29. 特別訓練「精霊術」
「くっ……そ」
もう何時間経過したのか、それすらわからなくなる程続くティナの怒涛の連撃。避けようにも早すぎる蹴りはそれを許さず、ひたすら守るだけという一方的な状況。今この瞬間立てているのは、ティナが本気を出していないからと言いきっていい。それほど彼女は強い。
何よりも厄介なのは……。
目の前の彼女は浮いている、ということだ。
地に足が着いていれば基本的に片脚のみの攻撃となるし、摩擦だってある。仮に連続で攻撃するとしても、最初の一撃の慣性を殺して次を繰り出すという僅かな遅れが生じる。しかし空中に常にいる彼女は、その慣性を利用してコマのように回し蹴りを繰り出すのだ。
あの細足は空気抵抗もろくに働かないし、旋回による遠心力が徐々に強まって鋭利な刃物と言っても過言ではない。
蹴る方向は一方向のみ、ならば次にする選択は、
「蹴りの反動を利用して、横に逃げないとね」
それしかない……のだが。
そんな助言をわざわざ伝えて、ニヤリと笑った彼女は蹴りの軌道をわざとズラして数回転。そしてドロップキックでリグレットの胴を貫く。
「流石にバレた?」
防御を固め、後ずさるだけで倒れることのないリグレットを見て、少し残念そうにおどけてみせるティナ。
あそこまで誘導されれば誰だって、それが罠という事に気づく。気づいた所で、こちらの行動に対して何をするか決めれる相手が有利というのに変わりはないが。
胴を貫く一撃を防御できたというのに、身体中に残る衝撃とそれによる吐き気は凄まじく、反撃に転じる事もできない。それを見かねたティナは軽く伸びをして、ようやく地面に触れる。
「んま、準備体操はこんくらいかな。ティアー」
ティナはティアに何か呼びかけると、ティナの左手が青色に一瞬輝く。そしてそのままティナはこちらへと歩いて、その手にある青い結晶を1つ、リグレットへと手渡す。
「ん、飲んだ飲んだ」
かなり怪しいものだが、何もない事を示すように同じものを飲んでみせるティナを見て、リグレットも口へと放り込む。硬そうな結晶だったが、口の中ですぐに溶けてほんのりとした甘さが口に広がる。そしてすぐさま身体に変化が。
「なんだ、これ。傷が癒えて……それに身体も軽くなったような」
「それはね『ティアの涙』。名の通りティアから取った涙を結晶にしたものだよ」
ブランの古い書物にも、精霊の涙を飲むと不死になるという言い伝えがあったと書かれていたくらいだ。不死になるという誇張された表現だとしても、全快になるくらいならば不思議なことではない。
『あの。確かに作ったのは私ですけど、変な事吹き込まないでくれます?』
そう納得させているとティナのペンダントが爛々と青くなって、頭の中に響きだす声。それは怒りと呆れが混じったようなティアの声だった。しかし動くはずのティナの口は動いていない、遂に幻聴が聞こえるようになったのだろうか。
『ああ……この位の距離ならば、直接意思が伝わってもおかしくないので、安心してください。貴方は正常です』
「……そういうものなのか」
『ええ。深く考えない方がよろしいかと』
聴覚が共有されているのであれば、視覚や嗅覚といったその他の身体情報も共有しているだろうから、自分の思考は表情から察したのだろうが……知れば知るほど謎が深まる存在だ。
「作り方教えてくれないから、変な事吹き込むしかないじゃん」
『何ですか、その理屈……。というか教えるも何も、作ってる身体は同じなのでティナがそれを覚えてないだけでは』
「いーや、違うね! 絶対私が寝てる時に作ってる」
二つの性格があるとは言え、互いの存在を認知しているし、何より今こうして口論を繰り広げている。二重人格というより双子に近い存在……と考えた方がいいのか。
2人のやり取りを聞いていると頭が痛い。本人達からすれば「口論」なのかもしれないが、第三者の立場からすれば、これはどう見ても「一人芝居」なのである。
『続きは後にしましょう。彼が困り果てています』
「あ、ほんとだ。ごめんごめん」
そんな様子を見かねたティアがティナを静止、ようやく訓練の続きへと戻る。
「準備にしては結構ハードだったが……」
「あー、まぁね。さっきのは君が嫌いだと思う戦い方にしてみたから。それに体が慣れるのに時間かかったからじゃない?」
確かに自分は攻撃を受け続けるよりも、攻撃を避けてそれを起点にするといった戦い方が多い。事前に把握しているとはいえ、そこまでわかっている事に思わず感嘆の声を上げる。
「まぁ息遣いとか歩き方の癖だったり、重心の乗せ方とか色々と見れば何となく、ね」
手の僅かな動きなどで攻撃の方向やタイミングはわかるが、ティナの研ぎ澄まされた目は更に上を行く。城内を歩いていたのも、自分の行動を観察していたのだとすれば、彼女が言っていた「迷ってはいない」という言葉は間違いではなかったのだ。
「一見無駄に見えても、実は役立つってか。それで、次は何をするんだ?」
「んー、さっきので君の弱点というか、強くするべき所は見つけたから。あとは『錬成術』をちゃちゃっと覚えてくれれば」
はい、と笑顔で促されるが、こちらとしても困る。術と言うのだから、何か他に教えることがあってもいいというのに、ティナは笑顔のまま。逆に何故やらないのか不思議そうにしている。
「え、いや。なんか術式とかないのか?」
「え? え、こう。ぱーっとやってばってやれば、ほら」
ティナの手の先で光が集まり、刃を形取ったのはいいが、説明が雑すぎて何が何だかさっぱりわからない。
『どの術にも言えることですが、術式というのは本来無くても魔術は使えますよ』
困り果てた2人に助け舟を出したのはティア。
『あくまで術式は「その術をイメージしやすくする手助け」をしているだけ。イメージしやすくなる事で結果として消費する魔力を軽減したり、その威力を上げる』
「つまる所、術式は勝手に作れと」
その返答にティナがぶんぶんと頷く。その動作を終えて、ティアはそのまま説明を続ける。
『強化魔術も部位や武器に魔力を纏わせるでしょう。感覚はそれと同じ。ただ無から有を創るため、慣れるには少々時間が必要かもしれません』
説明を聞いて、頭の中で術式を考える。創り出すとすれば使い慣れた剣である。
しばらく考え続け、ようやく浮かんだもの。
すっと前へ腕を伸ばし、ゆっくりと手を開く。
「束ねし光を、在るべき姿へ」
紡がれる言葉と共に、リグレットの手へと光が集い、淡く輝く。それを優しくゆっくりとイメージした剣へと変化させていき、最後の術式を重ねていく。
「今ここに還れ--『無銘の神剣』」
集った光、そしてそれらが創り出した剣を、掴む。
鏡のような白銀色の長剣、派手ではないが施された装飾は騎士団の団長という立場に相応しいものだった。
成功した、その事実が遅れてやってくる。しかしそんな安堵をする暇もなく剣は砕け散った。
「ま、初めてにしては上出来。むしろほとんど成功しない方が多いから、最初は砕けても仕方ないわよ」
ぱちぱちと手を叩いて、ティナは賞賛の言葉を送る。
「後はどれだけ維持できるか。今日はできるだけ回数をこなして、さっきの感覚を身体に覚えさせて。残りの訓練は明日やるから」
そして有無も言わさずにティナは胸元のペンダントへと触れて、ティアと入れ替わる。
「……すみませんね。慣れない事をする貴方もですが私達……特にティナには休養が必要で」
「色々大変なんだな」
訳ありな事情に首を突っ込む事はせず、無難な言葉を選べば、小さく「ありがとうございます」と返ってくる。
「それとティナが言ったように今日は終わりです。適度に休憩しながら先程の感覚を忘れないように。何かあれば私はエルメルアの所に行っているので」
そしてティアは再確認をするように改めて話した後に、ぺこりと一礼。では、という言葉を残して訓練場を去っていく。その姿を見送ってリグレットは再び『無銘の神剣』を試すのだった。




