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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
25/79

24. 邂逅せし狼と獅子

「セアリアスさん……大丈夫でしょうか」


 セアリアスがジュリエッタの元へと向かって、しばらく経つが戻ってくる気配が一向にない。

 エルメルアが心配そうにそわそわしているのをリグレットは微笑んで見守る。


「彼女なら、心配いりませんよ」

「なら、いいんですけど……」


 心配いらない、とは言っても不安なのはリグレットも同じ。ジュリエッタ1人が相手なら大丈夫だろうが、別の誰かが待ち伏せ等している可能性もある。

 こういうことは考え始めたらキリがないのだ、セアリアスが無事に帰ってくることを祈るしかない。


 ドゴン……と轟音が響き渡る。

 音の方向からしてリズラやロミのいる大通りからだろう。


 ジュリエッタとの戦いで、大規模な戦闘が起きている大通りではなく、小道に離れていたため実際の状況こそ見えないが今の音は魔術の爆発音だと、そう信じる。


「リグレット……今のって」

「ええ……急ぎましょう」


 終わりかけていた戦いが、再び動きだしたのは事実。

 2人は大通りへと走る。セアリアスも2人がいない事を確認すれば大通りへと向かうはず、先に行っても大丈夫だ。

 

 辿り着いた大通り、広がっていたのは瓦礫の山。


「え…………?」


 昨日準備したもの、それらは軒並み破壊され、魔術などが炸裂して緑が燃え荒野と化した大通りは正に地獄。

 暗闇に加えて、煙や粉塵のせいで視界が悪く大通りに来ても全体の状況はわからない。


 目の前で1人の人間が倒れている。

 それは、ロミだった。


「お、おい! ロミ、どうした!」

「リグレット……か、すまんしくじった……。気をつけろ、あいつは強すぎる……」


 そう言って、リグレットとは反対の方向に手を伸ばす。示された方向が、敵のいる場所だろうか。その手をリグレットが見たのを確認して、ロミの手は力無く地面に落ちる。

 脈は弱くなっているが、死ぬことは無いだろう。鎧はボロボロになっており、そこから見える打撲や痣の様子から戦闘があったのは確かだ。


「……ロミが負けるなんて」

「ん? なんだ、まだ遊び足りねぇか?」


 倒れたロミの様子を確認していれば、聞いた事もない男の声。その響き渡る低音の主の影が粉塵の奥に見える。

 がっしりとした体型に、巨人のような背丈。そしてその男と同じほどの大きさがある大剣を肩に担いでいる。


「力を隠してる様だから言うが、全部出して本気でこい。じゃなきゃ次は死ぬぞ…………ってなんだ、違うやつか」


 粉塵から黒い鎧を纏う40代くらいの大男が顎を触りながら姿を表す。そしてリグレット達の姿を捉えて、ぱっと顎から手を離す。


「見たことねえ顔だな……まあ当たり前か……」


 その視線がエルメルアとリグレットの姿を行き来して、再び考えるように顎を触る。

 その目がエルメルアの目と何度か合った後、確信を得たように口を開く。


「まぁ、この少数で我らノワールの軍を抑えたと思えば上出来だが……それはお嬢さんの恩恵(ソフィア)のお陰、かな?」


 じっくりと見定めるようにエルメルアを見て、問いかける。対するエルメルアは大男を睨みつけ黙っている。


「ははは!!! まぁ敵に情報を教えてしまっては、お人好しがすぎると言うものか」


 ガハハ!! と笑う大男、それとは対象的な2人。

 エルメルアはきゅっとリグレットの袖を持つ。この男は危険だと、本能が言っている。笑っていながら、その目は獅子のように獲物を狩る目をしているし、そもそも纏っているものが他のノワールの誰よりも強い。


 絶対的な強さと、それを信じる圧倒的な自信。

 それが大男の振る舞い、言動、何もかもから溢れている。


「先程から俺ばかり話してすまない、そして自己紹介がまだだったな」


 ドスンっ……と大男は手に持つ大剣を地に突き刺す。

 それだけで付近は揺れる。腕を組み、改めて2人を見据える。異常なまでの威圧、弱い心なら睨まれるだけで崩れてしまうだろう。


「俺の名はグリーフ。グリーフ=シュヴァルツ。人呼んで、ノワールが誇る黒獅子だ」


 自己紹介を終えた大男……グリーフはそのままリグレットをじっと見る。名乗れ、ということだろう。


「……リグレット=ブランシュ。白花騎士(アルブムシュヴァリエ)の団長だ」


 白花騎士(アルブムシュヴァリエ)、ブランの騎士団の正式名称。先代団長のラフィデルが、ブランのモチーフであるユキヤナギから思いついた名らしい。

 その名を聞いて、グリーフは驚いたような顔をする。


「あいつの作った騎士団……災厄のせいで潰れちまったと思ってたが、まだ残ってたんだな……そうか」


 そして頷きながら懐かしむ顔をした後、グリーフはエルメルアを足先から頭を軽くなぞるように見る。その視線はエルメルアの顔を見て止まる。


「そっちのお嬢さんはあいつの娘か。顔つき……特に目とかあいつの嫁にそっくりだ」


 しみじみと呟き、何度か納得したように頷く。そして品定めをするようにリグレットを眺め、ニカッと笑う。


「それにしても、良い目をしているな若いの」


 その手が地に刺さった大剣に触れ、ゆっくりと地から抜く。刀身にも柄のある片刃の大剣、という不思議な形状をしたそれは命を刈り取る鎌にも見えた。


 大剣の形状を見ていれば目の前の巨体が飛んでいる事に気づく。地面を蹴った勢いで大剣持ち上げ、それを再び地へと叩きつけようとしていた。

 ただ飛んで、剣を振り下ろす。そんな簡単な動作ではあるが死へ導くには充分すぎるものだ。


「……良い反応速度だ」


 重力を乗せた一撃は当たれば一溜りもないと、陥没した地面が物語っている。

 エルメルアを抱えて後ろに飛び退いたが、もしもエルメルアが傍にいなければと思うと冷や汗が出る。袖を持てるほどの距離にいて本当に助かった。


 グリーフは叩きつけた大剣をゆっくりと持ち上げ、先程と同じように地面に突き刺す。

 そして軽く首を回し、手をボキボキと鳴らす。


「さぁ、見せてみろ。団長の強さってのをよ」


 くいくいっと指で挑発。大剣を使う気は無いようで、素手でも充分だという余裕な表情。

 随分と舐められたものだ、挑発に乗りたくは無いが、だからと言って目の前の敵は逃げることを許してくれないだろう。結局乗るしかないのだ。

 戦うことを決意したリグレットを心配そうに見つめるエルメルアの頭を軽く撫で、剣を抜く。


 ロミも負けた相手だ、初手から本気で行かなければ同じ道を辿る羽目になるだろう。ジュリエッタとの戦いでウォーミングアップは済んでいる。


 勢いよく地を蹴りグリーフの懐へと飛び込む。速さを乗せた一閃で、巨体を支える2本の柱を薙ぐ。それをグリーフは後ろへと飛び、躱す。

 しかし宙へ浮いた身体では、続く攻撃を避けることができない。獲物を逃がさない追撃、それをグリーフは蹴り上げる。

 ビリビリと剣を伝って腕に蹴り上げられた衝撃、それを逃がすように腕を上げ、そのまま斜めに袈裟斬り。

 その流れるような攻撃をグリーフは足を引いて避けてニヤリと笑ってリグレットを見る。右手の甲を地に向け、脇腹の傍で閉じたり開いたりしている。


「久々に楽しめそうなやつで嬉しいぜ……坊主はどうだ」

「こっちはあんたに気圧されないよう必死だよ、おっさん」

「ははは!!! そうか、ならもっと必死に着いて来い!」


 その言葉と共に、グリーフの右手が、右の脚がぐっと力が入り、それを確認したのと同時に腹部に鈍痛。

 よろけるように後ろへと下がり、グリーフの姿を見れば腰を落として、右手を前に突き出した状態。その構えからして、正拳突きを受けたのだ。気を抜いていたとはいえ、鎧を貫くほどの威力、流石は獅子と呼ばれるだけはある。


「さて、改めて手合わせと行こうか」


 先程の仁王立ちとは違い、半歩右足を引いて軽く手を握った状態……ただ躱すだけでなく、反撃もしてくるという事だろう。あの正拳突きの威力からして、反撃を貰う訳にはいかない。

 

「……疾くあれ『脚力強化(ファスネル)』」


 術式を紡ぐ。リグレットが得意とする強化魔法であり、強化部位を脚のみに限定する事によって飛躍的に効果を高め、速度で圧倒する。

 速さがあれば避けることは勿論、攻撃に速度を乗せれば一撃が重くなって一石二鳥という訳だ。

 

 息を吸い、息を吐く。踏み込んで掴んだ地面を、勢いよく蹴り飛ばす。その速さが続く限り、この猛攻を止めることはない。多少の小突きをグリーフから受けるが、この程度ならば耐えられる。

 躱し、躱され、受けてはやり返す。どちらが先に倒れるかの持久力の勝負。手数はリグレットの方が多いが、確実に避けて反撃するグリーフの方が有利、何か大きな一撃を当てて差を埋めなければ…………。

 その時、若干グリーフがよろけたように見えた。

 このチャンスを逃す訳にはいかない。


「さっきよりも太刀筋が良くなってやがる、だが……」


 ブォン……と左から右へと横に薙いだ剣をグリーフはしゃがんで避ける。焦燥していたからか、相手が誘っている行動だと気づかず、逆にこちらが大きな隙を晒す事になる。


「まだまだ甘い」


 ニヤリと笑うグリーフ、その右手はしっかりと握られ、後は狙った場所を穿つだけ。

 ガラ空きとなった腹部に、グリーフによる渾身のボディブローが突き刺さる…………。


「ま……だだっ!!!!」


 リグレットは振りきった横への慣性を残したまま、強化された脚で上へと跳躍、そしてその慣性を活かした右回し蹴りをグリーフにお見舞いする。

 咄嗟の攻撃に、グリーフは体勢を上げて右肩で受け止める。


「今のは効いたぜ坊主……ならコイツはどうだ」


 回し蹴りを受けてもビクリともしないその右腕を見せびらかすように大きく振りかぶる。

 宙に浮いた今の状態では、避けることは困難。受け止めるしかない……右側へと意識して身を固める。

 

「ぐぅっ……!?」


 しかし飛んできたのは、左手からの掌底。

 完全に無意識だった領域から飛んできたそれは、着地するはずの左脚へと突き刺さって軽々と吹き飛ばす。そしてリグレットは受身を取れるはずもなく、どしゃりと地面へと落ちる。


「リグレット…………っ!!」


 今まで黙っていたエルメルアが、もう耐えれないとばかりに叫んで駆け寄る。触れられているはずの場所からは感覚さえも朧気だ。今までの小突きが今になって響いてきたのだ。


「坊主はよ。威力も速度も太刀筋も……どれも優れてはいるんだが、まだなんか足りねぇんだよなぁ……」


 回し蹴りを受けた所を払いながら、グリーフはリグレットの元へと歩いてくる。

 エルメルアはリグレットを庇うように立って、グリーフを睨みつける。


「……坊主は何のために戦うんだ? 俺は楽しいからに戦ってる。こんな意味の無い戦争でもよ、俺と同等のやつと戦える可能性があるってだけでもワクワクできる」


 目の前を塞ぐエルメルアを気にすることもなく、ただグリーフはリグレットへと言葉を投げかける。

 

「まぁ……別に理由はなんでもいいが立ち上がって、戦え坊主! ……今立ち上がらねぇと、目の前で大切なものを失うぞ」


 脅すように、グリーフはリグレットへと言葉を投げかける。しかし動くことのないリグレットを見てやれやれと視線をエルメルアへと移す。


「結局坊主も……同じ道、か」


 急に視線が合いびくりとするエルメルア。伸びてきた手に抵抗しようとするエルメルアを気にすることなく、ひょいっと持ち上げ、グリーフは大剣の元へと歩いていく。


「気は乗らねぇが……荒療治だ。俺もあいつも、失わなければ強くなった理由を忘れちまう。守れるのに、守れたのに、変なプライドで強さを抑えちまう」


 ぽさっとエルメルアを地面に置いて、大剣をゆっくりと抜く。月の光で鈍く輝く剣先が、ちらちらと視界の端に映る度に心が押し潰されそうになる。


「苦しくはしない。…………悪く思うなよ」


 迫る死、圧倒的な威圧と恐怖で腰が抜けてしまって、逃げることも魔術で防ぐことも許さない。

 助けてリグレット、声にならない思いは届くはずもなく。

 怖いよリグレット、そう必死に伝えても、動く気配は全くない。振り上げられた大剣が、落ちてくるのをただ待つだけ。きゅっと目を閉じて、ただ祈る。意味なんてない、どうしようもできない。もう、終わりだ。


 命を刈り取る音が、夜空に響いた。

 

 涙で滲んだ世界、地面ではなく月が見えると思った。

 でも、最初に見えたのは透明と赤が混じった手のひら。


 見上げた視界、ニヤリと笑ったグリーフ。

 振り下ろした大剣は、火花を散らして留まっている。

 そして目の前にいたのは、私の大切な従者。

 

「どうやら…………それが理由、だな?」

「…………」


 ただ無言で組み合うリグレット。鎧だけでもボロボロの姿で、その身体のダメージは言うまでもないだろう。

 それだと言うのに、リグレットはグリーフの大剣を押し返し、弾き飛ばす。

 互いに距離が離れ、剣を構える。


「姫は……殺させない……。姫を、守る……のは、俺だ」


 先に動いたのはリグレット、今までよりも速い動きでグリーフの後ろを取り、反撃を許さない猛攻。

 グリーフも躱しきれないと判断したのか、大剣でそれを受け止める。その防御を剣を振り上げた流れで蹴りで壊す。


「ブランは連携で攻めてくるイメージだったが……こいつは孤高の一匹狼みたいだな」


 連続する攻撃を後ろに下がって避け、再び大剣を構え直すグリーフは、リグレットを見て感心したような声を上げる。

 仲間がやられて1人になっても、騎士団の団長として、姫を守るために獲物を殺しに来る。むしろ1人になった方が強いまである。

 しかも今この状態はほぼ無意識……つまり本能のみで戦ってる。これほどまでの潜在能力を彼は秘めているのだ。


 今でこそまだ荒削りの原石で自覚すらないが、己の秘める強さに気づき、磨き上げられた宝石となれば彼はもしかしたら…………。

 そう思うと、こちらとてまだ負ける訳にはいかない。

 何より、死ねないのだ。愛するものの為にも。


「これだから、戦いはやめられん!!!」


 大剣を雑に降って強引にリグレットの攻めを止める。

 攻め続けられて黙っていられるグリーフではない、それに久しぶりに大剣を持っても互角と思える相手なのだ、こんな機会は滅多にない。


 飢えと渇きを満たすように、両者は己の力をぶつけ合う。

 油断すれば相手の牙に噛みちぎられる。

 一歩も譲ることのない、狼と獅子の戦い。

 身軽に動き回るリグレットと、どっしりと構え動かないグリーフの攻防、終わらない戦いに遂に終止符が打たれる。


「「うおおおおおォォォォ!!!!!!」」


 獣の咆哮、それに呼応する剣は風を切り、眼前の獲物も狩りとらんと止まることはない。

 バキィン……と鉄がぶつかる音とは違う音。

 互いの限界よりも先に武器の限界。

 

 獅子の猛攻に耐え続けた狼の牙が、折れた。

 砕かれた事によって衝撃が殺しきれず、その余波でリグレットが後方に飛ぶ。

 だが、リグレットは立ち上がる。武器が折れても、戦う意志は折れることはない。


「剣が……無い、なら…………拳で……!」

「来るか、坊主…………!」


 止まらないリグレットを見て、グリーフは大剣を後方に投げ捨てる。そして右手を握りしめ、大地を踏みしめる。

 互いに避けることはしない、ただ互いに最後の力をぶつけ合うだけ。


「歯ァ……食いしばれよッ!!!」


 右手に、頬に衝撃が走る。

 拳を振り抜くことはなく、お互いの頬で止まっている。

 その拳が、先に離れたのはリグレット。

 どさり……と前から倒れ、その姿を確認してグリーフも腕を下ろして、首を回す。


「良い拳だったぜ、坊主」


 動かなくなったリグレットに賞賛を送り、未だに腰が抜けているエルメルアの方を見る。

 次は自分だと思ったのか、必死に逃げようとするエルメルアをやれやれとその後を追う。


「別に殺しやしねぇよ、さっきのは坊主への火付けだ」


 そう言いはするも、エルメルアから不信の色が消えることはない。どうしたものかと頭を搔くが、今更何を言っても信じられないだろう。刃を向けたのは事実であるし、火付けとは言え、演技だとバレないよう本気でやったつもりだ。怖がられても仕方がない。


「あぁ……っと、お嬢さんは回復魔術とか、できるか?」


 立っていては威圧感があるだろうと、しゃがんでエルメルアの目線に近くして、言葉を少し優しくする。

 こくこくと頷くエルメルアを見て、グリーフはニカッと笑う。


「よし、なら坊主の看病頼むわ。ここでくたばられても困るしな」


 それだけ伝えて、グリーフはその場を去ろうとする。

 夜明けも近い、ノワールの軍の引き上げは大方終わっているだろうし、残るは自分1人だろうから。


「て、敵国なのに、なんで…………?」


 訳が分からないとエルメルアが、震えた声で問いかける。

 言葉は足りないが、言いたい事はわかる。

 何故殺さないのか。それの答えは既にある。


「坊主はまだ強くなるからな。強さを秘めてるのに、その芽を潰すのは趣味じゃない。どうせなら最後まで咲ききった強さを、俺は美しく散らしてやりたい」


 求めるのは武人としての、至高の戦い。

 散るのは己かもしれない、だがそれもいい。

 血湧き肉躍る戦いが、日々の癒しや大切さを思い出させてくれる。それに強い者と戦うほど、己も強くなる。

 ……強くなれば、大切なものを失うことは無い。


「……まぁ、それに今回の目的は様子見で、次からが本番だしな。こっちも被害は大きいし、何時になるかは知らんが」


 想像していたものよりも、ノワールの被害は大きかった。これがいい事なのか悪いことなのか、グリーフからすればどちらとも言えないが、次の戦争が遅れるのは確かだ。

 結局ブランの恩恵(ソフィア)が何かまではわかっていないし、色々とやる事がある。


「次も楽しみにしてるぜ、ブランの底力ってやつをよ。……あと坊主に、強くなれって伝えといてくれ。じゃな」


 最後にエルメルアの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、グリーフは悠々と立ち去っていく。

 

 グリーフ=シュヴァルツ。たった1人の男に、全てを覆された。この男の登場が、予知になかった訳では無い。

 ただ予知をしても、それに対応できるだけの力量が圧倒的に足りなかった。ただ、それだけ。


 エルメルアはゆっくりと倒れ伏したリグレットに近づく。

 胸にそっと頭を乗せて、弱くも脈打つ鼓動を聞いてほっとする。相当な重症ではあるが、手当てすれば大丈夫だ。

 周りの様子や、残りの騎士団も気になるが最優先するべきはリグレットだろう。

 

「よいっ……しょっと……」


 エルメルアの力では、リグレットをうつ伏せから仰向けに変えるだけでも一苦労だ。恩恵(ソフィア)による疲労が回復しきっていないとはいえ、やはり体格差というのは大きな問題だった。


 硬い地面では辛いだろうと、リグレットの頭を膝に乗せる。呼吸がしやすくなったのかすーすーと息が聞こえる。

 いつもは見上げている顔が、こうして見下ろす形になると何故か頬が緩む。願うなら負傷した時ではなくて、いつもの日常で、こういう事ができたらいいなと密かに想う。


「……()の者を癒せ『癒しの妖精(クラルテ)』」


 何馬鹿な事を考えてるんだと心の中で自分を叱咤して、リグレットの治療に専念する。

 本当ならばリグレット以外にもロミだったり、姿の見えないリズラを見に行きたいが、1人では何ともできない。

 セアリアスが帰ってきているのならば、様子を見てきてもらえたのだが……見当たらないから無理だ。


 他の人を探すためにも、リグレットを早く治さなければ。

 そう決断して、エルメルアは治療魔術を唱え続ける。

 戦があった事など知らない夜明けに見守られながら。

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