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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
21/79

20. 白の令嬢と愉快な仲間達

「はぁ……寝足りない……」


 リズラは不満げに呟き、目をこする。

 小鳥のさえずりを聞いたのは久しぶり……そう感じるほどには、リズラがこの時間に目覚めるのは珍しい。

 基本的にリズラは仕事があっても、少し遅く起きる。

 それはリズラの手際が良く、遅く起きてもすぐに終わるからなのだが、今回はそのリズラでも早く終わらないだろう、とのこと。

 明日に迫ったノワールの襲来のための準備だ、仕方ないと軽く欠伸をすれば、間の抜けた声が逃げるように出てくる。

 しかしその声は部屋に響かずに、静寂へと溶けていく。

 

 リズラ1人だけの部屋にしてはとても広く豪華で、壁一面にアンティークが綺麗に並べられている様は圧巻の景色だろう。


「…………」

 

 そんなアンティークに興味など無く、目を閉じて仕事モードへとスイッチを切り替えるリズラ。

 腰に届きそうなアイボリーの髪を結った所で、ようやく目を開ける。そして痺れを切らしたように一呼吸。


「……よく飽きないわね、セアリアス」


 音も気配も無く、ただひたすらアンティークを磨くメイド服の女性……セアリアスに向けて呆れたように言う。

 名を呼ばれ、ぴたりと手を止めるセアリアス。

 そしてそっとアンティークを元の位置に戻して、リズラに深々と頭を下げる。


「こういった物の手入れは、苦手でしょう? お嬢様」


 お嬢様、と呼ばれ、リズラは軽く頬を膨らませる。


「あー、もう……またその呼び方…………」

「今も昔も、関係が多少変わっただけですから」

「貴方が仕えてる場所は無くなったのよ? それに今は同じ騎士団の仲間、敬う必要なんて無いわ」

「旦那様から、お嬢様の事を頼まれております故」


 あくまで口調を変える気はないセアリアスに、やれやれとため息を吐く。真面目ではあるのだが…………。

 

 リズラは元々、貴族の生まれなのだ。

 そしてセアリアスは、そんな貴族に雇われたメイド。

 だからこういった、主従関係が生まれている。

 しかしそれはもう過去の事だ。リズラは家柄に縛られるのが嫌いで家を出る予定だったし、言い方は悪いが災厄によってその手間も省けた。本来ならセアリアスがリズラの傍らにいる必要は無いのだ。

 別にセアリアスの事が嫌いな訳では無い、ただ彼女には彼女の生きたいように生きてほしい。ただそれだけ。

 今のような生き方を彼女が選ぶというのなら、否定はできないが、昔の……家柄に縛られていた自分を見ているようで何とも言えない気持ちになる。


「あぁ、そういえば朝食はあちらに」

「ありがとう……仕えるなら姫様の所でもいいじゃない」


 何もかも完璧な彼女に毒を吐くようにリズラは付け加える。それを聞いてセアリアスは、頭だけでこちらを向く。

 それに合わせて彼女の薄桜の髪が揺れるが、目の色は変わらず、薄花色の瞳がじーっとこちらを見ている。

 変化を知らない表情のせいか、彼女の感情がわかりにくい。実際には多少変わってはいるが、口角が若干上がったとか、眉が少し動いた……などそれくらいだ。


「姫様の所は、もう十分足りています。……必要があるなら手伝いはしますが」


 セアリアスは淡々と告げて、再びアンティークを磨く。

 その話題について、これ以上話す気は無い。そう言っているような雰囲気を纏わせて磨いている。


 何度かこの話をした事はあるが、セアリアスに意思を曲げる気はないらしく、頑なにリズラの場所を選ぶ。

 嬉しくはあるが、やはりため息が零れる。


 そんな気分を変えようと、リズラは用意された朝食を食べながら、退屈そうな作業をするセアリアスを眺める。


 こうして眺めていると、やはり彼女の手際の良さには目を見張る。一切の無駄のない動きで完璧に磨き上げていき、リズラが食べ終える頃には壁一面全て終えている。

 リズラの手際の良さは、割と長い年月セアリアスの動きを眺めていたから、ということもあるだろう。


「どうかしましたか?」


 見られていることを不思議そうにするセアリアス。

 やっている事がどれだけ凄いことなのか、本人は自覚がないようだ。次第に何か不備があったのではとアンティークを1つ1つ確認している。


「あの、お嬢様……??」


 不備などあるはずもなく、ますますリズラが眺める意味がわからず、もじもじとし始めるセアリアス。

 彼女が眉を下げて目を泳がせる姿は新鮮で楽しい。もっと続けていたいと思うが、その思いをぐっと堪える。


「なんでもないわよ。さぁ、行きましょ」


 ふふっと笑って、リズラがその場を後にすれば、セアリアスも何かもごもごと言いながら追いかけてくる。

 そんなセアリアスを少しだけ気にしながら、リズラは仕事場へと向かう。


「さてと……ここで集合とは言われたけれど、誰もいないじゃない」


 城壁の外、緑が生い茂る広い野原にたどり着いた2人だが、そこにはまだ誰もいなかった。

 早すぎ、というほどでもない時間であるから何かあったのだろうか。


「様子を確認してきます。お嬢様はここで」

「私も行くわ。セアリアスはアウリュス達をお願い」

「……ですが」

「1人よりも2人の方が早いでしょ。王城は私が行くから」


 強引に決めたが、事実効率がいいのはこちらだ。セアリアスも少し躊躇いながらも納得しているようで小さく返答をする。軽く頭を下げてから、その場を去るセアリアスを見届けてからリズラも来た道を戻る。




 王城へと戻る道は先程通ったばかりではあるが、風景は一変している。

 広かった大通りは沢山の商店で塞がっているし、店を開く準備をしている人や既に買い物をしている人で混雑している。これでは王城に行くだけでも疲れるだろう。


 この混雑では、騎士団としても元々の身分としても顔の知れているリズラでも多少は流される。

 その流されている最中、その人混みの中でも際立つ大男と目が合う。


 あれはヴェルト、騎士団の1人だ。温厚そうな顔に、大きな身体。そしてその身体から繰り出される怪力。そんな所からクマさんと呼ばれていたりする。

 そんなヴェルトに手でサインを送る。この中でなら会話よりも通じやすいだろう。

 騎士団を表す盾に、現在地の方向を指で示せばヴェルトはニコッと笑って頷く。どうやら通じたようだ……たぶん。


 ほっと安堵しながら、人混みを抜ける。

 ようやく王城の前に戻れば、どっと疲れがやってくる。


「ロミと団長と姫様……普通なら遅れることはなさそうな3人だけど」


 特に団長であるリグレットは、仕事バカであるし……。

 こういった遅刻というのは滅多にない、何かあったと考えるのが妥当だろう。

 

 食堂の準備で階段はドタバタと音が賑やかではあったが、上の階となると静かになって、靴音が響く。

 何かのカウントダウンをしているようにコツコツと響く。


「団長の部屋……ここよね」


 物置部屋の前で、再度確かめる。

 リグレットは仕事場と寝室で部屋を分けていると聞いてはいるが、物置部屋で寝ているというのがどうにも信じられない。


「だんちょー? いるなら返事してください」


 軽くノックして、反応を待つ。

 しばらく待ってみるが反応はない。

 ここではない、仕事場の方にいるのかもしれない。


「あれ、リズラさん。何やってるんですぅ?」


 仕事場に向かおうと後ろを向くと、セアリアスとは違う種類のメイド服を来た女性が駆け寄ってくる。

 そして何も無い所で躓き、宙を舞う…………。


 ドタンッ! と地面と正面衝突して、動かなくなる。


「あー……セレーニ? 大丈夫?」

「えへへ……いつもの事ですから……」


 セレーニと呼ばれた女性はゆっくりと起き上がり、えへへと笑う。

 そう、彼女はよく転ぶのだ。それもかなりの頻度で。

 メイドとしての腕は確かなのだが、その転ぶ癖によって台無しにしてしまっている……。そのため王城内で怒られている彼女の姿を見ることも少なくない。


「所でセレーニは何しにここへ? 騎士団の集合場所と間違えてる訳ではないようだけれど」

「あ、はい。忘れ物をしちゃったので、それを取りに来たのと、団長達を呼びに来たんです…………けど」

「……けど?」

「それが団長も姫様もどこにもいないんです。騎士団の部屋にはいないですし、姫様も自室にいなくて……」


 それでここに。とセレーニのいる理由を聞いた所で新たな疑問が生まれる。団長はきっとこの物置にいる事がわかったが、姫様はどこに? 自室以外の場所というのは見当がつかないし、かといって1人で王城から出ることもないだろう。


「わかった。なら2人は私に任せて。セレーニは忘れ物を取って、先に戻って」


 セレーニはいない方がいい、なんだかそんな気がした。

 そんな心境が伝わったのか、セレーニは軽く頷く。


「じゃあ、私帰りにロミさんを探してから帰りますね!」


 そう軽快に答えてその場を去るセレーニ。

 しばらくして大きな音が響いたことから、再び転んだのだろう。この調子だと、セレーニが大怪我しないか心配だ。

 とりあえず、この部屋にいるであろうリグレットを呼び、それから姫様を探すのが良いだろう。


「だーんーちょー」


 声に合わせて再びノックをしてみるが、やはり反応はない。扉はきっちりと閉められているが鍵は空いているようで、入ることはできる。


「入りますよーっ……と。……うわ」

 

 ギィィと扉は呻き、そして目に入る景色は書類の山。

 寝室ですら仕事で埋まっているとなると夢にも出てきそうだ。こんな部屋で寝られる理由がわからない。

 

「あれ……これって」


 地面に少し散らばっていた書類を踏まないように奥へ進むと、明らかにリグレットのものではない服が椅子のそばに落ちている。

 柔らかな手触りのそれを拾い、広げてみる。どうやらカーディガンのようだ。大きさからして姫様のだろう。


「なんで姫様の服がここにあるんですか、だん……」


 笑いながら、きっと寝ているであろうベッドの方に顔を向ける。向けない方が良かったのかもしれない。

 言葉が、笑みが、リズラの中からすっと消えていく。

 

 そこには幸せそうに眠る2人の姿。

 お互いが大切なものを離さないように抱きとめ、すやすやと眠っている。

 この2人なら、いつかやると思っていた事だし、いつものやり取りからして、ここまでできるだろうとも思っていた。

 喜ぶべきこと、のはずなのに、それとは真逆の感情がリズラの中をぐるぐると回る。そして目が覚めたリグレットと目が合う。


「リズラ!? これは、その、違うんだ」

「…………早く、来てくださいね」


 感情を抑え込むように絞り出す。それだけを伝えて、早足で部屋を出る。後ろから困惑したような声で名前を呼ばれた気がしたが、知らない、知りたくない。

 

 自分には見せない安心しきった寝顔が、自分には見せない照れた顔が、自分にも見せてよ、そんな表情…………。

 溢れ出てくるのは、そんな感情ばかり。

 わかりきっている。姫様と自分の出会った年月も何もかも違うことも、勝ち目がないことだって。

 でも、でも……それでも…………!


「振られたみたいな顔してるねぇ、副団長」


 不意にかけられた言葉に足を止める。

 声の主はロミだ、本当にタイミングが悪い。


「うるさい。こんな所で無駄話するくらいなら早く行くわよ」


 顔を合わさないように、そう淡々と告げる。

 今の感情で、ロミと話しても仕方ない。それなら早く仕事を終わらせて、寝た方がいい。


「まぁ……僕としてはいいけど。行くならせめて涙を拭いてから行くことをオススメする」


 本当にこの男は。これだから嫌なのだ。

 ぽろぽろと零れるのは汗なのか涙なのか自分にはわからないが、自分の心境がロミに読まれているのだけはわかる。


「はい、これ。どうせもってないだろうから」

「……ありがと」


 渡された布を目に押し当て、壁にもたれる。


「姫様に好意があるって、はっきり言ってくれればな」

「そもそもあいつ自覚あるのか?」

「ないと思う」


 この間聞いた時も、違う意味で返ってきたし、姫と従者という間柄、好意よりも信頼の方が強いのだろう。


「まぁ、あの関係を引き裂いてまで奪おうって気はないけど。なんかちょっと今日はダメだったな」

「そんな日もある。そろそろ大丈夫かい?」

「ええ、ありがと」


 差し伸べられた手に布を渡し、2人は歩き始める。

 それを後ろから、別の2人が走ってやってくる。


「おや、リグレットに姫様。奇遇ですねぇ」

「寝坊してしまって……ごめんなさい、リズラさんにロミさん」


 笑うロミに、ぺこぺこと頭を下げるエルメルア。

 そんな様子を見ながら、リグレットがゆっくりとリズラに近づいてくる。


「先程はすまなかった……団長として不甲斐ない姿を……」

「別に、気にしてないです。私の方こそ変な態度でごめんなさい」


 変に謝られると、幸せを邪魔したようで心が苦しい。

 2人の幸せを応援したい気持ちも嘘では無いのだから。

 リグレットと顔を合わさないようにすれば、その方向からセアリアス達がやってくる。


「お嬢様、アウリュスとフェンとリルを連れてきました」

「ありがとう、セアリアス。そしておはよう、3人とも」

「おう!!!」

「…………」


 元気な返事をするのはフェン、その後ろに隠れるようにじっと見つめるのはリル。血は繋がってはいないが、本物の兄妹のように仲がいい2人の子供だ。

 そしてその傍らで見守っているフードを被った女性がアウリュス。あまり口を開くことはなく、どこか神秘的な女性で、フェンとリルの保護者のような存在だ。


「これで騎士団は全員揃ったわね、じゃあ集合場所にいるヴェルトとセレーニと合流しましょう」

 

 


 それから集合場所に行き、特に何か起きる訳でもなく今日の仕事は終わった。というのも前日から必要な材料などの準備をしてくれていたお陰で、スムーズに進んだのだ。


 ひと息ついていると、アウリュスがリズラの傍に来て、壁にもたれかかる。


「お疲れ様、アウリュス」

「…………」

「フェンとリルは、もう寝たんでしょ? ……なら気にしなくてもいいと思うけど」


 少し離れた机にはフェンとリルが仲良く寝ている。

 その姿をアウリュスはじっと見つめ、目を伏せる。

 すると、アウリュスの身体は光り輝き姿を変えていく。

 

『やはり慣れんな、人間の身体は』


 人を軽々と乗せられそうな体躯に、美しく白い毛並み。

 神秘的な女性の姿から、狼の身体へと姿を戻したのだ。


「狼なのに、よくあの細かい作業できるわね……」

『慣れだ。人間らしく振る舞い、あの子達の親らしくなれるようにしていた時のな』


 フェンとリルには親がいない。今でこそ騎士団となって生活はできているが、騎士団に入る前はアウリュスが育てていた。しかし狼のままでは、まともにできず、そのため人間になる技術を身につけてきた。人間の姿で上手くできないのは話すことだけといっても過言ではない。


『あの子達を守る為にも、明日は勝たねば』

「ええ。絶対に勝ちましょう」


 小望月が輝く空の下、10人全員の考えることは一緒だろう。明日の決戦は負けられない。

 それぞれの思いは1つとなり、大きな力となる。

 たった10人、たとえそれだけだとしても。

 闇夜に染まらない月のように、負けることはない。

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