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Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
20/79

19. 白の従者と夜更かし

 微睡みから覚める。

 やり残した仕事は終わったのか、いつの間にかベッドで寝ていたようだ。抱いている抱き枕の寝心地も最高だ。

 今全身で感じているのは、人肌のような温もり、さらさらした絹糸のような触り心地、そして極上の抱き心地……手放したくないものがここにある。

 自然と撫でれば、それはぴくっと反応して……。


 抱き枕が動く? そんなことは聞いた事がない。

 これは夢か? とリグレットは抱いていたものを確かめる。そこには柔らかな部屋の灯りに輝く月白の髪が。


 感情が全て吸い込まれるように真っ白になる。

 そして、直後に脳内で論争を繰り広げる。


 なぜ姫がここに? 凄く可愛い。もしかすると寝ぼけて自分が部屋に連れ込んだ? もっと抱こうかな。従者失格では? どうすればいい?


 自責する天使と何やら危ないことを言っている悪魔が激しくぶつかり合う。そんなことよりもだ。


「あの、ひ……め……」


 恐る恐る確認すれば、エルメルアはゆっくりとこちらを見上げている。目と目が合って、呼吸が止まる。

 今にも泣き崩れそうな潤んだ瞳は深海を丸ごと包んだガラス玉のように綺麗で、玉雪の肌を朱に染めているその姿は化粧をしているように艶っぽくて……そんな表情がリグレットが紡ごうとした言葉を、音にする前に消してしまう。


 エルメルアは何も言わない。ただぎゅっと服を掴むだけ。

 服を掴んでいるのに、心まで掴まれているような錯覚。


「そのっ! ごめんなさい、自分でも知らないうちに……」


 このままでは危険だと判断し、慌ててエルメルアから離れようとするが、それを拒むようにしがみつくエルメルア。

 今のエルメルアは様子がおかしい、自分は何か取り返しのつかない事でもしてしまったのか……。


「…………め、です」

「えっと、姫?」

「……離れちゃ、だめ、です」


 じっとこちらを見つめて、エルメルアは小声で呟く。

 姫の命令なら、仕方ない。決して自分の願望に従ってる訳ではないのだ。

 ぐりぐりと頭を押し付けてくるエルメルアの頭を撫でてやれば、満足したように目を細める。

 本当にどうかしたのだろうか、エルメルアが今のように甘えてくる事など自分達が幼い日以来……ではないだろうか。


「姫……。何かあったんですか?」

「……何も、ないです。ただ…………」


 とても言いにくそうな、何かに怯えるような。

 ぎゅっと掴む力が強くなった所から、リグレットは聞くべきではない質問をしてしまったと後悔する。

 意を決したように、リグレットに目を合わせるエルメルア。


「あの、リグレットは。私のことをどう思ってますか?」

 

 その質問の意図が理解できなかった。

 リズラから何度か聞かれることはあったが、まさかエルメルアから言われるとは思いもしなかった。

 エルメルアの表情からして、はぐらかす事はできない。


「その、姫は。俺にとって、とても大切な。大切な方です」


 一言一言噛み締めるように、自分が思っている事を言う。

 しかし、何か違う。もっと言いたいことは他にあるのに。

 でも、それを表す言葉が見つからない。

 信頼、安心、好意……どれも似ているが、今感じているものとは違う。


「姫、ごめんなさい。姫のその質問には、上手く答えれないというか。ただ漠然と、大切だっていうのはわかるんです。でも、それ以上の事がまだわからなくて……」


 そんな言い訳のような解答を聞いて、エルメルアはふふっと笑みをこぼす。満足気に服をもう一度ぎゅっと掴み、もう片方の手は何か文字を書いているようだが、何を書いているかはわからない。


「リグレットも、同じなんですね」


 エルメルアがよじ登るように動き、顔と顔が近くなる。

 花が咲いたように笑う、その姿が可愛くて目を逸らす。


「私も、リグレットに対する感情がわからないんです。大切な人っていうのが1番ぴったり当てはまって、こういう風にしてるのが嬉しいって事くらいしかわからない」


 吐息と吐息が絡み合うほど、近い距離。

 今のエルメルアは本当に危険だ。少しでも油断すれば、魔が差して唇を奪ってしまいそうなほど危険だ。

 そんなリグレットの心境を知っているかのように、エルメルアは優しく微笑む。まるで、過ちを犯しても許すと言っているような、そんな表情。

 

 もし、許されるのなら……唇を奪えるなら…………。

 その時、この少女はどんな表情を魅せてくれるのだろう。

 欲求に従うように、少しだけ顔を近づければ。

 きゅっと目を瞑り、身を固くするエルメルア。


 震えた身体と、更に朱に染まる玉雪。

 不安はあるけれど、自分になら委ねてもいい。

 それを体現しているようなエルメルアに、リグレットは少しだけ顔を緩め、目を伏せる。

 こんな表情を見せられれば、誰だって独占したくなる。


 従者としても、騎士団の団長としても。

 …………もちろん、1人の男としても。

 目の前の少女から、離れたくないのは事実なのだ。

 でもそれは、今じゃない。もっと……先でいい。

 でも今だけは。自分の気持ちに嘘をつかなくてもいいんじゃないか。今だけは、許されてもいいんじゃないか。本当は、我慢なんて得意じゃないことを少女に知ってほしい。


「…………り……ぐれっと……?」


 堪えていた感情が、弾け飛ぶように。

 瑞々しくて柔らかい薄ピンクの蕾に、優しく指を重ねる。そして改めて目の前の少女に抱きつけば、少し掠れた心地よい音が遅れて耳元に響く。小声で何か言っているが、言葉になることはなく、揺れる髪が首をくすぐっている。


「……姫。今だけは、こうさせてください」


 お互い表情は見えていないが、思っていることは何となくわかる。

 休むことを知らない鼓動が2人の間を往復し、徐々に熱を帯びていく。

 本当に表情を見られていなくてよかった。きっと今の自分は酷い顔だろう。


「……私も、このままがいいです。ずっと、ずぅーっと、こうしてたいです」


 何とか落ち着いたのか、エルメルアは腕をリグレットの背中にまわして、耳元で囁く。

 感情がわからない2人は、今、同じ時間を、同じ気持ちを抱いている。それを感じ取ったのかエルメルアは少しだけ声に出して笑う。


「一緒ですね、私達」

「……そうですね、姫。考えてる事は一緒でしたね」

 

 それに答えるようにリグレットも笑って、ふと窓を見れば雲に隠れていた十三夜月が顔を出している。

 ノワールの襲来まで、あと2日。

 そのための激励に来たとでも言うように。


「リグレットは……その」

「なんですか? 姫」


 煌めく星空と仄かな灯りが、2人を見守る。

 少しだけ顔を離したエルメルアは星空よりも綺麗で、灯りよりも儚い。今にも溢れそうな深海の片側は、澄んだ緑が溶け込んでいる。そんな表情にリグレットが息を忘れれば、それを補うようにエルメルアが息を吸う。


「これからも、私と一緒にいてくれますか?」


 吸って吐き出された音は一瞬で消え去る。

 しかし紡がれた言の葉は止まったように心に残る。

 エルメルアが、どの自分からの解答を求めているのかはわからない。

 でも、どの自分であったとしても言う事は変わらない。

 

「もちろん。ずっと一緒にいますよ」

 

 その言葉でエルメルアの表情が、くしゃっと崩れる。

 やがて深海から、宝石がぽろぽろと零れ落ちて。

 それを隠すように、ぎゅっと抱きしめてくる。

 何も言うことなく、ただ強く抱きしめてくる。

 

 それに応じるようにエルメルアの頭を優しく撫でる。

 今日だけは、2人だけの時は。こんな時間があっても、いいと思う。満たされているのは事実だから。


 ゆっくりと、しかし着実と夜は更けていく。

 もしかしたら、これが最後の休息になるかもしれない。

 そうする気は更々ないが、気を引き締める。

 

 目の前の大切な人と一緒にいるために、大切なものを守るために、死ぬ訳にも負ける訳にもいかないのだ。

 決意を固め、そっと灯りを消す。

 星空の海に同化していく中、再度エルメルアを眺め、目を閉じる。今夜はいい夢が見れるといいなと、願いながら。

 

 

 




 

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