1. 白の姫の困り事
「どうしよう……」
白を象徴とする国、ブランの王宮内の一室。鏡に映った自分の姿を見て、少女……エルメルアはため息混じりに言う。
雪のように白い肌、あどけなさを残しながらも凛とした顔立ち、控えめではあるが起伏に富んだ身体。
白を象徴する国の姫ということに素直に頷ける外見で、どこにも悩みや不満は見当たらなさそうのだが、そんな彼女が何に悩んでいるのかと言えば……
「寝癖が…………直らない……」
そう、寝癖である。肩まで伸びた白髪には、所々ハネていたり、カールしていたり……色々と寝癖と思われるものがあるが、一際目立つのはおでこの辺りだろう。
「普段なら、世話役の方が直してくれますが……」
エルメルアは、寝癖を直すということを自分でした事がない。というのも、寝癖というよりも、そういうオシャレなのだろうという認識をされやすい寝癖ばかりで、今のように酷い寝癖は滅多に無いのだ。こういう場合、いつも世話役が直してくれるのだが、今日は即位式の準備という事で一部の世話役を除き、皆早朝から駆り出されている。
ふと窓の外を見れば、ドタバタと音が聞こえてきそうなほど、忙しなく大勢の人が動いているのが見えた。
こうやって朝からずっと外で働いていられるのは、重々しい雲が空に広がっているからだろう。それによって太陽の日差しが隠れているのだ。
はぁ……とため息をついて、気分転換にと外にいる人達が何をしているのか見ていると、その中に自分の世話役の姿が混ざっている。しかし1人足りない。
そして、思いついたようにふふっと笑う。
「そうだ。リグレットに直してもらおうっと」
リグレットというのは、エルメルアが幼い時から一緒にいる男性の世話役なのだが、年齢は6歳差のため、エルメルアからすれば世話役というよりも、兄のように慕ってきた憧れの人である。
今1人足りない世話役というのも、このリグレットの事で、きっと今は休んでいるのだろう。
「〜♪」
確かに寝癖を見られるのは恥ずかしいが、リグレットの傍に居られる嬉しさに比べればどうってことはない。そんな事を考えていると自然と顔が緩み、鼻歌なんかも歌ってしまう。クローゼットにもダンスを踊るような足取りで向かう。
「姫、失礼します。……姫?」
ガチャっとドアを開ける音と同時に聞こえる声。それはこれから会いに行こうとしていた目的の人物のもの。
すん……と何事も無かったように姿勢を正し、ゆっくりと声の主の方を振り返る。
「……忘れてください」
寝癖を見られる覚悟はあったが、まさか鼻歌やはしゃぐ姿を見られることになるとは思ってもなかったし、何より今エルメルアは寝間着姿。それも色々とはだけている。
ぎこちなく目を合わせると、ドアを開いた人物……リグレットは何度か瞬きした後、申し訳無さそうに微笑む。
「ノックはしたのですが……お楽しみの所申し訳ありません」
また後で伺いますね、とドアを閉めようとするリグレットを慌てて引き留める。
「ま、まって!行っちゃダメ!」
「姫の楽しんでいる所を従者の私が邪魔する訳にも…」
「た、楽しんでません!とにかくダメですからっ!」
リグレットと位置を入れ替わるように、ドアを背にして行き先を塞ぎ、じっとリグレットを見つめる。
しかしリグレットは目を合わせようとせず、部屋のあちらこちらを見ている。部屋は綺麗にしているつもりだが……と疑問に思っていたが、自分の今の姿を見れば納得できた。
露わになっていた肩を隠して、服装を整える。これでリグレットも目を合わせれるだろう。
赤くなっているであろう頬を冷ますように手で扇ぎ、数回深呼吸をした後にリグレットを見ると、それでも何故か目を逸らしている。
「……リグレット?どうかしましたか?」
「いえ……その…………」
何かを言うのを渋っているリグレットに、きょとんと首を傾げる。エルメルア自身でも思い当たる節を考えて見るが、はだけていたことくらいしかなかったし、あると言えば寝癖……
そう考え終える時には、前髪を抑えてしゃがみ込むという動作が完成していた。エルメルアが寝癖をあまり人に見られたくないということをリグレットは知っている。知っているからこそ見ないようにしたのだろう。
「気づいていたなら、早く教えてください……」
「指摘すると、姫はしばらく話を聞いてくれませんから」
「もしかして、それが部屋を出ようとした理由ですか…?」
「一番の理由としては姫が楽しんでいる所を邪魔したくないからですが、もちろん……それもありますよ。姫の嫌がることはしたくないので」
「……他には」
「他、ですか?」
更に理由を聞かれると思ってなかったとリグレットは目を泳がして、これは言ってもいいのかという顔をしている。
エルメルアは、リグレットの若干間の空けたそれもという言い方に、それ以外もあるのかという興味……というより、はだけていたことに対する何かが欲しかった。
まるで無理やり言わせてるみたいで嫌な性格……と思いながら立ち上がり、リグレットを見れば意を決したように深呼吸をして、エルメルアに目を合わせる。
「その、姫は、もう少し自分の魅力を自覚してほしいというか。自分自身を大切にするべきというか。一応従者とはいえ、俺も男ですから」
姫は色々と危険です、と言葉に詰まりながら感情を表に出さないように告げているが、一人称が私から俺に変わっていることから動揺しているのがわかる。
「……それと、あまりこういう事は言わせないでください。恥ずかしいですから」
リグレットは最後に耳元でそう囁いて、その場から逃げるように窓際に歩いていく。
エルメルアはそれを目で追わず、その場で固まっている。
そして遅れて、力が抜けたようにへなへなと座り込む。
エルメルアは、まさかリグレットに自分を遠回しに魅力的なのだと言われるとも思ってなかった。
というより、そもそもそういう事を言われ慣れてもいない。そんな嬉しさや恥ずかしさがこみ上げて爆発しそうだったが、なんとか耐えていた。
しかしリグレットの急な不意打ち……耳元で囁かれたことで頭が限界を迎えた。それからは何を考えても全然纏まらないし、全身の力が抜けきったせいで真っ赤になった頬を手で扇ぐこともできずに、ぼーっと天井を見ている。
そんなことで、お互いが恥ずかしさによる精神的なダメージを受けて次に言葉を交わすのは、今から小一時間経った後なのであった。
はじめまして、Aoyです。
タイトルの呼び方等々活動報告に書きましたので、よろしければご確認ください。