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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
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28. 従者の目覚め

「ん……」


 どうやら朝、らしい。耳をすませば小鳥は鳴いているし、眩しい太陽が窓から覗いている。太陽が覗くということは、自室ではないというのは確かなのがわかる。


「ようやくお目覚めですか」


 不意に横から、聞き慣れない声。その声の方を向けば、優しく微笑む女性。しかし顔を見ても誰かは分からない。


「貴方は……。というより、ノワールの軍勢は?」


 ハッとしてかぶりつくように質問する。そうだ、今までずっと戦っていたのだ。あの時は夜だったというのに、今はもう朝。決着はついたのだろうか。


「結論から言えばノワールに負けた。……まぁ貴方達の目的からすれば勝ち、なのかも」


 なるほど、戦いには負けたが誰1人死ぬ事なく終わったらしい。自分自身も倦怠感こそあれ、全身に痛みがある訳でもない。


「あ、そうだ。リグレット君、もう動けそう?」

「? ええ……特に問題は」


 名前を知られていることに驚きつつ、問いかけに対して返答。軽く動かしてみるが、違和感もない。


「そ。……優秀な治療者に感謝する事ね。じゃあ行くわよ」

 

 背丈は姫と変わらないというのに、ぐいっと引っ張られた力は想像以上に強く、軽々と移動を余儀なくされる。

 ふらつきながらも自立したのを確認して、女性は手を離して、説明もなしにすたすたと歩いていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「……。…………。んんっ」


 それを静止して、まずは話をさせようとすれば、女性は何か理解したように微笑んで胸元のペンダントをそっと握って目を閉じる。

 しばしの沈黙、軽い咳払いと共にゆっくりと開けられる目。そして纏う雰囲気ががらりと変わる。


「まさか……」

「そのまさかです。……姿は変わらないというのに、中身が変わっただかで理解されるのは不服ですが」


 先程の微笑みは冷めて、無表情へと変わる。感情は読めないが眼差しが何となく呆れているし、どこか拗ねている気がした。


「ティア……さん、でしたよね」

「無理して敬称を変える必要はありませんよ。敬いというのは私達の行動に対する貴方の評価によって生まれるもの。初対面は例外として、知人であるのならば他者の評価や年齢という安易な物差しに任せて敬うのは愚直というものです」

「は、はぁ……じゃあ、ティア」

「よろしい」


 崩した口調を改めればティアは目を細めてくすりと笑う。優しい声色で並べられる言葉の数々は妙に説得力があり、流石精霊とでも言うべきだろう。しかし何故そんな話を今するのかという意図はわからない。遠回しに呼び捨てにしてほしいと言っているのか、それともただからかって遊んでいるだけなのか。……明らかに後者だろうが。


「それで結局何をするんだ」

「何って……特別訓練ですよ」

 

 ようやく切り出せた本題を、ティアは何言ってるんだコイツと言うように即答。そして何事もなかったかのように再び歩いていってしまう。

 仕方なくその後を着いていくが、目的地に辿り着く気配がまるでない。もっと言うなら、同じ道を歩いている。度々こちらを気にするような動作は、迷子なのを勘づいてほしい……のだろうか。


「なぁ……もしかして」

「別に。迷ったとかそういうのではありませんよ」


 またしても即答。しかし何を思ったのかこちらを振り向き、口に手を当てて何かを考え始める。その後リグレットを下から上へと眺めて、一息。


「リグレット。ここで1番広い場所はどこですか?」

「……騎士団の訓練場だな、ここからも近い」

「ならそこへ。案内お願いします」


 やはり意図がわからないが、今までと一転して今度はリグレットが前を歩く形となる。後ろを歩くティアは何か考えているようで、急に立ち止まればそのままぶつかってくるだろう。絶対に怒るという行為だけで済まないのでやらないが。

 無言のまま歩いて数分、王城内の廊下とは対照的な広々とした空間に出る。今ではこの空間がはっきりと見渡せる、災厄が起こる前は向こうの壁を見ることすらできなかったというのに。


「訓練場はここだ」


 そう伝えて歩きを止めれば、ティアはそのまま中心へと歩いていく。舞う枯れ葉と砂埃を気にすることなく中心へと。そして懐かしむようにして周りを見渡し、リグレットの方へと向き直す。


「さて……始めましょうか」

「特別訓練って結局…………?」


 すっと突き出されたピースサインで、問いかけようとした言葉を止められる。


「内容は2つ。1つは貴方の折れた武器を補うために『錬成術』を覚えてもらうこと。そして……」


「グリーフに対抗できるだけの力をつけてもらうこと、以上です」


 伝えられたことにまるで理解が追いつかない。異常なほどの強さを持つグリーフに対抗する力はもちろん、精霊術の1つである『錬成術』を覚えろというのは無謀にも程がある。


「……そこまで構えなくても、貴方なら『錬成術』は比較的楽な方かと」

「確かに精霊のあんたなら楽な方なのかもしれないが……」

「精霊術と魔術は根本は同じ、『錬成術』は貴方の得意とする『強化魔法』の延長線」


 自分の戦い方を見せていないというのに、全て知っているような素振りにぎょっとする。そんな反応にティアは大きく溜息して、どこからか出した紙をちらりとリグレットに見せる。事前把握は当たり前、ということらしい。


「流石にできないことをやれとは言いません」

「随分買いかぶってるな」

「もちろん。貴方ほどの戦闘面の素質というのは、並大抵のものではありませんから」

 

 これまでの日々の努力が認められる、というのは嬉しい事ではあるが、やはり実感が全く湧かない。グリーフには負けている訳であるし、これといった功績があるわけでもないからだ。

 

「なぁ、グリーフ……あのおっさんは何者なんだ」

「人間ですよ」

「……そうじゃなくてだな」


 純粋な問いかけに対して返ってきたのは意外なもの。冗談など言わない性格だと思っていたが、認識を改める必要がある。


「冗談ですよ。彼は雑に言えば純粋な力の塊です。恩恵(ソフィア)などと言った特殊な力を除けば最強の人間。私達からすれば誇るべき教え子ですかね」


 さらりととんでもない事を言っている自覚はあるのだろうか。教え子に、あの化け物並の強さの人間がいるというのはとても正気とは思えないが、本人は嘘を言っている様子ではない。


「だから、貴方にも手を差し伸べているのでしょう。片方だけに教えたというのは、私達も居心地はよくありませんし」

「なるほどな。教えられれば俺もああなるのか?」

「さぁ? どうでしょうね。彼の場合、本人だけでなく後押ししている力も強力なので。あくまで私達の訓練でグリーフに勝てる可能性を増やす、と考えていただければ」


 後押ししている力というのに引っかかりはするが、それが教えをもらわない理由にはならない。今よりも確実に強くなるには、ブランに確実な勝利をもたらすなら、これに賭けるしかない。


「わかった。引き受けるよ、その訓練」

「元から拒否権は用意してませんが……」


 リグレットの決意に、ティアはやれやれと呆れた顔。

 そして一呼吸おいて、真剣な顔でじっと見つめる。


「ここからはティナに任せます。私は体術は不得手なので」

「ああ」

「健闘を。無事訓練を終えるのを楽しみにしています」


 ティアは激励を告げて、ゆっくりと目を閉じて胸元のペンダントを両手で包み込む。ゆっくり穏やかな風が軽快に木の葉を踊らせる風へと変わっていく。


「…………さてと。さっきぶりだね」


 同じ顔のはずなのに、纏う空気も何もかも違うというのが何度見ても新鮮だ。


「めんどくさいけれども、私がティナだよ。あとこれはどちらも言える事だけど、片方が出てる時でも意識はあるし話とかもちゃんと聞こえてるから。ね、ティア」

『ええ。声が同じなので紛らわしいですが、このように話す事も可能です』


 本当に不思議な生命だ。確かにティアと初めて会った時に言っていた「同一の存在という認識だけでいい」というのが1番落ち着ける回答だろう。


「んま、自己紹介もした所で。はじめよっか」


 とんとんとつま先でリズムを刻んでティナは地面の感覚を確かめ、リグレットへと笑みを浮かべる。


「まずは能力を確かめる準備体操から」


 準備体操という言葉に不意をつかれて、眼前までの距離をノーリスクで詰められる。


「できるだけ全力で、頑張ってね」


 満面の笑みとは反比例している威力がリグレットを軽々と突き飛ばす。不意とは言え腕に残った痺れから、グリーフが教え子というのが嘘ではないのが伝わる。


「あんたも大概、化け物だな……」

「素敵な褒め言葉をありがと」


 皮肉は空を切り、特別訓練が開始する。

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