけぼりにされていたが、急に自分の名前が出てきてびくっと反応してしまう。私が見てると何故集中できるのかわからないが、確かにリグレットが成功する所は見ていたい。
「リグレット……! 頑張ってくださいっ!」
「姫まで、そんなキラキラした目で見なくても……わかりました」
逃げ場が既に防がれてしまって、リグレットは諦めがついたように右手を前へと突き出す。集い始めた光が室内を照らして、再び剣の形を作り出していく。
「束ねし光を、在るべき姿へ。今ここに還れ『無銘の神剣』ッ!!」
同じ白銀の剣に、同じ術式……ただ前と違うのはその光が青白く輝いている事。
「やはり、見込んだ通りです」
「どういう事ですか?」
「魔術というのは適正度によって魔術を発する時の色が変わる。星と同じで、その適正度が高いほど魔力は効率よくエネルギーへと転換され、その強さによって異なる輝きを放つ」
表情の緩んだティアはそのまま続ける。
「あの青白は最も適正が高い……言ってしまえば彼は強化系統よりも錬成系統の方が得意だった。ただそれを精霊術だからと忌み嫌ってやろうとしていなかっただけ……まぁ、初日で完成できたのは彼なりの努力があったからでしょうが」
そして青白の光から飛び出した剣は鏡の様に月の光を反射してその場に留まる。数秒、数分と時間を刻んでも消えることはない。
「さて、錬成術も完成した事ですし、今日はもう寝ましょう」
その様子を見届けて、意外にも睡眠を勧めてきたのはティアだった。まだ日付も超えていないし、何よりも起きたばかりであまり眠気というものがないのだが。
「ああ、貴方達は寝なくてもいいですよ。ただ私は久しぶりに睡眠をしたので、これを機に寝ておこうかと。……寝すぎの頭痛を何日も繰り返すのも嫌ですし」
そうしてティアは「詳しい事は明日話します。ではおやすみなさい」と淡々と告げて部屋を出ていく。寝顔を見られるのは嫌なのか、ここで再び眠りにつくというのはしないらしい。
「……姫、どうします?」
「リグレットは?」
「今は訓練以外はやることないですし」
リグレットはこの後の時間を私に委ねる。騎士団のほとんどが療養をしているため、仕事という仕事がないのだろう。そのためしばらくは従者として専念できるらしい。
「なら、その。もっとリグレットとお話し、したいです」
「承知しました、姫」
リグレットは2日ほど寝ていて、こうして話すのも久しぶりなのだ。世間話はほとんど一緒にいるからあまりできないが、何かと理由をつけて同じ時間を共にしたかった。
そうしてくだらない話を眠るまで2人で続け……次の日にはベッドで眠る姫と、その傍らで机に伏せて眠る従者という構図になっていたとかいないとか。