表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Palette Ballad  作者: Aoy
第1章 盤上に踊るは白と黒
19/79

18. 白の姫と変化の兆し

「ノワールの襲撃……もう明後日なんだ」


 十三夜月が夜を照らす。その輝きをベッドから見上げる。城内の者はもう寝静まっている時刻だろう。

 重い瞼を擦り、身体を起こせば夜風がエルメルアに触れる。その心地は気持ちいいが、少し寒かったのでカーディガンを羽織る。


 10日間は想像よりもあっという間だった。

 お姉さんが来なくなってから、エルメルアはまともな会話というのをしていない。しても一言二言といった所だ。

 一番話すリグレットは騎士団でのやる事が増え、エルメルアには顔を見せるので精一杯という様子。声をかければ時間を割いてくれるのだろうが、リグレットの迷惑になるだろうからやっていないし、他の従者と話すのもそれは何か違う。

 なんだか心にぽっかりと穴が空いたような気分だ。


「少し……散歩しよう」


 気持ちのいい夜風も吹いている事だ、散歩をすれば気分も晴れるだろう。

 ベッドから足を降ろせば、露わになっていた太ももにネグリジェもゆっくりと降りてくる。

 少し乱れた髪を手櫛で整える。散歩しても誰にも会わないとは思うが、念の為だ。


「それにしても綺麗…………」


 自室を出て、城内を歩く。

 そしてバルコニーがある場所にたどり着き、外に出る。

 やはり外で見る十三夜月は別格で、思わずバルコニーの手すりまで早足になるエルメルア。

 その十三夜月は、白一色の殺風景な城壁が気にならないほど綺麗で、音も無い暗闇の中で輝いているその姿は、神秘的でずっと見ていられる。


「あ…………」


 月を見上げていれば、手元に別の輝きがある事に気づく。

 それは月の光で瑠璃色に輝く蝶。大人しく羽を休めており、こちらの事は気にしていないようだ。

 蝶……といえば、あのお姉さんの事が頭によぎる。

 しかしお姉さんが化けた蝶とは違う種類であるし、そもそもお姉さんはしばらくこっちに来ないと言っていた。


 きゅっと手を握り、落ち込みかけた思考を振り払う。

 それを見届けるように、風が強く吹く。

 思わず手で髪を押さえて、その風が止まるのを待つ。


「わぁ…………!!」


 ようやく風が止まり、閉じていた目を開く。

 すると夜空は幾つもの星を身にまとっているではないか。

 月に負けないように懸命に輝く星達だが、エルメルアを感嘆させるには苦労しないようだ。

 あの強風の中どこに隠れていたのかはわからないが、瑠璃色の蝶もエルメルアのその様子を見届けるように飛んでいく。


 そしてくしゅん! と可愛らしいくしゃみを1つ。

 心地いい風とはいえ、やはり先程の強風や今の姿で外に出るというのは、身体にも負担だったのだろう。

 名残惜しいように夜空を見上げ、その場を後にする。


「そろそろ部屋に戻ろう…………あれ?」


 肩を縮めながら、部屋に戻ろうとすると前にある曲がり角がほんのりと明るい。

 耳を澄ましても、足音は聞こえない。

 ……誰かが消し忘れたのだろうか。

 ちらりと顔だけ出して、灯りの元を確認する。

 それは少し開いたドアの隙間から漏れ出た灯り。


 怪しいものでは無いことを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。部屋の灯りがついているということは、誰か起きている……という事だろう。

 というより、あの場所は物置……つまりリグレットが使っている部屋ではないだろうか。

 

 物音を立てないようにドアまで近づいた所で、不安がぽつりと浮かんでくる。

 基本的にリグレットはこんな時間まで起きていることはないし、あの性格上ドアを閉め忘れるなんてことは無いからだ。

 

「リグレット……?」

 

 こんこん、と質素な音を響かせる。

 しかし返ってくるのは窓を揺らす小さな風の音だけ。

 僅かに開いたドアの隙間からでは、中の様子はわからない。それが、エルメルアの不安を余計に煽る。

 

「リグレット……!」

 

 耐えきれず、ドアを開ける。

 灯りがあるとはいえ、薄暗い室内はエルメルアの頭の中を最悪の結末で支配させるには充分で、沢山の書類が散らばっている惨状は何かが起きた事を示している。


「…………リグレット?」


 部屋の奥。周りと比べれば、比較的綺麗だと言える大きな机に自分が探していた人物はいた。

 姿を見つけた時はすぐさま駆け寄ったが、それが船を漕いでいることに気づき、触れようとした手を引っ込める。

 拍子抜けというか、安堵というか、様々なものが混ざった大きなため息を吐く。


 何はともあれ、リグレットが無事で良かった。

 散らばった書類は、どれも騎士団のことについて書かれており、机の上に山ができている事から寝ぼけて崩してしまったのかもしれない。

 付近に落ちている紙を拾い集め、机の上に置く。

 

 ふと、リグレットの寝顔が視界に入る。

 長くリグレットとは一緒にいるが、こうして寝顔を見るというのは初めてかもしれない。見られることは沢山あるが。

 向き合うように椅子に座り、その寝顔を眺める。


 リグレットが涼しげな顔立ちなのもあってか、寝顔といった無防備な姿は普段の誠実さが抜けていて、どこか可愛らしさがある。

 ゆっくりと手を伸ばして、あと少しで触れる、という所で手を止める。


 もしもここで、触れたとして。

 リグレットが目覚めたら、どうなるだろう。

 姫と従者という関係は続いたとしても。

 今の関係は壊れてしまうのではないか。


 そんな気がして、触れようとした手を下ろす。

 そして下ろした手をきゅっと握る。その手が震えているのは、きっと寒いから。

 そんなエルメルアの代わりに、冷たい夜風がリグレットの白銅色の髪を撫でる。もぞ……と少し動いたリグレットは寒いとでも言いたげな様子。そんなリグレットを見てエルメルアは目を細め、傍に歩み寄る。


 着ていたカーディガンを脱ぎ、それをリグレットにかける。これで少しは暖まるだろう。

 そっと離れようと後ろを振り返ると、ベッドに置いてある写真立てが目に入る。この位置では、2人の子供が写っているということしかわからない。


「近くで見てみれば…………」


 ゆっくりとベッドに近づき、その写真立てに手を伸ばす。

 ベッドに乗ればすぐに届くが、ベッドに乗ってしまえば色々とダメになりそうなので、なんとか手を届かせようと必死に腕を伸ばす。

 掠める指先、もう少し伸ばせば…………。


 もう少し伸ばせば。そう思った時、がくんっとエルメルアの視界が一段下がる。勢い余ってベッドに倒れ込み、その余波で写真立ても一緒に倒してしまう。

 静かな室内に響く、大きな音。その音によって、次に何が起きるかというのは容易に想像できるだろう。

 エルメルアは恐る恐る後ろを振り向く。

 

「ん………………?」

 

 むく……とリグレットが起きる。ぼーっとドアを見ているようで、何かに気づいたようにゆっくりと立ち上がる。

 まだリグレットはエルメルアがいる事に気づいていないようで、何かぶつぶつと言いながらドアへと向かう。そんな後ろ姿にエルメルアは少し頭を抱える。

 今ここでリグレットがドアの方に行くというのは、エルメルアが逃げる場所を失ったのと同じだ。出口はそこだけであるし、見つかるのも時間の問題だろう。


 だが今のリグレットならなんとかやり過ごせそうな気はする。少し隠れて、再び眠るのを待てばいけるはず……。

 問題はその隠れるというのが、ベッドの上の毛布にくるまること、ということだ。


 躊躇いがあるが、見つかることに比べればマシだ。

 再度リグレットを確認して、意を決してベッドに飛び込む。大きな毛布はエルメルアを包み込むには充分で、横になっても全身が隠れる程だ。

 暗転した世界で、耳を澄ます。

 ドアが閉まる音、紙を拾う音、地面を擦る音……。

 様々な音が聞こえ、それらはどんどんこちらへ近づいてくる。そこで、エルメルアは気づいてしまう。


 普通、寝る場所というのはベッドでは??と。


 リグレットはうっかり机で寝てしまったのだろう。

 本来ならベッドで寝るはずだ。つまり、リグレットがドアから歩いて向かう場所は…………。


 ぎし……とベッドが鳴く。そしてエルメルアを包む布が引っ張られ、暗い世界に淡い光が差し込んでくる。

 2人横になった状態でにらめっこをする。


「あ……はは…………こんばんは、リグレット」


 リグレットは寝ぼけた目でじとーっとこちらを見る。

 それをエルメルアは困ったような笑顔で見つめる。

 今のリグレットなら、逃げる隙はある。色々と強引な作戦だが、寝ぼけているなら朝起きる頃には忘れている。

 両手で飛び起き、急いでベッドから離れようとする。


「ひゃっ!」

 

 今の気持ちはウサギ、そんな軽い身のこなしでその場を離れる……はずだった。

 軽々と引き留められ、元にいた位置に戻すように横にされる。まさかリグレットが引っ張るとも思わず、自分でも 想像していなかった声が漏れる。


「あの、その、リグレット? 勝手に入ったりしてしまったのは悪いとは思って…………へ?」


 きっと怒ってるのだと、エルメルアがそう思った瞬間。

 リグレットの手が顔の真横を通り抜け、じんわりと背中が暖かくなる。何が起きているのかわからず、再び情けない声。そんなことより、徐々にリグレットとの距離が近くなっているのは気のせいだろうか。

 

 もぞもぞと後ろに下がろうにも、下がれない。

 やがて迫り来る壁に顔を押し付ける羽目になる。

 

 ジタバタと動かそうにも、両腕でガッチリと固定されてしまって動けないし、脚と脚が絡まり逃げることもできない。


「リグレット……! リグレット……!」


 この状況がとても危険だと伝えようとするが、当の本人は呻きながら抱きしめる力を強くするだけ。

 それに加え、優しい手つきで頭を撫でられ、ますますどうすることもできない。頭の中では、このままでいいんじゃないかと悪魔が誘っている。


 そんな誘いに応じるように、リグレットの服をぎゅっと掴む。恥ずかしさや嬉しさの火照りを誤魔化すように。

 

 それにしてもリグレットはどういう理由で抱きついているのだろう。抱き枕だと勘違いしているのか、それとも寝たフリをして、抱きついているのか…………。

 どちらにしても、幸せであることに違いはないが。

 でも我儘を言うのならリグレットに、抱きつきたいと思ってほしい。ずっとこのままでも許してほしい。

 

 溢れ出そうな感情が、心を揺らす。

 私はリグレットの事を本当はどう思っているのだろう。

 今までは憧れだと、ずっと言い聞かせてきた。

 でも、今の胸の高鳴りは、それでも満たされていることのないこの気持ちは、憧れとは程遠いものなのだ。

 この感情は何……?


「わかんない…………わかんないよ、リグレット……」


 返ってくるのは安らかな寝息のみ。

 そんな様子のリグレットが、とても愛おしくて、わからない感情が大きくなる。そんな感情を抑えることもできず、ただただ掴む力が強くなるだけ。

 何をすれば、いつになれば、この感情の正体はわかる?


 温もりに身を委ね、解答を探す。

 今のエルメルアには、リグレットが目覚めたら何が起きるか、など考える余裕もないのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ